ComSA:「より良い生」の実現を目指すシンガポールの地域包括ケアシステム

急速な高齢化への対応として、現在日本では地域包括ケアシステムの構築が推進されています。地域包括ケアシステムとは「高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制」を築くこと、「「介護」、「医療」、「予防」という専門的なサービスと、その前提としての「住まい」と「生活支援・福祉サービス」が相互に関係し、連携しながら在宅の生活を支え」るもの(*厚生労働省「地域包括ケアシステム」のページより)。

地域包括ケアシステムは医療・介護の話だというイメージで受け取られることが多いですが、決してそうではありません。
何歳になっても住み慣れた地域で「より良い生」(Wellbeing)を実現して暮らしていくための仕組みであり、そこには医療・介護だけでなく、「地域参加」「社会参加」という視点が欠かせないこと。その際には地域の文化や財産に対するキュレーション(目利き)のスキルも重要になる。
先日、シンガポールのワンポア(Whampoa)という団地で行われているComSA(=Community for Successful Ageing)というプロジェクトを見学させていただき、このようなことを考えました。
日本にComSAに相当するプロジェクトがあるかどうかはわかりませんが、「より良い生」(Wellbeing)に関わる様々なサービス・ケアを受けることができ、かつ、地域活動の拠点であり、さらに、コミュニティ・ミュージアムにもなることを目指すデイサービスセンターのような場所だと表現すればよいかもしれません。


シンガポールでは国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発局)が建設する団地に住んでいます。ワンポアもHDBによって開発された団地の1つ。

ComSAはシンガポールのTsao Foundationによるプロジェクトで、生涯にわたって健康と「より良い生」(Wellbeing)の増進を図り、最期まで住み慣れた地域で尊厳を持って暮らし続けることを可能にするシステムとされています。人の健康とは決して生物物理学的なことだけでなく、心理的、感情的、霊的な健康をも含むものであり、高齢者が孤独・孤立・退屈に陥るのではなく、いつまでも貢献できる存在であることが認識され、社会的な関係を豊かにすることが重要である。そのためには都市計画、民間企業、市民参加という分野を超えた様々な領域が連携して、新たなシステムを築いく必要がある。ComSAとはこのような考え方を背景として始められたプロジェクト(*Tsao Foundation「ComSA」のページより)。

ComSAでは、健康、個人の能力向上(エンパワーメント)、社会的参加、「より良い生」(Wellbeing)という相互に関連する領域において、高齢者の暮らしの質の向上を図るために、次のようなプログラムが行われています。

ComSAのプログラム

クリニック(Hua Mei Clinic)

アメリカで生まれた患者中心のメディカルホーム(PCMH=Patient-Centered Medical Home)をモデルとするもので、友人や家族と接しながら自宅で暮らし続けることを希望する高齢者に対するプライマリ・ヘルスケアを提供。具体的には次のようなサービスが提供されています。

  • 健康増進、慢性疾患、フレイルなどに対する医療ケア
  • 複雑なニーズを持つ人に対するケア・マネジメント
  • 個人・家族に対するカウンセリング
  • 介護、高齢者の健康をサポートするためのサービスの情報提供、紹介

統合的・包括的なケアのプログラム(Hua Mei EPICC=Elder-centred Programme of Integrated Comprehensive Care)

複雑な病状を抱えていたり、家族や社会からのサポートが限られていたりしても、住み慣れた地域で暮らし続けることを希望する高齢者に対して、デイサービスにおいて包括的なケアを提供。高齢者の状況に応じて、次のようなサービスが提供されています。

  • 1日6時間のデイサービス
  • ドア・トゥ・ドアの送迎サービス
  • 医療的ケア・日々のモニタリング
  • 24時間体制の医療ホットライン
  • 運動プログラム、理学療法、リハビリテーション
  • 社会的なケア・サービス
  • カウンセリング・サービス
  • ホームヘルプ・サービス
  • 社会的参加、芸術、レクリエーションの活動

高齢者の能力向上・地域参加

ComSAでは、高齢者ができることや興味関心に応じて、何歳になっても地域に参加し続けることが目指されています。これを実現するために、次のようなプログラムが行われています。

  • SCOPE(=Self Care on Health of Older Persons in Singapore):健康な、あるいは、軽度の障害のある55歳以上の人の健康・「より良い生」(Wellbeing)の増進を図ることを目的とする。高齢者の健康維持、慢性疾患の管理、機能状態と暮らしの質の改善におけるセルフケアの有効性を評価するパイロット・プロジェクト。
  • SWING(=Sharing Wellness and Initiatives Group):地域開発の戦略で、高齢者が自らの地域に参加するのを支援するプロセス。高齢者と他の住民が集まり、地域のニーズを特定し、健康増進のための具体的な行動をとることをサポートする。行動はSWINGグループの会議における議論を通して決定。
  • GAB(=Guided Autobiography Group):老年学の創設者の1人であるジェイムズ・E・ビリン(James E. Birren)博士によって開発されたプログラム。高齢者が自らの人生を振り返り、新たな方向性、意味、そして、楽観的な姿勢で、これからの人生を前進させるための機会を提供する。
  • Curating Whampoa:コミュニティのアートと歴史のプロジェクトで、ワンポアの豊かな有形無形の文化遺産(rich cultural and living heritage)の収集、整理、共有を行う。

ラーニング・ルーム

セルフ・ケアの熟練と「Successful Ageing」を達成するための包括的なトレーニングを、個々人の興味や関心に応じて提供。ラーニング・ルームでは例えば次のようなコースが提供されています。

  • フィットネス、栄養
  • 感情のマネジメント、ストレスのコントロール
  • 夫婦や家族のための人間関係のスキル
  • 慢性疾患の予防・管理
  • 介護
  • これらのプログラムを評価し、それをどのように改良、再現、そして、スケールアップさせていくかを見出すために、調査もComSAでは重要なものとして位置付けられています。

    ※Tao Foundation「ComSA」のウェブサイト、及び、パンフレットより。


    ComSAは2012年からワンポアでのプロジェクトをスタートし、2016年12月からはコミュニティ・クラブの3階にComSAワンポア・センター(ComSA Whampoa Centre)が開かれています。2階にはクリニック(Hua Mei Clinic)があります。

    一緒に見学した方の話によると、規模の大小はあれど、どのHDBにもコミュニティ・クラブの建物はあるとのこと。
    ワンポアのコミュニティ・クラブの屋根のついた半屋外の広場を囲んだ建物になっており、ComSAに関わる場所の他に陶芸室、音楽室、ピアノ室、カラオケ・ルーム、多目的ホール、郵便局、小さな子どものための部屋、ダンススタジオ、会議室などが入居。ATMも設置されていました。裏手にはバスケットボール・コートも。

    コミュニティ・クラブの建物内には飲食店、商店はありませんが、近くには飲食店、商店が並ぶ場所(ホーカー・センター/Hawker Centre)も。ワンポアだけに限りませんが、シンガポールのホーカー・センターはどこも人で賑わっており、単純に比較できませんが空き店舗が目立つ千里ニュータウンの近隣センターとは対照的。

    ワンポアと千里ニュータウンでは街の構成や規模が違いますが、コミュニティ・クラブは、千里ニュータウンの近隣センターの地区会館を充実させたような場所、あるいは、地区センターの千里文化センター・コラボのような位置づけの場所のように思います。

    3階にあるComSAワンポア・センターは、キッチン付きのカウンターのある部屋。奥には大きな空間があり、訪れた時はスタッフと一緒に体操をしている高齢者のグループ、スタッフと話をしている高齢者のグループを見かけました。大きな空間に面していくつかの部屋があり、部屋の中でも何かのプログラムが行われていました。奥には会議のできる部屋。
    スタッフの話では、今後は高齢者が地域活動に主体的に関われるような仕組みにしていきたいという話でしたが、非常に興味深いプロジェクトだと感じました。

    シンガポールではHDBの団地/ニュータウンにおける高齢化への対策が切実なものとされており、ComSAは団地/ニュータウンを高齢社会へ対応させるために再構築していく動きだと考えることができます。
    高齢化への対策が切実なのは、千里ニュータウンも同様。近年、千里ニュータウンでは集合住宅の建て替えにより若い世代の転入が増えていますが、それでも2015年時点の高齢化率は30.1%。これは、2015年時点の日本全国の高齢化率26.6%を上回っています。千里ニュータウンにおいても、高齢社会に対応した近隣センター、地区センターはどうあるべきか? 高齢になっても住み慣れた地域で暮らし続けたい人のために近隣センター、地区センターはどうあるべきか? は切実な課題ですが、現在パブリックコメントが募集されている『千里ニュータウン再生指針2018(案)』を見る限り、その具体的な姿は浮かび上がってこないような印象を受けました。千里ニュータウンが「デベロッパー主体の街づくり」と呼ばれる状況から抜け出すためには、ComSAから学べることは多いように思います。


    ※参考
    厚生労働省「地域包括ケアシステム」のページには地域包括ケアシステムの要素として次の5つがあげられています。

    • すまいとすまい方
      ●生活の基盤として必要な住まいが整備され、本人の希望と経済力にかなった住まい方が確保されていることが地域包括ケアシステムの前提。高齢者のプライバシーと尊厳が十分に守られた住環境が必要。
    • 生活支援・福祉サービス
      ●心身の能力の低下、経済的理由、家族関係の変化などでも尊厳ある生活が継続できるよう生活支援を行う。
      ●生活支援には、食事の準備など、サービス化できる支援から、近隣住民の声かけや見守りなどのインフォーマルな支援まで幅広く、担い手も多様。生活困窮者などには、福祉サービスとしての提供も。
    • 介護・医療・予防
      ●個々人の抱える課題にあわせて「介護・リハビリテーション」「医療・看護」「保健・予防」が専門職によって提供される(有機的に連携し、一体的に提供)。ケアマネジメントに基づき、必要に応じて生活支援と一体的に提供。
    • 本人・家族の選択と心構え
      ●単身・高齢者のみ世帯が主流になる中で、在宅生活を選択することの意味を、本人家族が理解し、そのための心構えを持つことが重要。

    *厚生労働省「地域包括ケアシステムの5つの構成要素と「自助・互助・共助・公助」」(平成25年3月 地域包括ケア研究会報告書より)。

    (更新:2018年3月19日)