千里ニュータウンでは様々なかたちで歩車分離、つまり、歩行者が歩く道と車が通る道を分離することが試みられました。千里ニュータウンで採用された歩車分離は、アメリカ・ニュージャージー州のラドバーン(Radburn)での取り組み(ラドバーン方式)をモデルとし、それに独自の工夫を加えたものになっています。
目次
ラドバーン(アメリカ・ニュージャージー州)
ラドバーン(Radburn)は都市住宅会社(City Housing Corporation:CHC)が、ニューヨーク市から15マイル(約24km)離れたニュージャージー州に開発した郊外住宅地です。当初、イギリスのレッチワース(Letchworth)のようなガーデンシティ(田園都市)を実現したいと構想されましたが、当時の事情からガーデンシティでなく、郊外住宅地として計画されることになりました*1)。計画には、アメリカ地域計画協会(Regional Planning Association of America:RPAA)のヘンリー・ライト、クラレンス・スタインが関わっています*2)。
ラドバーンは1928年から開発が始まり、1929年から入居が始まりました。しかし、1929年の世界恐慌の影響を受け、1993年に開発主体の都市住宅会社(City Housing Corporation:CHC)が倒産しました。このような経緯で計画の一部しか実現することはありませんでしたが、後世へのラドバーンの影響として次の3点があげられています*3)。
- ①クラレンス・A・ペリーの近隣住区論の完全な具現化
- ②歩車分離(ラドバーン方式)
- ③住宅所有者組合をつうじて運営される制限約款にもとづいた私的政府形態
以下では、2点目の歩車分離についてみたいと思います。
ラドバーンで歩車分離が導入された背景として、当時のアメリカでは自動車が急速に普及し、その結果として交通事故が深刻な問題になっていたことがあげられます。クラレンス・スタインは格子状の道路では歩行者も車も同じように通行する(The checkerboard pattern made all streets equally)ため、交通事故が発生するのだと格子状の道路の問題点を指摘しています。ラドバーンは住宅、道路(roads)、小道(paths)、庭、公園、ブロック、近隣の関係の抜本的に見直すことで、「自動車といかに共存するか」、あるいは、「自動車があるにも関わらず、いかに共存するか」という課題に応えたもので、クラレンス・スタインはこれを5つの要素に整理しています(Stein, Clarence, 1951)。
■ラドバーン計画の要素
①細長い長方形のブロックの代わりに、スーパーブロック(SUPERBLOCK)を採用。②全ての用途のためでなく、単一の用途のために計画され、建設された特殊な道路(SPECIALIZED ROADS PLANNED AND BUILT FOR ONE USE INSTEAD OF FOR ALL USES)。建物に直接アクセスするためのサービス・レーン(service lanes)、スーパーブロック周辺の補助的なコレクターロード(secondary collector roads)*4)、様々なセクション、近隣、地区(sections, neighborhoods and districts)の交通をつなぐ主要道路(main through roads)、外部のコミュニティと結ぶ高速道路(express highways)やパークウェイ(中央分離帯や両側に並木・芝生のある広い道路、parkway)。このようにして移動、収集、サービス、駐車、訪問を区別する。
③歩行者と自動車の完全な分離(COMPLETE SEPARATION OF PEDESTRIAN AND AUTOMOBILE)、または、可能な限りでの完全な分離。歩道や小道(walks and paths)は、道路(roads)と異なる場所に配置し、異なるレベルで交差するようにする。そのために、陸橋や地下道を用いる。
④住宅の逆転(HOUSES TURNED AROUND)。リビングと寝室は庭や公園に面し、サービスルームはアクセス道路に面する。
⑤近隣の中心(背骨)としての公園(PARK AS BACKBONE)。スーパーブロックの中心にある広いオープンエリアは、連続した公園として結合される。
※Stein, Clarence(1951)に記載内容の翻訳。下線部は、原文で大文字で強調されている部分である。
配置図からは、スーパーブロック方式が採用されていること、住宅にはクルドサック(cul-de-sac、フランス語で袋小路の意味)からアクセスするようになっていること、住宅はクルドサックと反対側で庭や公園に面していること、フットパス(歩行者専用道路)のネットワークが庭や公園を結んでいることが読み取れます。これにより、住民はフットパスを通って、車にあうことなく公園、小学校などに移動することができます。フットパスと道路が交差する場所では、フットパスが道路の下をくぐるかたちで立体交差しています。
(フットパスと道路の立体交差部分。コーネル大学図書館のデジタル・ライブラリーでCC BY 4.0で公開)
グリーンベルト(アメリカ・メリーランド州)
フランクリン・ルーズベルト大統領は、世界恐慌を克服するためにニューディール政策を行いました。このニューディール政策で、3つのグリーンベルト・タウン(Greenbelt Town)という郊外住宅地が開発されました。計画には、アメリカ地域計画協会(Regional Planning Association of America:RPAA)の大きな影響を受けたと言われています。
3つのグリーンベルト・タウンの1つが、1937年から入居が始まったメリーランド州のグリーンベルト(Greenbelt)。グリーンベルトでも近隣住区論、そして、ラドバーンで採用された歩車分離の考え方が採用されました*5)。
グリーンベルトでは、スーパーブロック方式が採用され、2階建ての連続住宅(Row House)が駐車場のあるコート(Court)を囲むように配置されています。グリーンベルトのコートは、ラドバーンにおけるクルドサックに対応しています。コートは、グリーンベルトにおけるコミュニティの単位であり、それぞれのコートには住民のまとめ役となるコート・リエゾン(Court Liaison)という役割の人がいます。
それぞれの住宅は片側でコートに、もう片側で緑地帯に面しており、コート側が「サービス・サイド」(Service Side)、緑地帯側が「ガーデン・サイド」(Garden Side)と呼ばれています。
緑地帯のフットパスは、図書館、コミュニティセンター(旧小学校)、ショッピングセンターなどの主要な場所を結んでいます。フットパスと車道は平面で交差(横断歩道により交差)しているところもありますが、フットパスが車道の下をくぐるかたちで立体交差しているところが3ヶ所あります。
(駐車場のあるコート側のサービス・サイド)
(緑地帯に面したガーデン・サイド)
(緑地帯に面したガーデン・サイド)
(緑地帯を走るフットパスのネットワーク)
(緑地帯を走るフットパスのネットワーク)
(フットパスと道路の立体交差)
千里ニュータウンの戸建住宅地における歩車分離
千里ニュータウンは近隣住区論にもとづき12の住区が開発され、ラドバーン方式をモデルとして歩車分離が試みられました。その試みは、前半に開発された住区(佐竹台、高野台、津雲台、古江台、藤白台)と、後半に開発された住区(新千里北町、新千里東町、桃山台、竹見台、新千里西町、新千里南町)で異なった特徴が見られます。
前半に開発された住区には多くのクルドサックがもうけられ、クルドサック先端がフットパスで結ばれています。ラドバーンで採用されたような公園の中を走るフットパスと比べるとフットパスは短いですが、これにより車の通り抜け防ぐと同時に、歩車分離を実現するための試みとなっています。
当時、大きな重機がなく土地を大きく造成するのが難しかったため、クルドサックは等高線に沿うように通されました。クルドサックの先端同士は高低差が異なるため、先端を結ぶフットパスには階段が多く見られます。
(藤白台のクルドサック)
(藤白台のクルドサック)
(高野台のクルドサック)
ただし、クルドサックに対しては、道路形態がわかりにくい、特定住民の交通だけを対象とするため公共施設として市町村へ移管しにくい、消防車や救急車などが住宅に素早く接近できないなどの問題点が指摘されるようになったということです。
「千里のラドバーン方式は、道路網の形状からみて、二つのタイプに分けることができる。すなわち、クルドサックを基調とした前期の設計とループを基調とした後期の設計である。千里では当初、丘陵地形を生かして工事での切盛土量を減らす意味から、谷は谷、尾根は尾根でそれぞれ一本の道路をいれた。その結果、長いクルドサックができてしまい、道路形態がわかりにくくなるという欠陥が指摘されるようになった。そしてまた、クルドサックは特定住民の交通だけを対象とする構造であるために、公共施設として市町村へ移管しにくい点や、非常に消防車、救急車などが各住居に迅速に接近できないなどの問題が反省されるにおよび、その後、ループを基本とする道路網配置に変わっている。」(渡辺千賀恵, 1984)
ここで指摘されているように、新千里北町以降の後半に開発された住区で採用されたのがループ型道路です。
新千里北町の戸建住宅地エリアを見ると、クルドサックが全く見られないことがわかります。代わって、「コ」の字型のループ型道路が住宅地内を通っています。これによって車の通り抜け防ぐと同時に、ループ型道路の曲がり角同士をフットパスで結ぶことで、歩車分離が試みられました。
ループ型道路の曲がり角に位置するフットパスの入口には車止めが配置されています。この車止めは興味深く、千里ニュータウン12住区の中で新千里北町にのみコンクリート製の○▽□の幾何学型、動物型の車止めが設置されています*6)。
(新千里北町のループ型道路と車止め)
(フットパスの入口に設置された車止め)
千里ニュータウンの団地(集合住宅)における歩車分離
千里ニュータウンでは、戸建住宅地だけでなく、団地においてもラドバーン方式をモデルとして歩車分離が試みられました。
団地の住棟配置の方法は、大きく「平行配置」と「囲み型配置」(コの字型配置)に分けることができますが、千里ニュータウンの府営住宅では「囲み型配置」が採用されました。ここで採用されたのがラドバーン方式をモデルとする歩車分離です。
「このようにラドバーン方式の具体的なレイアウトは、その時代のモータリゼーションの進展度と深い関係をもつわけであるが、わが国のニュータウンの場合には、このほかさらに、共同住宅(アパートメント)の住区にもこの方式が適用されたという特殊条件を確認しておかねばならない。」(渡辺千賀恵, 1984)
「千里における公営住宅は、ラドバーン方式を基調とした歩車分離の考え方、動的、静的空間の意味づけ、さらにクルドサックのアプローチを結びあいにした新しい近隣関係の設置、斜面の処理についての対応手段など、試行錯誤をくりかえして丘陵地の新しい団地づくりを進めていった。しかし、この試みはまたいくつかの批判も受けた。南北軸棟建物の問題、囲まれた内庭の取扱い、外部造園施設等の投資不足など、いろいろ未知の問題につき当たったが、しかし千里ならではの大胆なブロックパターンが示された。」(大阪府, 1970)
府営千里古江台住宅の住棟配置を見ると、「コ」の字を組み合わせるように住棟を配置することで中庭が作られていることがわかります。車は外周道路から住棟にアクセスしますが、外周道路に面した「コ」の字の内側は駐車場になっていることがわかります。これがラドバーンのクルドサックに対応しています。そして、駐車場と反対側が中庭になっています。中庭には公園、集会所があり、フットパスがこれらを結んでおり、これがラドバーンのオープンエリアに対応しています*7)。
(府営千里古江台住宅の中庭)
(府営千里高野台住宅の住棟間の駐車場)
さらに、千里ニュータウンの後半に開発された府営千里桃山台住宅、府営新千里南住宅では「コ」の字と逆「コ」の字を縦に連続させた住棟になっています。そして、外周道路側の「コ」の字の内側(府営千里桃山台住宅では北側、府営新千里南住宅では東側)は駐車場になっています。これが、これがラドバーンのクルドサックに対応しています。一方、駐車場とは反対側の「コ」の字の内側は歩行者専用道路の幹線に面した中庭になっており、中庭の公園、集会所がフットパスによって歩行者専用道路の幹線に結ばれています。
(府営千里桃山台住宅の中庭)
(府営千里藤白台住宅の住棟間の駐車場)
(「コ」の字を縦に連続させた住棟配置の府営新千里南住宅)
(府営新千里南住宅の中庭)
このように、千里ニュータウンの団地では、ラドバーン方式をモデルとして歩車分離が試みられました。
千里ニュータウンの住区全体における歩車分離
ラドバーンでは、フットパスが公園、小学校などを結ぶことで、住民は車にあうことなくこれらの場所に移動することができるようになっていました。
この仕組みが、千里ニュータウンの後半に開発された住区でも採用されています。それが歩行者専用道路です。後半に開発された住区では、歩行者専用道路が近隣センター、学校、公園、鉄道駅などを結ぶことで、住民は車にあうことなくこれらの場所に移動することができるようになっています。そして、歩行者専用道路と道路は立体交差しています。ラドバーンではフットパスが道路の下をくぐっていました。これに対して、千里ニュータウンでは千里丘陵の山だった部分に歩行者専用道路を、谷だった部分に道路を通し、歩行者専用道路が歩道橋として道路の上を通るようにしたものです。後半に開発された住区では(川ではなく)道路の上を通る橋が多数もうけられているのはこのような理由です。
(日本の「緑道」の原点である新千里東町のこぼれび通り)
(歩行者専用道路と道路の立体交差部分である新千里北町のすずかけ橋)
ブキ・バトック中央公園(シンガポール)
千里ニュータウンの団地(集合住宅)ではラドバーン方式による歩車分離が試みられましたが、他の国の団地でもラドバーン方式による歩車分離の工夫を見かけることがあります。その1つが、シンガポールのブキ・バトック(Bukit Batok)にあるブキ・バトック中央公園。
ブキ・バトック中央公園は、雁行型に配置された住棟の間を通るようにもうけられた細長い緑地帯で、フットパスが走っています。フットパスは公園、サッカーコート、テニスコートを結んでいます。フットパスの先にはショッピングモール、鉄道駅があります。一方、車は緑地帯とは反対側からアクセスするようになっています。住棟の間にもうけられた車を乗り降りするための屋根付きのポーチは、ラドバーンのクルドサックに対応しているように見えます。
(ブキ・バトック中央公園のフットパス)
(屋根付きのポーチ)
シンガポールの団地では、この他にもタンパニーズ・パームウォーク(Tampines Palmwalk)、イーシュン・グリーン・リンク(Yishun Green Link)でもラドバーン方式を見ることができます。
カポレイ(アメリカ・ハワイ州)
アメリカでは、クルドサックをもつ戸建住宅地が多数あります。ただし、クルドサックを採用する戸建住宅地が、ラドバーンで採用されたフットパスのネットワークを必ずしも採用しているわけではありません。
例えば、アメリカ・ハワイ州のヴィレッジ・オブ・カポレイ(Village of Kapolei)では、戸建住宅地内の道路が弧状に走っており、多数のクルドサックがもうけられています。これによって、戸建住宅地内の通過交通を防ぐことが考えられています。ただし、ラドバーン、あるいは、千里ニュータウンの前半に開発された住区の戸建住宅地のようにクルドサックの先端がフットパスで結ばれているわけではなく、クルドサックが文字通り行き止まり(NO OUTLET)になっています。
このように、クルドサックはラドバーン方式の重要な要素ですが、クルドサックだけでラドバーン方式が実現されるわけではないことには注意が必要です。
(弧状の道路が走る戸建住宅地内に多くのクルドサックのあるヴィレッジ・オブ・カポレイ)
(クルドサックであることを示す「NO OUTLET」の標識)
■注
- 1)ラドバーンの計画に携わったクラレンス・スタインは、ラドバーンでは、ガーデンシティ(田園都市)の基本的なアイディアのある緑地帯と産業(green belts and industry)をもたない郊外だと表現している。この理由として、緑地帯を確保するための十分な敷地面積を確保することができなかったこと、そして、当時は住宅に関する政府の援助は存在せず、工場で勤務する人々はラドバーンに住むことができず、住民のほとんどがニューヨークに通勤するホワイトカラーになったことがあげられている。クラレンス・スタインは、ラドバーンがガーデンシティになれなかったことは、ニュータウン計画(New Town planning)を成功させるためには、職場と生活の場所の利便性と経済的な関係を考慮して敷地を選ぶことと、開発のタイミングが適切であることの重要性を指摘し、ラドバーンだけでなく、ニューディール政策によって開発された3つのグリーンベルト・タウン(メリーランド州のグリーンベルト、オハイオ州のグリーンヒルズ、ウィスコンシン州のグリーンデイル)でも経済・産業の調査が十分に具体的・現実的でなかったと述べている(Stein, Clarence, 1951)。
- 2)倉田和四生(1975)、佐々木宏(1971)より。
- 3)マッケンジー、エヴァン(2003)より。
- 4)ここでは、サービス・レーンと主要道路をつなぐ道路のこと。Collector roadは、Distributer roadとも呼ばれる。Wikipedia「Collector road」のページより。
- 5)グリーンベルトには、これら物理的な形態に加えて、住宅地を協同組合(Co-op)によって管理・運営するという特徴がある。協同組合による管理についてはこちらの記事を参照。
- 6)動物型の車止めは、一般的には公園の遊具として作られたもので、新千里北町以外の住区、あるいは、他のニュータウンや団地でも多数見ることができるものである。コンクリート製の車止めを先に設置してしまうと、戸建住宅の建設時に邪魔になるなどの理由から、新千里北町以降に開発された住区では、コンクリート製の幾何学型、動物型の車止めではなく、取り外し可能な鉄パイプ製の車止めが設置されるようになった。
- 7)自家用車の普及により府営千里古江台住宅では、中庭に駐車場が増設されている。また、中庭の方に向かって、各住戸への風呂場の増築が行われた。これらの理由から、府営千里古江台住宅ではラドバーンのオープンエリアに対応する部分が当初よりも減少している。なお、これは他の府営住宅も同様である。
■参考文献
- 大阪府(1970)『千里ニュータウンの建設』大阪府
- 倉田和四生(1975)「解説 近隣住区理論の形成と発展」・クラレンス・A・ペリー(倉田和四生訳)『近隣住区論:新しいコミュニティ計画のために』鹿島出版会
- 佐々木宏(1971)『コミュニティ計画の系譜』鹿島出版会
- Stein, Clarence (1951) “Toward New Towns for America,” The University Press of Liverpool
- マッケンジー、エヴァン(2003)(竹井隆人 梶浦恒男訳)『プライベートピア』世界思想社
- 渡辺千賀恵(1984)「交通計画論」・住田昌二編『日本のニュータウン開発:千里ニュータウンの地域計画学的研究』都市文化社
(更新:2022年9月25日)