『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

大阪府・大阪市の人口推移と千里ニュータウン

これまでに何度か千里ニュータウンの人口の推移をご紹介してきました。今回は少し広いエリアに注目して、大阪府・大阪市の人口の推移をご紹介したいと思います。

130202大阪市・大阪府の人口・世帯数.002s 130202大阪市・大阪府の人口・世帯数.004s

*国勢調査の結果をもとに作成。ただし、1945年(昭和20年)のみ推計の人口・世帯数。

大阪市の人口は、戦後すぐは急激に増加していますが、1960年代になると増加のスピードが緩やかになり、1970年の国勢調査時点では人口が減少していることがわかります。
一方、大阪市を除く大阪府の人口は戦後一貫して増加し続けていますが、特に、1960〜1970年代前半にかけて急激に増加していることがわかります。世帯数も、1960~1970年代前半にかけて急激に増加していることがわかります。

大阪市の人口の増加のスピードが緩やかになり、やがて減少していく、同時に、大阪の周りの人口が急激に増加するようになる、ちょうどこの境目となる時期に計画・開発されたのが千里ニュータウンということになります。
なお、千里ニュータウンのまちびらきの5年後には、泉北ニュータウンのまちびらきも行われました。

戦後、多くの人々が地方から都市へと集まってくることで、都市では住宅の需要が増大し、既成市街地周辺は十分な基盤整備がなされないままスプロール的に開発されていきました。このような状況に対して、良好な住環境を備えた大量の住宅を供給する必要が生じました。

千里ニュータウンは、こうした背景をもとに計画・開発されましたが、上のグラフにはこうした背景がよく表れています。