エイジング・イン・プレイスとニュータウンの近隣住区論

松岡洋子氏の『エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅:日本とデンマークの実証的比較研究』(新評論 2011年)を読みました。高齢化が進む千里ニュータウンのこれからを考えるためのヒントを教えていただけたように思います。

エイジング・イン・プレイス(Ageing in Place/地域居住)は施設の反対概念として生まれたものであり、この文言自体は1980年代にアメリカで見出され、1990年代に入って世界的に注目されるようになったものだとのこと。松岡氏はエイジング・イン・プレイスについての論文の記述を整理することで、エイジング・イン・プレイスを次のように定義しています。

「高齢者の自宅・地域にとどまりたいという根源的な願いに応え、虚弱化にもかかわらず、高齢者が尊厳をもって自立して自宅・地域で暮らすことをいう。施設への安易な入所を避けるために注目されきた概念であり、施設入所を遅らせたり、避ける効果がある」
*松岡洋子『エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅:日本とデンマークの実証的比較研究』新評論 2011年

そして、次の4点がエイジング・イン・プレイスの構成概念とされています。

  1. 高齢者の尊厳を守り、自立を支援する環境を守る。
  2. 「自宅に住み続けたい」という根源的な願望に応えて、「地域に住み続けること」、つまり最期まで(死ぬまで)地域での居住継続を保障していく。
  3. そのためには、高齢者の変化するニーズに合わせて、住まいの要素とケアの要素を組み合わせていくことが必要である。
  4. 近隣やコミュニティの課題も含むダイナミックなコンセプトである。

*松岡洋子『エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅:日本とデンマークの実証的比較研究』新評論 2011年

松岡氏によれば、エイジング・イン・プレイスは「地域居住」と訳せるもので、「「住み慣れた地域でその人らしく最期まで」というスローガンと同様のものであり、日本でも非常にポピュラーになっている」ものだとのこと。

現在、日本では2025年を目途として地域包括ケアシステムの構築が進められています。厚生労働省のウェブサイトによれば、地域包括ケアシステムとは「高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる」ことを目指すもの。これはまさに、エイジング・イン・プレイスの理念を具現化するものだと言えます。

「住み慣れた地域でその人らしく最期まで」を実現するために、海外では「高齢期に2回目の住み替えがあってはならない」、「高齢者住宅は施設へのつなぎであってはならない」が明確に語られている。それに対して、日本ではエイジング・イン・プレイスに該当する概念は存在しているものの、実現にはまだ至っていないと松岡氏は指摘しています。
松岡氏は、エイジング・イン・プレイスの実現のためには、「住まいとケアの分離」と、その後の「住まいとケアの地域における再統合」の必要性をあげています。

住まいとケアの分離

先にあげたように、「住み慣れた地域でその人らしく最期まで」を実現するために、海外では「高齢期に2回目の住み替えがあってはならない」、「高齢者住宅は施設へのつなぎであってはならない」が重要です。
けれども、施設のように住まいにケアが付随していれば、高齢者は自分のニーズが変わるたび、それに合わせたサービスを求めて引越しをせざるを得ない。この状態は、「人間よりもサービスに重きを置く「サービスセンタード・モデル」(Service Centered Model)であり、これではエイジング・イン・プレイスは実現されません。
エイジング・イン・プレイスを実現するためには、住宅とケアが分離され、高齢者がどのような住宅に住んでいようとも、ニーズに合わせたフレキシブルなケアが外部から提供されることが必要。これは、「サービスセンタード・モデル」(Service Centered Model)に対して、人を中心とする「パーソンセンタード・モデル」(Person Centered Model)とされています。
どのような住宅に住んでいようとも、ニーズに合わせたフレキシブルなケアが外部から提供される。この考え方をさらに進めるならば、高齢者は高齢者住宅に住む必要はなくなります。ここから、「年齢・障害の種別を超えてあらゆる人間が生まれてから死ぬまでの過程に対応できる「生涯住宅」」へという考え方につながっています。

住まいとケアの地域における再統合

松岡氏は、オランダ、デンマークにおいては、次のようにエイジング・イン・プレイスの新しいステージへと挑戦を進めているとしています。

    「すべての国民の自立生活を保障する「生涯住宅」であり、それは住む人を高齢者に特定した「高齢者住宅」をこえ、普遍的な住宅づくりとまちづくりのレベルへと進化している。」
  • 「「住まいとケアの分離」を明確に進め、医療・看護・介護だけではなく、見守り、緊急対応、アクティビティ、権利擁護なども含めた「福祉サービス」へと拡大して、地域に住む人々の誰もが利用できるソーシャル・サービスとして提供している。
    彼らは「ケア付き住宅」を超え、「ケア付き地域」からさらに進んで「福祉サービス付き地域」のステージを歩んでいる。」

*松岡洋子『エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅:日本とデンマークの実証的比較研究』新評論 2011年

サービス・ゾーン

松岡氏が紹介するエイジング・イン・プレイスの先進的な取り組みの中で、特に興味深いのはオランダの「サービス・ゾーン」です。2000年に始められたもの。

「「サービス・ゾーン」とは、住宅や町の環境を整え、保健・医療・福祉サービスを包括的に提供するようなセンターを地域に設けて徒歩圏内でアクセスできるようにし、高齢者のみでなく、年齢や障害の種別を超え、高齢者、障害者、赤ちゃんや子どものいる若いファミリーなどが、「生まれて、育って、老いて、死ぬ」過程を、地域全体のシステムで支えようとするものである。その特徴は、次のようにまとめられる。

①ターゲットを限定しない。
②生まれてから死ぬまで住むことができる。
③住宅は生涯住宅(アダプタブル住宅、アダプテッド住宅)。
④ケアは24時間介護だけではなく社会サービス全般を含む(社会参加、アクティビティ、余暇、教育、ソーシャルワークなど)。
⑤まちづくり発想を含む(バリアフリー、安全で交通の便がよい生活環境)
⑥徒歩圏を基本とするゾーン発想である(ケア・センターと小さなサポート・センター)。」
*松岡洋子『エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅:日本とデンマークの実証的比較研究』新評論 2011年

ここで述べられているセンターが、ケア・センターであり、ケア・センターへは徒歩圏内(200m)でアクセスできることが基準とされています。ただし、ケア・センターの周りに小さなサポート・センターを配置すれば、圏域をより広く設定できるとのこと。
「サービス・ゾーン」は「埋め立て地などの新天地で実践されている」とされているということで、人工的に作られた街であるニュータウンにも参考になるように思います。

千里ニュータウンにおける近隣住区論

千里ニュータウンはアメリカの社会・教育運動家、 地域計画研究者であるクラレンス・A・ペリーの近隣住区論に基づいて計画された街で、各住区の中心になる場所として小学校、近隣センターの2つをあげることができます。

小学校

ペリーは近隣住区論の規模を「小学校が1校必要な人口に対して住宅を供給するもの」と設定。千里ニュータウンではこれに従い、各住区に1つの小学校が、2つの住区で1つの中学校が計画されています。
しかし、小学校の児童数の推移を見ると、1975年をピークとして急激に児童数は減少。しかし、近年では再び児童数が増加しつつあるというように、小学校の児童数は増減が非常に激しいことがわかります。この背景には、まち開きの時も、近年の分譲マンションの建替でも同じ世代の人が一斉に入居(子どもが急激に増加)するが、分譲・賃貸に関わらず住み続ける人が多い(子どもはいなくなる)という特徴があります。
これが、近年の千里ニュータウンの高齢化が進んでいることの背景にある状況ですが、この状況が継続すれば、近年増加傾向にある小学校の児童数もいずれまた減少していくことが予想されます。もしかすると、小学校の統廃合という事態が生じるかもしれません。
このように考えると、千里ニュータウンは小学校を住区の中心とし続けることには無理が出てきます。

  • 2010年までは各年5月1日現在の在籍児童数。吹田市・豊中市千里ニュータウン連絡会議「千里ニュータウンの資料集(人口推移等)」平成23年10月1日より。
  • 2015年は5月1日現在の在籍児童数で、「平成27年豊中市統計書」より。
  • 昭和53(1978)年に南丘小学校の校区の一部が、東泉丘小学校の校区になった。

近隣センター

千里ニュータウンの住区の中心になるもう1つの場所が、近隣センターです。1つの住区に1つずつ配置(高野台のみ2つ配置)された近隣センターには、住区の人々が歩いて日常生活を送れるように日用品を扱う店舗や公衆浴場、集会所などがもうけられました。千里ニュータウンの各住区は、ほぼ半径500mの円におさまる広さとなっています。
近隣センターはこのように重要な場所ですが、車社会化の進展や、集合住宅の住戸内への風呂場の増築という生活環境の変化に伴い、次第に空き店舗が目立つようになっています。近年建て替えられた分譲マンションの広告に掲載されている地図には、もはや近隣センターの名称は書かれておらず、近隣センターの地位が低下していることがここにも現れています。

千里ニュータウンの小学校、近隣センターは以上のような状況であるため、高齢化の進展に応じて近隣住区論をバージョンアップさせる必要がある。オランダで「サービス・ゾーン」という取り組みがなされているのを知り、これは近隣住区論を高齢社会対応へとバージョンアップさせるのに参考になるのではないかと感じました。

上で紹介した通り、「サービス・ゾーン」の各になるのがケア・センター。松岡氏はケア・センターを次のように紹介しています。

「ケア・センターは地域ケアを統括する拠点であり、住宅サービスには、介護・看護サービス、買い物、移動サービス、配食サービスはもちろんのこと、転倒や体調急変時などの緊急コール、火事・窃盗の緊急コール、緊急一時入院や臨時在宅ケア、さらにはアクティビティや文化活動などの社会サービスまで、幅広い内容が含まれる。また、訪問サービスの拠点であるだけでなく、集まって食事や談話を楽しむ部屋があり、通所リハビリの部屋が用意されていたりもする。」
*松岡洋子『エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅:日本とデンマークの実証的比較研究』新評論 2011年

千里ニュータウンの小学校(の空き教室)、近隣センター(の空き店舗)を、「サービス・センター」のケア・センターのような場所としていく可能性はあるかもしれません。
松岡氏は著書において、エイジング・イン・プレイスに向けた日本の取り組みの1つとして、多摩ニュータウンのコミュニティ・カフェ「福祉亭」を紹介していますが、千里ニュータウンでもそうした動きが生まれつつあります。
近年、千里ニュータウンの近隣センターには医療・介護に関わるテナントが目立つようになりました。千里ニュータウンの1住区である新千里東町の近隣センターにはコミュニティ・カフェ「ひがしまち街角広場」、社会福祉法人が運営する「あいあい食堂」が運営、新千里北町の北丘小学校内には「畑のある交流サロン」が開かれています。
児童数の減少、空き店舗の増加により確かに小学校、近隣センターはまち開き当初の役割を果たさなくなりつつあるかもしれませんが、住区の中心に位置する小学校、近隣センターは近隣住区論を高齢社会対応へとバージョンアップさせる際にも核になる大きな可能性があります。

なお、「サービス・ゾーン」では、徒歩圏として、ケア・センターの圏域が半径200mの円とされています。一方、千里ニュータウンの住区も徒歩で暮らせることが考えられていますが、その面積は半径500mの円であり、ケア・センターの圏域に比べて広くなっています。
そうすると、千里ニュータウンではもう少し目の細かい圏域ごとに何らかの拠点が必要となります。千里ニュータウンの住区を分割することは現実的ではないとすれば、「サービス・センター」におけるサポート・センター、つまり、ケア・センターの周りに配置される小さなセンターのような場所が住区にあると良いかもしれません。例えば、新千里東町では府営新千里東住宅の集会所で月2回開かれている「3・3ひろば」、最近UR新千里東町団地の住戸を活用して開かれた「街かどデイハウス千里」などの場所があります。これらの場所が近隣センターの場所と、互いに独立性を保ったまま緩やかに連携していくことも重要になってくるかもしれません。

既成市街地と異なり、千里ニュータウンでは住宅というプライベートな場所と、小学校、近隣センター、集会所といったパブリックな場所が計画的に配置されているため、両者は分離している傾向があります。このことは、千里ニュータウンで地域活動の拠点を持とうとする際の足枷になりますが、だからこそ計画されたパブリックな場所の価値を掘り起こし、それらを緩やかにつなげていくということではないか。これが、近隣住区論の高齢社会に対応したバージョンアップであり、千里ニュータウンでエイジング・イン・プレイスを実現するため、さらには、あらゆる人々が暮らしやすい街を実現するための方向性なのかもしれないと思います。


*参考: