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新型コロナウイルス感染症からの復興プラン:アメリカ・ワシントンDC

2020年5月25日に緊急事態宣言が全面解除されました。緊急事態宣言の全面解除が行われたとは言え、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染リスクが消えたわけではないため、今後は新型コロナウイルス感染症と共存しながら社会をどう再開していくかが課題となります。
これは日本だけでなく、世界中の国々が直面している課題です。ここでは、どのように社会を再開していくのかを考えるための参考として、アメリカの首都、ワシントンDCの復興プランをご紹介したいと思います。

DC再開

アメリカでは2020年4月16日にアメリカ再開のためのガイドライン『オープニングアップ・アメリカアゲイン』(Guidelines for Opening Up America Again)が公表され、再開のために州・地域が満たすべき基準や、段階的に社会を再開していくというアプローチの提案が行われました。

ワシントンDCでは、2020年4月23日にワシントンDC市長が『DC再開』(Reopen DC)を発表。これは、3つのフェーズによって社会を段階的に再開していくという提案です。

「2020年4月23日木曜日に、ボウザー市長は『DC再開』(ReOpen DC)の計画を発表しました。市長は、我々の街を再開するだけでなく、より公平なDCを築くための一世代に一度の機会だと述べました。安全で持続可能な回復のためには、測定し、データに基づき(Data-driven)、そして、慎重に行う必要があります。『DC再開』は安全で持続可能な方法でDCを再開するために、コミュニティとして協力することです。我々は、一緒に、科学に基づき、コミュニティのニーズに合わせた計画を作成します。
『DC再開』は、ジョンズ・ホプキンズ・ブルームバーグ公衆衛生大学院(Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health)のレポート『Public Health Principles for a Phased Reopening During COVID-19: Guidance for Governors』に準拠し、公衆衛生上の重要な指標と能力に基づいた段階的な対応が含まれています。また、コミュニティベースのガイドライン、セクターベースのガイダンス、明確なコミュニケーションに焦点を当てた内容も含まれています。」
※「ReOpen DC」のページの翻訳。

『DC再開』では、再開のプロセスが3つのフェーズで捉えられており、『DC再開』は2番目の安定化(Stabilization)のフェーズに焦点を当てるものとされています。

  • (1)緊急対応(Emergency Response):現在のフェーズ。
  • (2)安定化(Stabilization):『DC再開』が焦点を当てるフェーズで、制限を緩和するが、ネガティブな指標を注意深く監視し、迅速に対応する。
  • (3)長期的な回復(Long-term Recovery):新しい、よりレジリエントな正常な状態(New, more resilient normal)を見つける方法。このフェーズは、ワクチンが広く入手可能になったときに開始される可能性が高い。

DC再開諮問グループによる提言

『DC再開』のために、DC再開諮問グループ(ReOpen DC Advisory Group)が立ち上げられました。2020年5月21日、諮問グループは『DC再開:市長への提言』(May 21, 2020)を公表しました。以下ではこの提言書を概観することで、ワシントンDCがどのような手順で再開されようとしているかを見ていきたいと思います*1)。

なお、DC再開諮問グループは提言書の作成にあたって、市民やステークホルダーらの声を聞くため次のようなインタビューや調査が行われています。

  • 17,000以上:DC再開のアンケートへの回答者数(回答された質問項目数は300,000以上!)
  • 45以上:住民、コミュニティ・グループ、ビジネス・リーダーへのフォーカスグループ
  • 100以上:コミュニティやビジネスのリーダーへの詳細なインタビュー
  • 650以上:住民、アドボケイター、ビジネス・リーダーがフォーカスグループやインタビューに参加
  • 10,000以上:タウンホールの参加者
  • 250以上:リサーチプロセスにおいて、洞察を提供し、多様な専門性をもたらした委員会メンバー

  • 1)以下、特に明記しない限り、ReOpen DC Advisory Group『ReOpen DC: Recommendations to the Mayor』(May 21, 2020)の翻訳である。

4つの価値:HOPE

『DC再開:市長への提言』では、HOPEと呼ばれる健康(Health)、機会(Opportunity)、繁栄(Prosperity)、公平(Equity)の4つの価値が大切にされています。

■健康(Health)
健康で安全な市を大切にしています。
このプロセスは、住民の健康リスクの軽減に加えて、健康状態の優先付けと改善、より応答性の高い緊急サービスの開発、より健康的な環境の構築、交通事故による死傷者、犯罪の減少のための機会です。

■機会(Opportunity)
住民が力強く生きる機会を作ることを大切にしています。
活気のある雇用市場のサポートと、教育とトレーニングを通じた新しい雇用機会の計画により、住民が目標を達成することをサポートします。中小企業や起業家がより強く戻ってくるために、技術的および財政的にサポートします。

■繁栄(Prosperity)
活気のある市を大切にします。
市を再スタートすることは、住民とビジネスにとって重要です。学校、インフラ、社会サービス、保育、世界クラスの場所と空間(World-class places and spaces)、そして、家族のための住宅への重要な投資をサポートするために、強力な財政回復を確実にする必要があります。

■公平(Equity)
市のダイバーシティ(多様性)と最も弱い立場にある人々(Most vulnerable)のための結果の改善を大切にし、DCの変わることない人種格差を深く意識し続けています。
これらの歴史的な不公正に効果的に取り組み、全ての住民がアフォーダブル・ハウジング、便利で健康的なコミュニティ、健康的な食品、地元のビジネス、小売店の選択肢(Retail options)、素晴らしいコミュニティ施設にアクセスできるようにならなければならないことを強調します。これらのリソースは、全ての近隣おいて自宅の近くで見つけられるようにするべきであり、最も必要とするコミュニティをターゲットにするべきです。

4つの中核的要素

『DC再開:市長への提言』は次の4つの中核的要素から構成されています。

■横断的な実現の鍵とアイディア(Cross-Cutting Enablers and Ideas)
再開の効果を向上させ、より包摂的で公平な復興への道を開くために、DCが実施することを推奨する新たな構想(Initiatives)。

■ステージ移行のための基準(Gating Criteria)
DC Health(DCの健康)の測定基準が引き続きモニタリングし、再開プロセスのステージからステージへの移動をガイドします(必要に応じて一時停止、または、後退するかどどうかを評価します)。

■全般的な安全対策(Universal Safeguards)
再開プロセスを通して全ての個人、雇用者、会場が遵守すべき安全対策と手順(Safeguards and protocols)。

■DC再開のステージ(Stage to ReOpen DC)
再開のための提案されたステージの説明と、各ステージで、どのようなレベルで、どのビジネス機能と活動が再開できるかを示したもの。

DC再開のステージ(Stage to ReOpen DC)

『DC再開:市長への提言』では次の4つのステージにより段階的に社会を再開することが提言。ステージ1から3までは全般的な安全対策(Universal Safeguards)を取ることが強く推奨されており、効果的なワクチンまたは治療法が実現した後、ステージ4の「ニューノーマル」(新しい日常)へと移行するとされています。

  • ステージ1:ウイルス感染の減少(Declining virus transmission)
  • ステージ2:地域的な感染のみ(Only localized transmission)
  • ステージ3:散発的な感染(Sporadic transmission)
  • ステージ4:効果的なワクチンまたは治療法(Effective vaccine or cure)

『DC再開:市長への提言』では24の活動やビジネス、機能が学び(Learn)、関わり(Engage)、仕事(Work)、サービスへのアクセス(Access Service)の4つのテーマに分けられ、各ステージにおいてどのようなレベルで再開が可能なのかが示されています。

ステージ移行のための基準(Gating Criteria)

このように4つのステージが示されたうえで、全てのステージにおいて住民の健康リスクを軽減するために、ステージ間を移行するために次の4つの基準があげられています。

  • コミュニティにおける広がりのレベル(感染率など)
  • 医療システムの能力(サージ(Surge:押し寄せ)のない十分な医療の能力など)
  • 検査能力(全ての優先するグループを検査する能力など)
  • 公衆衛生システムの能力(全ての新規症例とその濃厚接触者に対する十分な接触者追跡(contact tracing)の能力など)

全般的な安全対策(Universal Safeguards)

『DC再開:市長への提言』においては、ステージ1から3までは次にあげる全般的な安全対策(Universal Safeguards)を取ることが強く推奨されています。全般的な安全対策は、他者との6フィートの距離を取るフィジカル・ディスタンシング、マスク着用、清掃や消毒、個人防護具(PPE)の供給、教育、検査や隔離へのアクセスなど多岐にわたる内容があげられています。

個人

  • 自宅にいない時の少なくとも6フィートのフィジカル・ディスタンシング
  • パブリックスペースにおけるマスク着用
  • 厳格な個人の衛生管理の実践(sanitation and hygiene practices)
  • 病気の場合の自宅待機
  • 表面と物の定期的な消毒
  • 特に新型コロナウイルス感染症のリスクに対して脆弱なグループの近くにいる場合、グループの一員である場合の予防策の強化

雇用者と会場

  • 従業員と顧客の少なくとも6フィートのフィジカル・ディスタンシング、または、サービスの性質上不可能な場合は他の安全対策
  • 職場における厳格な清掃と衛生の基準
  • 従業員と顧客のための健康診断と個人防護具(PPE)
  • 病気を恐れている労働者とその家族、特に脆弱な人々の保護
  • 新型コロナウイルス感染症についての従業員教育:病気の従業員に対応し、収容するための戦略(有給休暇、家族休暇など)

脆弱な人々

  • 一部の住民は、新型コロナウイルス感染症および関連する合併症に感染したり、深刻な影響を受けたりするリスクに基づいて脆弱であると見なされている。
  • 全般的な安全対策(universal safeguards)への集団的な取り組みは、DCの最も脆弱な人々を保護するために特に重要である。
  • 脆弱な人々、または、脆弱な人々と共に暮らしている人々は、厳格な安全対策と衛生管理を実施する必要がある。
  • 雇用主は、脆弱な従業員とその家族に対して、必要かつ実行可能な場合には自宅待機することを含めて、従業員とその家族を守るための柔軟性を与える必要がある。
  • 追加の暴露リスクが存在する可能性がある場所では(高密度のパブリックスペースなど)、必要に応じて、衛生用品(hygiene/sanitation supplies)、検査、安全な隔離(isolation)へのアクセスを確保するための官民の努力が必要である。

※DC再開諮問グループの2020年5月21日の会見資料の翻訳。

横断的な実現の鍵とアイディア(Cross-cutting ideas and enablers)

脆弱な人々の公平の保証(Equity assurance)とサポート

・再開を通して公平をモニタリングし、予防、健康の結果、リソースへのアクセスに焦点を当てて、脆弱なコミュニティにおける備えの強化と感染爆発(outbreaks)の緩和を行う:改革の指針となるデータ(人種別、民族別など)の収集と公表。
・革新的な慈善パートナーシップ(philanthropic partnerships)を模索し、必要とするコミュニティに健康と経済のサポートを提供する(金融教育など)。

デジタル・デバイドを終わらせるためのサポート

・デジタル・リソースにアクセスできない全ての住民にブロードバンド、デバイス、トレーニングへのアクセス、および/または、補助金を提供し、全てのワシントン市民がリモートで仕事や学習ができるようにする。

官民の検査のパートナーシップ

・DC政府と民間の検査供給者が共同し、DCの検査戦略を追跡、報告、一元的な調整をするとともに、特に脆弱な住民とコミュニティのニーズを満たすために、再開期間中に増加する検査ニーズの供給と需要を管理する。

パブリックスペースの方針転換(Reorientation)

・歩道や道路などのパブリックスペースの方針を転換し、レストランや他のビジネスのための屋外の収納能力の拡大をサポートする。
・再開の初期段階に、空いているプライベート・スペースを転用(Repurposing)し、個人防護具(PPE)の配布、教室・保育スペースの拡張などを行う。
・道路の車線と信号機を再構成(Reconfiguring)し、ライフライン・ネットワークのバスの通路を優先する。

教育と交通機関の再開に向けた調整

・学校、保育所、交通機関の再開を調整し、生徒や労働者が安全に移動できるようにするとともに、保育を頼っている親に安全で信頼できるサポートを提供する。

個人防護具(PPE)と消耗品の提供

・政府の購買力と供給ラインを利用して、ビジネス、非政府組織、脆弱な住民に対して、手頃な価格(affordable)または無料で、個人防護具(PPE)、清掃用品、温度計、および、再開をサポートする他の用品を迅速に提供する。

再開時の説明責任の共有

・個人、雇用者/会場がDCの全般的な安全対策(universal safeguards)を遵守するのを期待する。
・DC後援の認証プロセスを開始し、ビジネスが住民の信頼を喚起するのを助ける。

雇用主に対する責任のガイダンス(Liability guidance)

・責任問題を引き起こす新たなシナリオを説明するために必要な柔軟性を判断する。

明確で公平なアウトリーチ

・自信と楽観主義を喚起する物語(ナラティブ)の作成、再開決定に定着している公衆衛生の宣言、住民へのDCのビジネスのサポートの奨励(「地元の店を応援する」(Shop Local))。
・コミュニケーションをシンプルに、多言語で、情報豊かなものにすることで、自己判断と自己防衛を可能にする。
・多チャンネルのアウトリーチと信頼できるコミュニティ・パートナーを通じた、特に脆弱な住民との、「住民がいるところでの出会い」(Meeting residents where they are)。
※DC再開諮問グループの2020年5月21日の会見資料の翻訳。

横断的な実現の鍵とアイディアでは、教育やリソースへのアクセスを通した格差の是正、検査体制の構築、データの重視、パブリックスペースや交通機関のあり方の見直し、コミュニケーションを豊かにすることなどがあげられており、これらはワシントンDCの再開のみならず、アフターコロナにおける日本のあり方を考える上でも重要な観点だと思います。


  • 翻訳にあたっては、2020年5月21日配信の在アメリカ合衆国日本国大使館 「領事メール」も参考にした。

(更新:2020年6月1日)