2018年2月10日(土)、千里文化センター・コラボの設立10周年を記念したフォーラム「千里のこれから コラボのこれから」が開催されました。
千里のこれから コラボのこれから
■日時:2月10日(土曜)14時から16時
■場所:千里文化センター・コラボ 2階 多目的スペース
■内容/出演者
①トークショー「千里とわたし」
・浜村淳さん(タレント)
②トークセッション「千里のこれから コラボのこれから」
・コーディネーター・上村有里さん (赤ちゃんからのESD代表、豊中市社会教育委員)
・スピーカー・浜村淳さん(タレント)
・スピーカー・太田博一さん(千里ニュータウン研究・情報センター共同代表)
・スピーカー・奥居武さん(千里市民フォーラム運営委員、ニュータウン研究家)
・スピーカー・足立佐知子さん(初代千里文化センター長、豊中市政策企画部長)
雨降りの寒い日でしたが、10周年記念フォーラムの会場はほぼ満席となっていました。150人以上の参加があったのではないかと思います。
後半のトークセッション「千里のこれから コラボのこれから」では、
- 千里文化センター・コラボ設立の経緯
- 千里ニュータウンのこれまでの地域活動の流れと、その流れにおいてコラボがもつ意味
- これから千里ニュータウン、千里文化センター・コラボはどうあって欲しいか
などについて議論がなされました。
トークセッションで伺った話で、興味深かったのは以下の点です。
- 千里ニュータウンの地域活動は、2000年を境に大きく変化した。それまでの地域活動を主に担ってきたのは専業主婦である女性だったが、ニュータウン第一世代の男性が定年退職する時期を迎えたこと、集合住宅の建替が本格化し、住民が身の回りの環境に関心を持つようになったこと。この2つが背景にあるのではないか。特徴的な動きとして吹田市佐竹台の「佐竹台ラウンドテーブル」(2000年)、豊中市新千里東町の「ひがしまち街角広場」(2001)がある。2002年には千里ニュータウンのまち開き40周年を記念して「千里ニュータウンまちづくり市民フォーラム」が開催、これを受けて、翌年には「千里市民フォーラム」(2002年)が設立し、吹田市・豊中市両市で活動する人々が参加した。
- 千里文化センター・コラボは、旧千里公民館に入居していた施設が入居する複合施設として開館したが、市民や専門家からの提案を受け入れることで、当初の豊中市の計画からは大きく変化したかたちとなった。「新千里図書館・公民館創造会議」からは、千里中央地区の再開発によって広場が失われるため、コラボ内に広場を作ることが提案。平面プランの見直しが行われ、現在の多目的ホールとして実現した。コラボの事業は当初NPOに委託する予定だったが、「千里文化センター市民運営会議」から、やりたい人が運営に関われるようにした方がいいという提案があり、「千里文化センター市民実行委員会(コラボ市民実行委員会)」が設立。
- コラボは、市民実行委員とサポーターにより様々な活動が展開されており、「テーマ型の縁」として人々が集まる場所になっている。かつて千里ニュータウンには、落語席の「千里繁昌亭」、新人歌手の登竜門「セルシー広場」、ボーリング場、映画館、ホールなどがあったが、こうした場所のほとんどはなくなってしまった。コラボが、人々が街を楽しめる拠点になればいい。
- 千里ニュータウンに働ける場所が必要。郊外住宅地として開発された各地のニュータウンではベッドタウンを脱しようとしている。千里ニュータウンでも子育て世代が増えているが、子育てを終えた母親が働ける場所が必要。
先日のフォーラムは、コラボの10周年記念だったわけですが、フォーラムでの議論を伺い改めて気づかされたのは、コラボは市民・専門家の意見を受け入れ、当初の豊中市の計画からは大きく変化したかたちで開設・運営されるようになったこと。市民・専門家・行政の連携という点でも、市民・専門家の意見を受け入れ計画を変更するという行政の柔軟性という点でも、コラボは開館は重要な出来事だったと思わされました。
住民の切実な声を受けとめる懐の深さ・柔軟性、市民・専門家・行政による連携がコラボの力だとすれば、コラボはますます千里ニュータウンの拠点としての役割が期待されるようになるのではないか。これからの千里ニュータウン、コラボの方向性を考えていく上で、多くのヒントをいただけたフォーラムだったと思います。
(更新:2018年2月15日)