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パイロット/先進事例の取り扱い:普遍的なモデルから要件・コツの共有へ

佐藤寛氏の「農村開発における「モデル」アプローチの意味−ライブリフッド・アプローチと生活改善アプローチ−」(『開発と農村:農村開発論再考』日本貿易振興機構アジア経済研究所 2008年)という文章を読みました。

佐藤氏は、現在、日本が途上国で進めている農村開発プロジェクトは、パイロット・プロジェクトが周辺の地域になかなか普及していかない、つまり、「パイロット地域の段階で成功しながらモデル普及に至らない」という問題を抱えていることに触れて、その原因は「普及体制の弱さ」にあるのではなく、「パイロット地域での成功自体に内在されている」という「パイロット・プロジェクトのパイロット性」という議論を展開されています。

「パイロット・プロジェクトのパイロット性」の問題とは、パイロット地域の当事者が「パイロット地域に指定されたが故の特権的な資源配分(えこひいき)に慣れてしまい、自分たち自身で開発の原資を調達する意欲を喪失する」という依存心持ってしまう恐れがあること、同時に、周辺地域の人々が「〔パイロット・プロジェクトが成功したのは〕ドナーによって幸運にも「パイロット地域」に選ばれたからであり、自分たちの村は選ばれなかったので、真似できないのは当然だと考える(ジェラシーの発生)」ようになる恐れがあるということ。

その上で佐藤氏は、「農村開発の対象となる社会はそれぞれに固有性をもっている以上、「普遍性の高いモデル」を作ることよりも、モデル作りのプロセスで必要な「要件」「コツ」などを多くの人と共有することこそが、社会開発におけるパイロット・プロジェクトに求められることではないだろうか」と指摘しています。

佐藤氏が注目するのは途上国において行われるライブリフッド・アプローチと*1)、戦後日本における生活改善アプローチ。
ライブリフッド・アプローチには、①「住民中心の参加型アプローチであること」、②「介入を特定のセクターに集中するのではなく全体的(=ホーリスティック)な取り組みを指向するアプローチであること」、③「支援・介入する側が対象社会の反応や変化を的確に把握して、柔軟に支援内容を変更していくダイナミズムを大切にするアプローチであること」、④「介入にあたってはさまざまなレベル(中央レベル、地方レベル)において官民の協調を促す事を積極的に指向する姿勢に転換していること」、⑤「当事者がもっている資源・長所を最大限活用し、これらを社会変化の資源として利用する」という5つの特徴があるとのこと。そしてこれは、戦後日本における生活改善アプローチにも該当するという*2)。

佐藤氏は、「「パイロット」や「モデル」から、ほかの地域が学ぶべきは、どのような要素の組み合わせが、変化のプロセスを促進させるのか、という「骨組み」の部分ではないかと考えている」、「ライブリフッド・アプローチと生活改善アプローチは、まったく異なる時代背景と、まったく異なる問題認識のもとに産み出されたにもかかわらず、・・・・・・、多くの「骨組み」を共有している」ことは、「農村開発において必要とされる「要因」をある程度普遍的にみいだすことができるのではないかという可能性を示唆している」と指摘しています。

この文章は次のように締めくくられています。

「両モデルから学ぶべきもっとも大切な点は、生産・収入向上と生活戦略・生存戦略のバランスを取ることを目指し、技術の伝達と社会的な働きかけのバランスを重視する姿勢ではないだろうか。この「生活改善」モデルと現在の農村開発で注目を浴びている「ライブリフッド・アプローチ」モデルとの比較検討によって、途上国の農村開発プロジェクトでの活用可能性が高まるのではないかと考えられるのである。」


この文章を読み、文脈は異なりますが、先進事例調査のことを思い浮かべました。

なぜ、先進事例調査が行われるかというと、その事例から学んだことを他にも普及させることが意図されるから。これは、農村開発におけるパイロット・プロジェクトをモデルとして普及させるという意図と重なります。
これに加えて調査とは、調査対象にまつわる現象の何らかの記録という側面をもつ以上、常に現象に対して後追いにならざるを得ない。従って、失敗して既に存在しなくなった事例を調査するのは容易ではない。調査がもつこの制限もあり、調査は(成功しているが故に)存続している事例の調査が中心になるのだと思います。

もちろん、先進事例から多くのことが学べることに違いはありません。しかし、先進事例から学んだことを他に普及させるという意図はどれだけ実現されているのだろうかと思います。そもそも他に普及させることができているのか、もし普及させたとしても、それは先進事例が大切にしていた価値をきちんと継承したものになっているのか。このことに関しては疑問を感じることがあります。

佐藤氏が指摘されているように、先進事例から学んだことから「普遍性の高いモデル」を作るという考え方自体が間違っているのかもしれません。

「農村開発の対象となる社会はそれぞれに固有性をもっている以上、「普遍性の高いモデル」を作ることよりも、モデル作りのプロセスで必要な「要件」「コツ」などを多くの人と共有することこそが、社会開発におけるパイロット・プロジェクトに求められることではないだろうか。」

自戒の意味も込めて、先進事例調査もこれを目指すべきであり、そのための調査方法を編み出していく必要があるのではないかと考えていました。


□注

  • 1)佐藤氏によれば「ライブリフッド・アプローチという考え方は、農村研究と農村開発の実務との間の相互作用のなかで生まれてきた成果のひとつと考えることができ」、「貧困削減と社会開発」の「結びつきを明確に示した」ものだという。「マクロレベルの経済成長やミクロレベルの所得向上だけが貧困削減ではなく、所得が増えずとも日々の生存を維持することができるだけでも「人間の安全保障」につながるという考え方を貧困削減に持ち込んだこと」がライブリフッド・アプローチの最も大きな貢献だとも指摘されている。
  • 2)ただし、ライブリフッド・アプローチと生活改善運動の相違点として、①「ライブリフッド・アプローチでは、住民開発委員会(Community Development Association)の設置を前提とするなどはじめから「開発志向」が強い。一方で生活改善ではそのような包括的な開発委員会の設置をはじめから働きかけることはせず、最初は個々の家族・世帯の生活改善という興味から活動を始める」こと、②「開発過程に介入する場合の「エントリーポイント活動」」を目的とするか手段とするか、③「ほかのドナーとの協調の問題」、④「最貧層への裨益をどう考えるか」の4点が挙げられている。

□参考