千里ニュータウン、建替えを選んだ団地、建替えを選ばなかった団地

先日、千里ニュータウンの北千里駅(阪急千里線)から千里中央駅(北大阪急行)まで歩きました。これまでに何度も歩いてきた場所です。
藤白台の北千里駅東側、新千里東町の府営新千里東住宅は建替えによって景色が大きく変化。一方、青山台のUR千里青山台団地、UR新千里東町団地は建替えを行わないという道が選ばれました(ただし、UR新千里東町団地は高層の3棟のみ建替え)。それぞれの団地の現在の様子は次のようになっています。

OPH北千里駅前

北千里駅の東側には大阪府住宅供給公社のOPH北千里駅前が完成しています。9〜14棟と、いずれも高層の住棟が5棟。その奥にかつてあった府営住宅も、既に民間の集合住宅へと建替えが完了しています。

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※上の3枚は2016年8月に撮影。下の3枚は、2007〜2008年に同じ場所を撮影したもの。

府営新千里東住宅

現在、高層の住棟へと建替えが進行中。府営新千里東住宅では住棟が中庭を囲むように配置されていました。日当たりを確保するために東西に細長い住棟を平行に並べた団地が多いのに対して、府営新千里東住宅はコミュニティ形成を意図して、2つの中庭を囲むように住棟が配置。もちろん、住棟配置という空間的な操作だけでコミュニティ形成ができるわけではないかもしれませんが、日照条件が多少不利になるとしてもコミュニティ形成を目指したという先進的な試みが、半世紀前の千里ニュータウンでなされていたことはきちんと継承していきたいことです。なお、囲み型配置では必然的に西側に面した部屋ができてしまうため、西側の窓には緑色の日除けが取り付けられていました。もし府営新千里東住宅が住み継がれていったなら、ドイツの「ベルリンのモダニズム集合住宅群」のように、いずれ世界遺産になったという可能性があったのではないかと考えています。

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※1枚目は建替え前の住棟配置。2枚目の写真ではまだ南側の囲みが残っている。3枚目の写真は2016年8月に撮影したもので、南側の囲みも建替えが進んでいる。

UR千里青山台団地

UR千里青山台団地では、住棟を建替えないという道が選ばれました。この団地でも東西に細長い住棟を平行に配置するのではなく、足元の通り抜けができるピロティ形式の住棟、正方形の住棟を配置することにより、視覚的に単調になるのを防ぐ工夫がなされています。最近の集合住宅に比べると住棟間隔も広く、50年の歳月を経て木々も大きく育ったため、団地内を歩くとかなりゆったりした印象を受けます。現在、UR千里青山台団地ではURと無印良品による「UR×MUJIリノベーションプロジェクト」が進められています。

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UR新千里東町団地

UR新千里東町団地では高層の3棟のみ建替えて、中層の住棟は建替えないという道が選ばれました。住棟配置については、府営新千里東住宅ほどは完全な中庭によって内外を明確に分けるのではなく、住棟によって内外を緩やかにつなぐような中庭を作るという工夫がなされています。中庭の各所には子どものための遊び場がもうけられており、遊び場に面して動物などの壁画が描かれています。UR新千里東町団地でも「UR×MUJIリノベーションプロジェクト」が進められており、現在、外壁の再塗装も進められています。

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千里ニュータウンの写真を撮り続けてきたのは、2004年4月から「千里グッズの会」という活動に関わったのがきっかけ(会の設立は2002年7月。現在はディスカバー千里として活動)。いつも千里の近くに住んでいたわけでありませんので、参加の頻度は年によってバラツキはありますが、もう10年以上になります。

「千里グッズの会」の主な活動の1つは千里の絵はがきの作成・販売。絵はがきは決して観光地だけのものではなく、日本で最初の大規模ニュータウンである千里にも誇るべき風景、誇るべき歴史など絵はがきの素材はたくさんある。千里から転居していった人に近況を伝えたり、千里に転居してきた人が知人に千里での生活の様子を伝えたり、もちろん、千里を訪れた人がお土産に買ったりできるような身近な道具があればよい。そんな思いから絵はがき作りが始まりました。

「千里グッズの会」に参加して以来、千里ニュータウン内を歩き写真を撮ってきましたが、今振り返れば、最初の頃は桜、新緑、紅葉、雪、あるいは夕焼けなど綺麗な景色を撮ろうとしていたことに気づきます。
そうやって写真を撮っているうちに千里中央駅、北千里駅、南千里駅の周辺などで、次々に集合住宅が建替えられたいく光景を目の当たりにしました。今、当たり前のように見ている光景も、いつかは変化していくもの。だとすれば、(変化の善し悪しは単純に言えないとしても)変化する光景を記録しておくことは意味あることではないか。いつしかそう思うようになり、綺麗な写真ではなく、記録としての写真を撮ることを意識するようになっていきました。

千里中央にあったセンタービル(槇文彦設計)、最初に入居が始まった佐竹台にあったテラスハウス、メゾネットハウス、緩やかな囲みをもつ府営住宅といった先進的な住宅、上新田の竹林の道をはじめ、まち開きから半世紀が経過した頃の、集合住宅建て替え前の千里の光景を記録することには少し寄与できたのではないかと思います。これらの記録写真、今すぐにでなくとも上手く使っていきたいと考えています。