ウィリアム・ホワイトの『ストリート・コーナー・ソサエティ』を読んで

ウィリアム・F・ホワイト(William Foote Whyte)の『ストリート・コーナー・ソサエティ』を読みました。
この本は、ホワイトによるイタリア系移民が生活する地域の、街かどのギャング団を対象としたフィールドワークをまとめたもの。対象地は、ボストンのノースエンド。

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「私は『ストリート・コーナー・ソサエティ』をアカデミックな世界を超えて読まれるものにしようと心に決めていた」と著者のホワイトが書いているように、ノンフィクションの本のようにスラスラと読めました。
この本を読み、ギャング団におけるリーダーシップのあり方、メンバーのボウリングの成績が集団における地位と関係していること、コーナー・ボーイズ(街かどの若者たち)とカレッジ・ボーイズ(大学生たち)との出世や友情に対する考え方の相違など学ぶべきことは多かったですが、何よりフィールドワークという調査・研究手法に興味をもつ者にとっては、本編の後につけられた「アペンディックス」が参考になりました。

「アペンディックス」には参与観察の方法も書かれているだけでなく、フィールドにおける不安や戸惑い、やらかしてしまった失敗なども書かれています。これらのことは自分にも身に覚えがあるだけに、「もっと重要なことは、将来のフィールドワーカーが、愚かしい誤りや深刻な失敗を犯してもなお、価値ある研究を生み出すことができることを理解する一助になればと考えたからである」という言葉には励まされました。

次の言葉も印象に残っています。

言葉は理解力をますものだが、人びとを理解しようとしなければ、彼らを単に批判することは、もっとたやすいことなのだ。
*W・F・ホワイト(奥田道大 有里典三訳)『ストリート・コーナー・ソサエティ』有斐閣 2000年

別の本で、同じような言葉を読んだことがあります。

二年ほど前になるが、私のアメリカ留学時代の恩師がハーバード大学を退官された。トルコ出身の社会人類学者で、滞米生活は四十年を超えた。渡米経験も留学経験もないまま、学部卒業後、直にアメリカに大学院留学した私が、かろうじてあの時代を乗り越えることができたのは、決して学生を貶めることがなかった師の導きのおかげである。十年以上前のとある冬の日、大学の中庭を一緒に歩いていると、ふと、師がつぶやいた。
「どんな場所であれ、最初のうちは、語るのが容易いものです」
その場所に長くいればいるほど、そして、知れば知るほど、その場所をどう語ればよいのか、いや、そもそも語り得るものなのか、覚束なくなるということだ。生粋の紳士であった師の知的誠実さに感銘し、かつ自分の未熟さを恥じた瞬間だった。
アメリカから遠ざかるほどにアメリカを語るのは容易くなり、周囲が欲するアメリカを語ることにも長けてくる。今回、取材を通して、さまざまなアメリカに接したわけだが、その都度、頭をよぎるのは、あの時の師のさりげない一言であり、あの日の雪景色だった。ひとりよがりのアメリカを語ってしまいたくなる誘惑を断ち切りながら、アメリカをより丁寧に読み解いてゆきたい。
*渡辺靖『アメリカン・コミュニティ』新潮社 2007年

話が逸れてしまいました。
『ストリート・コーナー・ソサエティ』は、学問分野でいうと社会学とか民族学にあてはまると思いますが、著者のウィリアム・F・ホワイト(William Foote Whyte)の大学時代の先行は経済学だったというのが興味深いです。

しだいに私は自分自身が経済学者ではなく、社会学者ないしは社会人類学者と考えるに至った。
*W・F・ホワイト(奥田道大 有里典三訳)『ストリート・コーナー・ソサエティ』有斐閣 2000年

既存の学問領域に過度にとらわれていては、新たな研究なんて生まれてこないのかもしれません。しかし同時に、既存の学問領域にしっかりとした足場を築いているからこそ、既存の領域を超えた新たな研究が生まれてくるんだろうなとも感じます。

ベルジャーエフの知識人の定義に、私は全面的に同意しているわけではない。ロシアの知識人は〈一般的にいって特に知的ではない者も属してさしつかえない〉というベルジャーエフの規定は間違っている。知識人である大前提としては、知によって生み出された何かを生死の原理にするからだ。ベルジャーエフが〈特に知的ではない者〉と切り捨てる中に、制度化された大学や科学アカデミーで知的訓練を受けていない知識人が多く含まれている。そのような知識人からも優れた知は生まれる。しかし、制度化されないので、それを継承、発展させることがむずかしいのである。
*佐藤優「文庫版あとがき」・『自壊する帝国』新潮文庫 2008年

制度化されない知を「継承、発展させることがむずかしい」との指摘。

自身の専門領域は建築計画学ですが、建築計画学について知らないことが多過ぎます。建築計画学のことをもっと知りたいし、知っておくべきだということを、大学を卒業した今強く感じています。

(更新:2015年6月3日)