『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールのライブリー・プレイス・プログラム:パブリック・スペースを良いものにする住民プロジェクトのサポート

シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が開発する住宅に住んでいます。団地を供給するHDBは、2016年からURA(Urban Redevelopment Authority:都市再開発庁)の共同プログラムとしてライブリー・プレイス・プログラム(Lively Places Programme)を開始しています。このプログラムは、パブリック・スペースをより良いものにするためのコミュニティ主導の取り組みをサポートすることが目的で、以下の4つの条件を満たすプロジェクトが採択されます。

  • コミュニティのつながりを強めること。
  • 多様なコミュニティのグループへの働きかけ(reach out)を行うこと。
  • ボランティアの活動時間やリソースの提供が、承認された基金の30%以上であること。
  • ボランティア活動の機会をコミュニティに提供すること。

プログラムの基金は、建築を伴わないプロジェクト(Project/Non-building)と建築を伴うプロジェクト(Building)の2種類に分けられており、前者は最高5,000S$(約50万円、6ヶ月以内に実施)、後者は最高20,000S$(約200万円、12ヶ月以内に実施)の基金が提供されます*1)。

HDBの資料には、これまでに完了したプロジェクトとして162のプロジェクトが紹介*2)。このうち、建築を伴わないプロジェクト(Project/Non-building)は134、建築を伴うプロジェクト(Building)は28と、建築を伴わないプロジェクトが約5倍になっています。以下では、建築を伴うプロジェクトのいくつかをご紹介します*3)。

HDBイーシュン243号棟

  • プロジェクト名:Lee Cheng Primary School Mural Project
  • 完成年:2022年
  • 概要:ヴォイド・デッキをカンポン(kampungはマレー語で集まり、集落の意味)や小学校の思い出を共有するためのヘリテージ・ギャラリーに

HDBイーシュン(HDB Yishun)243号棟のヴォイド・デッキ(Void Deck)には、ヘリテージ・コーナーが作られています。
ヴォイド・デッキの柱・壁には、この地域がHDBによって開発される前の村(Chye Kay Village)と村にあった学校(Lee Cheng School)に関する航空写真、地図、昔の写真、当時の暮らしを描いたイラストが描かれています。

HDBイーシュン243号棟の北にはGuan Loong Sheng Templeという仏教の寺院があります。
大阪府企業局によって開発された千里ニュータウンでは宗教施設が建設されなかったため*4)、団地の住棟の間に寺院が建つ風景は見かけません。この点は、シンガポールのHDBの団地と千里ニュータウンの団地の風景の大きな違いだと感じます。

イーシュン・タウン・スクエア

  • プロジェクト名:Artstravaganza @ Yishun
  • 完成年:2022年
  • 概要:3Dアートのミューラル(壁画)によるイーシュンのヘリテージの紹介

イーシュン・タウン・スクエア(Yishun Town Square)は、MRTイーシュン駅の近くに2018年5月に完成した屋根のある大きな広場。
イーシュン・タウン・スクエアの壁には、水牛で農作物を運ぶ人、パイナップル畑、屋台、工場、HDBの高層住棟、MRTの車両など、イーシュンの風景を描いた大きなミューラルが描かれています。

イーシュン・タウン・スクエアのすぐ東には、ヘリテージ・ガーデン@イーシュン(Heritage Garden@Yishun)という地域の歴史を伝える場所もあります。ヘリテージ・ガーデン@イーシュンはシンガポール初の屋外のヘリテージ・コーナーとして、2010年5月に完成して居ます。

HDBビシャン112号棟

  • プロジェクト名:5G Community Green Hub
  • 完成年:2021年
  • 概要:住民による5テーマの庭園の設置・メンテナンス

HDBビシャン(HDB Bishan)112号棟のヴォイド・デッキ(Void Deck)に、「グリーンハブ」(Green Hub)と書かれた場所があり、鉢植えの植物が植えられたり、花壇が作られたりしています。都市の垂直型プランター(Vertical Urban Planters)として気耕栽培、噴霧耕栽培(aeroponics)も行われていました。
こうした多様な緑化に加えて、水槽が置かれたり、缶、洋服、プラスチック、紙、アルミニウム、ガラスの6つの回収ボックスが置かれたり、コンポストが行われたりしています。柱の部分にはミューラル(壁画)。

グリーンハブのあるヴォイド・デッキの一画は住民コーナー(Residents’ Corner)になっており、本棚が置かれたり、貝殻、ヤシの実、ペットボトルなどがシートの上に展示されたりしています。HDBビシャン112号棟は、今まで見たヴォイド・デッキの中で最も緑化され、最もしつらえに手が加えられていると感じました。

112号棟の南には、小学校と屋根付きのバスケットボールコートがあり、間を歩行者専用道路が走っています。歩行者専用道路も、「SENSORY FLORA TRAIL」として花や野菜などの植物が植えられています。バスケットボールコートの隣のオープンスペースの一画では、「ORGANIC WASTE COMPOSTING」という木の柵で囲われた場所があり、落ち葉が集められていました。

HDBトア・パヨ158号棟

  • プロジェクト名:Kampong Kakis
  • 完成年:2021年
  • 概要:水耕栽培と集会スペースのある4つの機能を備えた(4-in-1の)コミュニティ・インキュベーター・スペース

HDBトア・パヨ(HDB Toa Payoh)158号棟のヴォイド・デッキには、①水耕栽培、②食事の自動販売機、③柱の部分に写真を展示するコミュニティ・アート・ギャラリー、④交流コーナーの4つの機能を備えたスペースがもうけられています*5)。

この水耕栽培は、シンガポールのヴォイド・デッキにおける最初の水耕栽培のプログラムだと記載。自動販売機では、主に缶に入った食事が販売されており、隣には電子レンジも設置されています。柱の部分に展示されているのは、HDBトア・パヨの団地の風景や子どもが遊ぶ様子を撮影した写真が展示されています。

HDBタンパニーズ857号棟

  • プロジェクト名:Yesterday Once More
  • 完成年:2021年
  • 概要:カンポン・ゲーム(kampungはマレー語で集まり、集落の意味)の騙し絵のミューラル(壁画)による遊び場

HDBタンパニーズ(HDB Tampines)の857号棟のヴォイド・デッキには、床に1~9の数字が描かれたミューラル(壁画)、壁には子どもたちが遊んでいる様子を描いたミューラル。隠れんぼをしている子どもが描かれており、プロジェクトの名前が「Yesterday Once More」であることから、ミューラルには昔ながらの遊びが描かれていると思われます。

HDBセガール477号棟近く

  • プロジェクト名:Multi-purpose Court at Segar Gardens
  • 完成年:2021年
  • 概要:使われていない土地の多目的コートへの転用

HDBセガール(HDB Segar)の団地の裏手(高速道路との境界)にある部分がコートにされています。

HDBブキ・パンジャン259号棟(近隣センター)

  • プロジェクト名:Bukit Panjang Community Art @ Bangkit Art Street
  • 完成年:2020年
  • 概要:アートによる美化

HDBブキ・パンジャン(HDB Bukit Panjang)の259号棟は、近隣センター(Neighbourhood Centre)の一画に位置し、住棟内にはコーヒー・ショップや各種店舗などが営業しています。259号棟の壁面と、ヴォイド・デッキ(Void Deck)の柱の部分に、蝶や花、自然の風景などのミューラル(壁画)が描かれています。

ヴォイド・デッキには多くの人が過ごしています。特に高齢の男性が多く、テーブルを囲んでチェス(将棋)をしたり、休憩をしたりしている人。スイカを売りに来ている男性も見かけました。

近隣センターにはこの他にも多くの店舗があり、259号棟の北には屋根のかかったマーケット、西にはホーカーセンター(Hawker Centre)があります。

HDBタンパニーズ830・831号棟

  • プロジェクト名:Arts Fantasy Comes Alive at Tampines Palmwalk!
  • 完成年:2019年
  • 概要:ミューラル(壁画)によるHDB住棟の模様替え

HDBタンパニーズ(HDB Tampines)内にタンパニーズ・パームウォーク(Tampines Palmwalk)という歩行者専用道路がもうけられています。この歩行者専用道路のゲートにあたる部分の両側に建つ830・831号棟にミューラル(壁画)が描かれています。

HDBウッドランズ638C号棟

  • プロジェクト名:Konnectorize the young and mature group
  • 完成年:2019年
  • 概要:ヴォイド・デッキをアートギャラリーに

HDBウッドランズ(HDB Woodlands)638C号棟のヴォイド・デッキには、柱・壁にミューラルが描かれたアートギャラリーが作られています。
周りの住棟の床に描かれた「KONNECT POINT」と書かれた足跡を辿っていくとアートギャラリーに到着。アートギャラリーは大きく2つのエリアに分かれており、1つは、この地域がHDBによって開発される前の村の暮らし、動植物を描いたミューラルがあり、壁には「1970年1月12日」の日付の日めくりカレンダーが描かれています*6)。もう1つのエリアには、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(Gardens by the Bay)と思われる未来的な風景を描いたミューラルがあります。
アートギャラリーに立つと、まるで森の中にいるような印象を受けました。

HDBウッドランズ718号棟

  • プロジェクト名:Relax & Entertainment Corner
  • 完成年:2019年
  • 概要:使われていない住民コーナーの再生

HDBウッドランズ(HDB Woodlands)718号棟のヴォイド・デッキ部分にもうけられた住民コーナー(Residents’ Corner)にはテーブル、ベンチが設置。一画には冷蔵庫。ガラスの扉のついた棚には、盾や賞状が飾られています。
柱・壁がカラフルに塗られており、ハートマーク、顔、マウスポインタなどのドット絵が描かれているのも印象的です。

ライブリー・プレイス・プログラムの補助を受けて行われたプロジェクトをご紹介しました。(シンガポールに限らず日本でも)団地は画一的だというイメージで見なされる傾向があると思いますが、ここで見たようにライブリー・プレイス・プログラムの補助を受けて住民が手を加えた空間はいずれも個性的で、プロジェクトによって全く異なる空間に生まれ変わっていることがわかります。住民の手が加わることによって、団地の個性が生まれていくということかもしれません。
団地の中にヴォイド・デッキなど、住民が手を加えることのできる余白のある空間が残されていること、さらに、住民が手を加えるのを金銭的な側面からサポートするプログラムがあることは重要だと感じました。


■注

  • 1)ライブリー・プレイス・プログラムの概要はHDB「Lively Places Programme」のページ、及び、『LIVELY PLACES PROGRAMME GUIDBOOK』HDB, 2022より。
  • 2)HDB資料「Completed Lively Places Programme Projects」(2022年7月27日閲覧)より。
  • 3)以下、完成年の新しい順に紹介している。プロジェクトの概要はHDB資料「Completed Lively Places Programme Projects」(2022年7月27日閲覧)より。なお、建築を伴わないプロジェクトとしては、ワークショップ、新たな住民のウェルカム・パーティー、クリスマスのブロック・パーティー(住棟のパーティー)、DIY教室、お祭りなどが行われている。
  • 4)ただし、千里ニュータウンにも宗教に関わる場所は存在する。こちらの記事を参照。
  • 5)4つの機能は、HDBハブ(HDBの拠点)のホールに展示されていたパネルより。
  • 6)ウッドランズに最初のHDBのプロジェクトが完成したのは1984年である。こちらの記事を参照。

(更新:2022年9月5日)

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