近隣住区論

近隣住区論(近隣住区理論)は、都市の匿名性・相互の無関心などの弊害を、コミュニティの育成によって克服することを目的として、クラレンス・A・ペリー*1)によって提唱された理論です。ペリーは著書『近隣住区論−新しいコミュニティ計画のために』において、幹線道路で囲まれた小学校区をひとまとまりのコミュニティである近隣住区と捉え、その原則として次の6つをあげています*2)。

  1. 規模:小学校が1校必要な人口に対して住宅を供給する。
  2. 境界:住区は通過交通の迂回を促すのに十分な幅員をもつ幹線道路で取り囲まれる。
  3. オープン・スペース:小公園とレクリエーション・スペースの体系。
  4. 公共施設用地:学校その他の公共施設用地は、住区の中央部か公共広場のまわりに適切にまとめる。
  5. 地域の店舗:商店街地区を1か所またはそれ以上つくり、住区の周辺、できれば交通の接点か隣りの近隣住区の同じような場所の近くに配置する。
  6. 地区内街路体系:予想発生交通量に見合って作られた幹線道路と、循環交通を促進し、通過交通を防ぐように、全体として設計された住区内の街路網。

近隣住区論はが採用された代表的な郊外住宅地として、アメリカ・ニュージャージー州のラドバーンがあります*3)。ラドバーンでは徹底的な歩車分離を図るため、住区を幹線道路で囲んだスーパーブロックとし、住区内の道路は自動車の通り抜けを排除するためにクルドサック(袋小路)が採用。このような歩車分離の仕組みは「ラドバーンシステム」(ラドバーン方式)と呼ばれています。

千里ニュータウンでも近隣住区論、ラドバーンシステムの考え方が取り入れられ、「街をつくるまとまり(単位)」として「隣保区(近隣グループ)——分区——住区——地区——住宅都市」という段階的で秩序だった構成が計画されました。住宅は、単一の社会集団を対象とするのではなく、様々なタイプを混在させること、その配置においては歩車分離を原則とすることが考えられました。前期に開発された住区の戸建住宅地を中心にクルドサック(袋小路)が採用。後期に開発された住区では歩行者専用道路が採用されることで、歩車分離が工夫されました。

プリント

千里ニュータウンは近隣住区論、ラドバーンシステムという海外の理論を取り入れて計画されましたが、同時に様々な工夫がなされているのは注目すべき点です。例えば、千里丘陵の山の部分に歩行者専用道路を、谷の部分に車道を通すことで歩行者専用道路と車道との立体交差を実現。また、団地の住棟配置も工夫されており、北入りと南入りタイプの住棟をペアにした平行配置、府営住宅における囲み型配置など、居住者の関わりの機会、活動の場所を創り出すことが考慮されています。


  1. Clarence Arthur Perry(1872〜1944)。アメリカの社会・教育運動家、 地域計画研究者。
  2. クラレンス・A・ペリー(倉田和四生訳)『近隣住区論−新しいコミュニティ計画のために』鹿島出版会, 1975 年
  3. Radburn。1929年から開発が始まった郊外住宅地。

(更新:2018年4月15日)