『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

サードプレイスの特徴、サードプレイスがもたらす恩恵

2000年頃から、日本ではコミュニティ・カフェ、地域の茶の間、まちの縁側などの「まちの居場所」が同時多発的に開かれています。「まちの居場所」を捉える上で重要な概念の1つに、レイ・オルデンバーグによるサードプレイスがあります。サードプレイスとは、「インフォーマルな公共の集いの場」であり、「第一の家、第二の職場」に続く「第三の場所」。実際に「まちの居場所」の中には、「第三の居場所」をコンセプトとしている場所もあります。

レイ・オルデンバーグは『サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』(みすず書房, 2013)において、「サードプレイスの特徴」(第2章)、「個人が受ける恩恵」(第3章)、「もっと良いこと」(第4章)に言及していますので、これに従いながらサードプレイスの特徴と、サードプレイスがもたらす恩恵について整理したいと思います。

サードプレイスの特徴

※『サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』の第2章より。

レイ・オルデンバーグは、「サードプレイスをたんに「家庭と仕事から逃れる安らぎの場」と見なすだけでは不十分だが、そう特徴づけるのにもたしかに一理ある——〈対比〉のきっかけになるからだ。・・・・・・。サードプレイスの存在理由は、日常生活における他の環境との違いにあり、それらとの対比をつうじて最もよく理解できる」とした上で、サードプレイスの特徴として以下をあげています。

  • 中立の領域で
  • サードプレイスは人を平等にするもの
  • 会話がおもな活動
  • 利用しやすさと便宜
  • 常連
  • 目立たない存在
  • その雰囲気には遊び心がある
  • もう一つのわが家

これらをまとめ、レイ・オルデンバーグは次のように述べています。

「サードプレイスは中立の領域に存在し、訪れる客たちの差別をなくして社会的平等の状態にする役目を果たす。こうした場所のなかでは、会話がおもな活動であるとともに、人柄や個性を披露し理解するための重要な手段となる。サードプレイスはあって当たり前のものと思われていて、その大半は目立たない。人はそれぞれ社会の公式な機関で多大な時間を費やさなければならないので、サードプレイスは通常、就業時間外にも営業している。サードプレイスの個性は、とりわけ常連客によって決まり、遊び心に満ちた雰囲気を特徴とする。他の領域で人びとが大真面目に関わっているのとは対照的だ。家とは根本的に違うたぐいの環境とはいえ、サードプレイスは、精神的な心地よさと支えを与える点が、良い家庭に酷似している。
以上が、万国共通の、活気あるインフォーマルな公共生活に不可欠と思われるサードプレイスの特徴だ。」

個人が受ける恩恵

※『サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』の第3章より。

レイ・オルデンバーグはサードプレイスから個人が受ける恩恵について次のように述べています。

「サードプレイスに関わることで得られる本質的な、そして波及的な見返りには、目新しさ(産業化され、都市化され、官僚化された社会に目立って不足しているもの)、人生観(または健全な心の持ちよう)、心の強壮剤(またはサードプレイスを訪れることによる日常的な元気回復)、そして友だち集団(または一人ずつではなく大勢と定期的に友だちづきあいすることの利点)などがある。個人が受ける恩恵はもっとあるだろうし、多くの人はその点を主張するに違いないが、ここに挙げた三点は万国共通であり、あらゆるサードプレイスの内部にはっきりと見てとれる。」

ここであげられている「目新しさ」を高める「三つの際立った特徴」として、○「多種多様な人びとの隠れ家であること」、○「計画や組織の欠如、まとまりのゆるやかさ、サードプレイスに来る顔ぶれの流動性」の結果としての「不確実性」、○そこに集う人々が「互いに刺激し合う強さそのもの」をあげています。

「生きていることの喜びと幸せのいくつかは、ぶらぶら歩いて街角の店(プレイス)まで行くのと同じほどたやすく実現されるべきだ——が、街角にはその場所(プレイス)がなくてはならない!」

もっと良いこと

※『サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』の第4章より。

レイ・オルデンバーグは、サードプレイスは個人が恩恵を受けるだけでなく、「もっと良いこと」があるとし、次をあげています。

  • 政治上の役割
  • 会合の習慣
  • 取締り機関であり、世のため人のためになる力である
  • 蓋をしたままでの愉しみ
  • 公共領域の派出所

なお、レイ・オルデンバーグはサードプレイスの限界として、「サードプレイスは社会と個人のあらゆる病に効く万能薬ではないし、そこで得られる交友関係も万人受けするわけではない」ことをあげています。

「最良の時や最高の場所と同じように、サードプレイスはあくまでも選択肢の一つであるべきだ。アメリカの都市の仕組みは、今のところ、一人きりでいたり、自分の家にこもっていたり、外出先を比較的排他的な場に限定したりするのを好む人びとに有利に働いている。わたしたちの社会の都市開発がとってきた進路のせいで不当な扱いを受けているのは、冒険心があり、集団を好み、「社交クラブの会員に適した」タイプの人間たちだ。そして、コミュニティ・ライフめいたものがいちばん頼りにしているのは、この人たちなのである。」


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