2018年3月に「千里ニュータウン再生指針2018」が策定されました。
「千里ニュータウンが引き続き持続的に発展するよう、将来を見据えた中で、今後10年間で取り組むべき方向性を示」し、「今後、千里ニュータウンの課題の解決と、活力の発展、継承に向けて、住民、事業者、行政等の様々な主体が協働するためのみちしるべとして活用」されるもので、千里ニュータウンにとっては非常に重要な指針です。
「千里ニュータウン再生指針2018」は、2007年10月に策定された「千里ニュータウン再生指針」を改定したものです。千里ニュータウンの2つの再生指針、及び、泉北ニュータウンの再生指針を比較することで、千里ニュータウンが目指す方向性がインフラ整備、特にハードインフラの整備(ハードの整備)に重点を置いたものに変化している傾向が明らかになりました。
目次
千里ニュータウン再生指針の変化
再生指針策定の背景
「千里ニュータウン再生指針2007」は、まちびらきから45年が経過した千里ニュータウンは緑が育ち、人々の暮らしの場として成長してきた反面、少子高齢化など様々な課題が生じ、住宅の建替えも本格化を迎えてきた。日本で最初のニュータウンである千里ニュータウンは「全国に先駆けて第2段階のまちづくりを検討する時期にさしかかって」いるという背景から作成されたものです。
この指針に基づいて再生に向けた取組みを進めた結果、人口が増加するなどまちは活性化されつつあるが、さらに次のような取組みを行っていく必要がある。
「今後も、超高齢社会への対応や、住民ニーズに応じた新たな施設の導入、住民交流の活性化、豊かなみどりと住環境の継承・発展など、千里ニュータウン再生を推進する取組を進めるとともに、千里ニュータウンの整った都市基盤や周辺の高度な都市機能を活かして、まちの活性化を図ることが必要です。さらに、大阪・関西を訪れる外国人観光客が年々増加しており、2025年日本万国博覧会や※IR(統合型リゾート)の誘致活動が行われるなど、今後、広域交流が進展します。このような動向は、健康・長寿関連産業等の新たな産業集積の促進、公園やスポーツ施設等を活用した都市空間の創造など、様々な資源を活かした魅力あるまちづくりを進める絶好の機会となっています。」
*「千里ニュータウン再生指針2018」より
「千里ニュータウン再生指針2018」はこうした背景から策定されたものです。
再生の理念
「千里ニュータウン再生指針2007」、「千里ニュータウン再生指針2018」を比較すると、いずれの指針でも、再生の理念として次の4つが掲げられていることは変わりありません。
□再生の理念
- 住民が生活していることを重視
- 将来、住民となる次世代のことを重視
- グレーター千里の中心として、新しいものを生み出す先導性を重視
- コミュニケーションと再生のプロセスを重視
掲げられている理念は同じですが、実際にどのようなことに取組むのか。再生指針で最もページが割かれている取組方針には変化が見られます。
取組方針と実現のための視点
「千里ニュータウン再生指針2007」では取組方針として20項目が掲載。それに対して「千里ニュータウン再生指針2018」では16項目に変更されています。
再生指針では、再生に向けた千里ニュータウンのあり方として7つの視点があげられており、取組指針がどの視点に関わってくるかが記載されています。あげられている視点は次の7つ。
□再生に向けた千里ニュータウンのあり方(実現のための視点)
- 土地利用のあり方
- 住宅・住宅地のあり方
- 都市基盤のあり方
- 安心・安全なまちのあり方
- 子育て・高齢者にやさしいまちのあり方(「千里ニュータウン再生指針2018」では「誰もが暮らしやすいまちのあり方」に変更)
- 文化と交流のあり方
- ニュータウン再生の推進体制のあり方
上にあげた表中の ○ は取組指針と7つの視点の対応関係を示したもの。取組方針が20項目から16項目に変更されているため単純に数字の増減は比較できませんが、「千里ニュータウン再生指針2007」では20項目、「千里ニュータウン再生指針2018」では16項目に対する割合の変化をみると、最も割合が上昇しているのは「土地利用」です。この他、「安心・安全」、「子育て・高齢者/暮らし」の割合も上昇しています。逆に「住宅・住宅地」では割合が低下しています。
この変化により、「千里ニュータウン再生指針2007」では「住宅・住宅地」の割合が最も大きかったのが、「千里ニュータウン再生指針2018」では「土地利用」、「住宅・住宅地」が同じ割合になっています。なお、「土地利用」、「住宅・住宅地」について割合が大きいのは「都市基盤」であり、再生指針はハードに重点を置いたものであり、「千里ニュータウン再生指針2018」ではさらにその傾向が強くなっていると考えることができます。
取組方針の変化
「千里ニュータウン再生指針2007」、「千里ニュータウン再生指針2018」に掲載されている取組方針のタイトルを比較すると、次のように興味深い変化が浮かびあがってきました。
「千里ニュータウン再生指針2007」には掲載されていたが、「千里ニュータウン再生指針2018」で削除された取組方針には次のような特徴があると言えます。
- 「住民・事業者・行政の協働の場の設置」、「再生を担う人づくり」といった特に住民が地域に関わるソフト的な仕組み
- 「公的賃貸住宅ストックを活用した多世代居住」、「ライフスタイルに応じて住み替えられる仕組み」というように、多世代居住、ライフスタイルに応じた住み替えの仕組みなど多様な住まい方の許容
- 「賑わいや交流の場づくり」というように身近な暮らしの場
- 「生活文化の継承と発展」
逆に、「千里ニュータウン再生指針2007」には掲載されていなかったが、「千里ニュータウン再生指針2018」に記載された取組方針には次のような特徴があると言えます。
- 「複合的かつ柔軟な土地利用」、「集合住宅の建替え・改修」、「都市基盤の適切な更新」などハードの更新
- 「福祉サービスの充実」、「健康を支えるサービスや仕組みの充実」
- 千里ニュータウンの範囲を越えた「広域ネットワークの形成」
取組方針を詳細に見ていけば、削除された項目に該当する内容が掲載されている可能性はあります。けれども、取組方針にどのようなタイトルを付けるかは、どのような優先順位を付けているかの現れ。
以上の観点から2つの再生指針を比較すると、千里ニュータウンが目指す方向性には次のような変化が見られます。
- ソフト的な仕組みから、ハード重視
- 身近な暮らしの「場」から、千里ニュータウンの範囲を越えたネットワーク重視
- 福祉・健康に関わるサービスや仕組みの重視
これらの変化からは、ハード更新、ネットワーク構築が前面に出てきていますが、ハードが更新されネットワークが構築された町において、人々は(福祉・健康に関わるサービスを受ける以外に)どのような「場」で日々の暮らしを生きるのか、またそうした「場」は誰が作っていくのかという視点が見えにくくなっているような印象を受けます。
千里・泉北ニュータウンの再生指針の比較
大阪府には千里ニュータウン、泉北ニュータウンという2つの大規模ニュータウンがあります。
千里ニュータウン
- 場所:大阪府吹田市・豊中市
- 開発主体:大阪府企業局
- 事業期間:1960年10月〜1970年3月(10年間)
- まちびらき(入居開始):1962年
- 開発面積:1,160ha
- 計画人口:15万人
- 住区数:12住区
泉北ニュータウン
- 場所:大阪府堺市・和泉市
- 開発主体:大阪府企業局
- 事業期間:1965年12月〜1983年3月
- まちびらき(入居開始):1967年12月
- 開発面積:1,557ha
- 計画人口:18万人
- 住区数:16住区
泉北ニュータウン再生指針
泉北ニュータウンでも再生指針が策定されています。
「泉北ニュータウン再生指針」は「長期的な変化を見据えた泉北ニュータウンの諸問題に対し、市民、自治会やNPO、事業者、大学(教育機関)、行政など様々な主体が互いに連携して取り組み、まちの活力を維持、発展、継承していくための基本的な考え方を示す」ものとして、2010年5月に策定されたものです。以下では、「千里ニュータウン再生指針2018」と「泉北ニュータウン再生指針」を比較することで、千里ニュータウンが目指す方向性の特徴を浮かびあがらせたいと思います。
「泉北ニュータウン再生指針」では次のような再生の理念、4つの基本方針が掲げられています。
□再生の理念
- 泉北ニュータウンのまちの価値を高め、次世代へ引き継ぐ
□再生の基本方針
- 多様な世代が暮らし続けることができるまちをめざす
- 人や環境にやさしいまちと暮らしの実現をめざす
- まちに関わる人の輪を広げ、つなぎ、地域力の向上をめざす
- 泉北ニュータウンの再生を推進するための仕組みの構築をめざす
千里と泉北の再生指針の比較
「泉北ニュータウン再生指針」にもこれを実現するために11の取組みが掲載されています。これを「千里ニュータウン再生指針2018」に掲載されている16の取組方針と比べてみたいと思います。
完全に同じではありませんが「泉北ニュータウン再生指針」と「千里ニュータウン再生指針2018」で対応する項目、「千里ニュータウン再生指針2018」のみに掲載されている項目、逆に「泉北ニュータウン再生指針」のみに掲載されている項目があります。
「千里ニュータウン再生指針2018」のみに掲載されているのは次のような項目です。
- 「住環境をまもり・つくるルール」、「再生を推進する仕組みづくり」というルール、仕組み
- 「複合的かつ柔軟な土地利用の推進」、「まちづくりをリードする集合住宅の建替え・改修」というハードの更新
- 「多様な機関や人材の交流と連携」、「広域ネットワークの形成」という機関の交流、連携、ネットワーク
- 「地域の防犯・防災力の充実」
それに対して、泉北ニュータウンのみに掲載されているのは次のような項目です。
- 「暮らしを支える多様な機能」
- 「緑豊かな住環境と自然や農に触れる環境」
- 「まちに関わる人たちのパートナーシップによる、主体的なまちづくり活動」
- 「まちの魅力や暮らし方を「泉北スタイル」として発信」
異なるニュータウンの指針のため単純な比較はできませんが、「千里ニュータウン再生指針2018」のみにあげられているのはルール・仕組み、ハードの更新、ネットワーク、防犯・防災というインフラ(ハードインフラだけでなく、ソフトインフラも含む)であるのに対して、「泉北ニュータウン再生指針」では「暮らしを支える多様な機能」、「自然や農に触れる」、「パートナーシップによる、主体的なまちづくり」、「泉北スタイル」というまちの魅力や暮らし方というように、人を中心として暮らしを描こうとしている印象を受けます。「千里ニュータウン再生指針2018」の16項目の取組方針より、「泉北ニュータウン再生指針」の11項目の取組の方が柔らかい表現が用いられていることとも関係するかもしれませんが。
千里ニュータウンでは、各種インフラが整えられた街において、人々はどのように暮らすことができるのか。そこに「千里スタイル」というまちの魅力や暮らし方が生まれてくるのか。「千里ニュータウン再生指針2018」ではこの部分が見えにくいように思います。
先日ご紹介したように、都市住宅学会の機関誌『都市住宅学』102号(2018 SUMMER)には泉北ニュータウンについて次のような指摘がなされています。
「開発から年数が経過し、再生が求められるニュータウンは全国に数多くある。しかし、それぞれのニュータウンの立地条件や開発規模といった「出自」を変えることはできず、開発当時のような住宅需要圧を期待することは難しい。これまで、泉北NTは常に千里NTとの比較でそのあり方が検討されてきたが、再生を進めるに際しては、地域の特性、居住者の特性を活かしていくことが必要であり、泉北ならではのニュータウン再生をめざすことが重要である。」(p.50)
*佐藤由美「泉北ニュータウンの変化と再生に向けた実践」・『都市住宅学』102号 2018 SUMMER
「立地条件や開発規模といった「出自」を変えることはでき」ない。だから、既に泉北ニュータウンは千里ニュータウンとは違う道を歩み始めているということです。
千里・泉北ニュータウンの再生指針の概要
千里ニュータウン再生指針 | 千里ニュータウン再生指針2018 | 泉北ニュータウン再生指針 | |
---|---|---|---|
策定年月 | 2007年10月 | 2018年3月 | 2010年5月 |
策定者 | 大阪府・豊中市・吹田市・都市再生機構(UR)・大阪府住宅供給公社・大阪府タウン管理財団 | 大阪府・豊中市・吹田市・都市再生機構(UR)・大阪府住宅供給公社・大阪府タウン管理財団 | 堺市 |
目次 | I. 再生の理念 (p1) II. 基本方針 (p5) 1. 再生の目標 2. めざすべき都市像 3. 実現のための視点 4. 再生に向けた千里ニュータウンのあり方 III. 取り組み方針 (p21) IV. 計画推進のために (p45) 用語の解説 (p49) | 千里ニュータウン再生指針2018とは (p1) I. 再生の理念 (p6) II. 基本方針 (p7) 1. 再生の目標 2. 新たな再生の視点 3. めざすべき都市像 4. 実現のための視点 5. 再生に向けた千里ニュータウンのあり方 III. 取組方針 (p22) IV. 再生の推進のために (p43) 用語の解説 (p44) 参考資料 | I. 再生指針の位置づけ (p1) II. 泉北ニュータウンの現況と問題 (p5) III. 再生の基本的な考え方 (p19) 1. 再生の理念 2. 再生の基本方針と目標 IV. 再生に向けた取組み (p27) V. 再生指針の具体化に向けて (p45) 1. 再生の取組みの推進にあたって 2. モデル事業の提案 あとがき (p53) 用語の解説 (p55) |
再生の理念 | ○住民が生活していることを重視 ○将来、住民となる次世代のことを重視 ○グレーター千里の中心として、新しいものを生み出す先導性を重視 ○コミュニケーションと再生のプロセスを重視 | ○住民が生活していることを重視 ○将来、住民となる次世代のことを重視 ○グレーター千里の中心として、新しいものを生み出す先導性を重視 ○コミュニケーションと再生のプロセスを重視 | 【再生の理念】 ○泉北ニュータウンのまちの価値を高め、次世代へ引き継ぐ 【再生の基本方針】 ○多様な世代が暮らし続けることができるまちをめざす ○人や環境にやさしいまちと暮らしの実現をめざす ○まちに関わる人の輪を広げ、つなぎ、地域力の向上をめざす ○泉北ニュータウンの再生を推進するための仕組みの構築をめざす |
取組み | (1)住環境をまもり・つくるルール (2)地域の賑わいや交流の場づくり (3)柔軟な利用が可能なスペースの確保 (4)近隣センターの活性化 (5)多様な世帯のニーズに対応した住宅供給 (6)公的賃貸住宅ストックを活用した多世代居住の推進 (7)ライフスタイルに応じて住み替えられる仕組み (8)住民・事業者・行政の協働の場の設置 (9)行政や住宅事業者の連携 (10)まちづくりに貢献する住宅の更新 (11)歩いて暮らせるまちづくりのための交通環境整備 (12)緑の保全と活用 (13)公共施設の点検 (14)地域の防犯・防災力の充実 (15)子育て・高齢者サービスの提供 (16)地域と大学の交流と連携 (17)生活文化の継承と発展 (18)情報の蓄積と連携 (19)千里ニュータウン再生を担う人づくり (20)千里ニュータウン再生を推進する仕組みづくり | (1)住環境をまもり・つくるルール (2)地区センターの活性化 (3)複合的かつ柔軟な土地利用の推進 (4)近隣センターの活性化 (5)多様な暮らしを実現する住宅の供給 (6)まちづくりをリードする集合住宅の建替え・改修 (7)歩いて暮らせるまちづくりのための交通環境の充実 (8)豊かなみどりの保全とオープンスペースの活用 (9)広域ネットワークの形成 (10)都市基盤の適切な更新 (11)地域の防犯・防災力の充実 (12)子育て世帯・高齢者・障がい者等への福祉サービスの充実 (13)健康を支えるサービスや仕組みの充実 (14)情報の蓄積と発信 (15)多様な機関や人材の交流と連携 (16)千里ニュータウン再生を推進する仕組みづくり | (1)多様な年齢階層がバランスよく居住するまちとして、多様な住宅や交流の場を整備する (2)身近な範囲に、暮らしを支える多様な機能の配置を誘導する (3)子どもの笑顔があふれるまちとして、子どもの教育・育成環境の向上をはかる (4)高齢者をはじめ誰もが安心して暮らせる環境を整備する (5)地区センター・近隣センターを人が集まる場所として機能強化をはかる (6)既存施設の積極的な活用や適切な管理を進める (7)ゆとりのある郊外居住を実現するまちとして、緑豊かな住環境と自然や農に触れる環境を整備する (8)地球環境にやさしいまちづくりを進める (9)公共交通体系の維持・充実化及び利用促進をはかる (10)まちに関わる人たちのパートナーシップによる、主体的なまちづくり活動を促進する (11)泉北ニュータウンのまちの魅力や暮らし方を「泉北スタイル」として発信する |
*参考
- 「千里ニュータウン再生指針」2007年10月
- 「千里ニュータウン再生指針2018」2018年3月
- 「泉北ニュータウン再生指針」2010年5月
- 佐藤由美「泉北ニュータウンの変化と再生に向けた実践」・『都市住宅学』102号 2018 SUMMER