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新型コロナウイルス感染症に対する各種施設や社会的集まりのリスク評価:ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートより

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がいつ、どのようなかたちで収束するかは見通しが立っていませんが、感染防止のために閉じてしまった社会をどのように再開していくかの議論も見られるようになってきました。

どのタイミングで、どのような種類の施設や社会的集まりの再開を決定するのか。再開の決定においては、どのような観点からの評価を行う必要があるのか。
このことを考えるヒントとするため、ここではアメリカのジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生大学院(JHSPH=Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health)のジョンズ・ホプキンズ健康安全保障センター(Johns Hopkins Center for Health Security)が2020年4月17日に公開したレポート『Public Health Principles for a Phased Reopening During COVID-19: Guidance for Governors』(以下、「ジョンズ・ホプキンズ大学のレポート」と表記)をご紹介したいと思います。

ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートは、各種の施設や社会的集まりを再開していく上で、どのような感染リスクがあるかを評価し、再開する施設や社会的集まりの候補を特定することを目的として書かれたものです。

「この文書の目的は、州の命令によって基幹的ではない(nonessential)とされた事業、学校、および、その他のコミュニティ・スペースにおける新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のリスクを評価し、再開の候補を特定することです。この評価は、様々な環境におけるウイルス感染のリスクと、従業員や顧客のリスクを軽減するための緩和策を実施する能力に基づいて行われる必要があります。事業の再開は、このパンデミックからの回復に向けて考慮すべき多くのステップの1つに過ぎません。この文書は、再開の問題だけを扱うもので、全国のパンデミックからの復興に関連する他の重要な問題を扱っていません。同時に、再開の決定は、コミュニティが他の将来の決定のために、どのように良い計画を立てることができるのかという、より大きな問題を引き出します。」
※『Public Health Principles for a Phased Reopening During COVID-19: Guidance for Governor』(Johns Hopkins Center for Health Security, April 17, 2020)の翻訳

ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートは、このウェブサイトでも紹介しているハーバード大学のエドモンド・J・サフラ倫理センター(Edmond J. Safra Center for Ethics)のレポート『パンデミック・レジリエンスへのロードマップ』(ROADMAP TO PANDEMIC RESILIENCE)、ワシントンDCの再開のためのガイドライン『DC再開』(ReOpen DC)、メリーランド州の再開のためのガイドライン『メリーランド・ストロング:復興のためのロードマップ』(Maryland Strong: Roadmap to Recovery)でも参照されています*1)。


  • 1)以下、特に明記しない場合はジョンズ・ホプキンズ大学のレポート『Public Health Principles for a Phased Reopening During COVID-19: Guidance for Governor』(Johns Hopkins Center for Health Security, April 17, 2020)の内容に基づくものである。

段階的な再開

ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートでは、アメリカ企業公共政策研究所(AEI=American Enterprise Institute)によるレポート『National Coronavirus Response: A Roadmap to Reopening』(March 28, 2020)で提唱されている段階を経て再開していくという考え方がベースになっています。

アメリカ企業公共政策研究所(AEI)のレポートでは、再開のロードマップとして次の4つのフェーズがあげられています。

  • フェーズ1:蔓延を遅らせる(Slow the Spread in Phase I)
  • フェーズII:州ごとの再開(State-by-State Reopening in Phase II)
  • フェーズIII:免疫による防御の確立とフィジカル・ディスタンシングの解除(Establish Immune Protection and Lift Physical Distancing During Phase III)
  • フェーズIV:次のパンデミックへの備えの再構築(Rebuild Our Readiness for the Next Pandemic in Phase IV)

ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートは、段階的な再開が始まるフェーズIIに向けて、リスク評価と、再開の候補の特定をするための資料とされています。

各種施設や社会的集まりのリスク評価

ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートでは次の7つのカテゴリーについてのリスク評価が行われています。

  • (1)基幹的でないビジネス(nonessential businesses)
  • (2)学校・保育施設(schools and childcare facilities)
  • (3)屋外空間(outdoor spaces)
  • (4)コミュニティの集まりの場所(community gathering spaces)
  • (5)交通機関(community gathering spaces)
  • (6)マスギャザリング(mass gatherings)
  • (7)個人間の集まり(interpersonal gatherings)

(1)に関して、基幹的なビジネス(essential businesses)はフェーズIにおいても営業が許可されているたえ、ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートでは基幹的でないビジネス(nonessential businesses)のリスク評価が行われています。

(6)のマスギャザリング(mass gatherings)に関しては、ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートではWHO(世界保健機関)による次の定義が記されています。

「世界保健機関(WHO)によると、「イベントが行われるコミュニティにおける医療システムの計画と対応資源に負担がかかる可能性があるほど、多くの人々が集まった場合」、そのイベントはマスギャザリングと定義される。」
※『Public Health Principles for a Phased Reopening During COVID-19: Guidance for Governor』(Johns Hopkins Center for Health Security, April 17, 2020)の翻訳

リスク評価の3つの観点

ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートでは7つのカテゴリーについて、①接触の強度、②接触の数、③リスク軽減のための変更可能性の3つの観点からリスク評価がされています。それぞれの観点は次の通り。

①接触の強度:
接触の種類(近い~遠い)と持続時間(短い~長い)の関数と定義し、「低」「中」「高」の3段階で評価する。「低」は店で誰かとすれ違う場合など、短時間の離れた距離にいる人との接触、「高」は寮での共同生活など、長期にわたる濃厚接触、「中」は両者の中間で数フィート離れた席で食事を共にする場合などである。

②接触の数:
同じ時間、同じ場所に居合わせる人のおおよその平均人数と定義し、「低」「中」「高」の3段階で評価する。人数が多いほど、リスクが高いと評価する。

③リスク軽減のための変更可能性:
リスク軽減のために活動を変更できる程度の訂正的な評価で、「低」「中」「高」の3段階で評価する。評価においてはヒエラルキー・コントロール(Hierachy of Controls)を利用し、上位の階層であるフィジカル・ディスタンシング(physical distancing)とエンジニアリング・コントロール(engineering controls)を効果的に組み入れることができる部門・事業は、下位の階層である組織管理的コントロール(administrative controls)や個人防護具(PPE=personal protective equipment)に頼る部門・事業よりも変更可能性が高いと評価する。

ヒエラルキー・コントロール

③リスク軽減のための変更可能性で言及されているヒエラルキー・コントロール(Hierachy of Controls)とは、潜在的に有害な職場の危険のコントロールを特定するための枠組みとして、アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH=National Institute for Occupational Safety and Health)によって利用されているもの。コントロールの対策がピラミッドの形に描かれており、ピラミッドの上位に位置するものほど効果が高いとされています。

CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の「HIERARCHY OF CONTROLS」のページによると、アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が用いているヒエラルキー・コントロールは5層からなるとされています。対策はピラミッドの上から下に向かって、つまり、効果が高いものから低いものの順に次の通りです。

アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)によるヒエラルキー・コントロール

  • 除去(危険を物理的に取り除く)/Elimination(Physically remove the hazard)
  • 置換(危険を置き換える)/Substitution(Replace the hazard)
  • エンジニアリング・コントロール(危険から人を隔離する)/Engineering Controls(Isolate people from the hazard)
  • 組織管理的コントロール(人の働き方を変える)/Administrative Controls(Change the way people work)
  • 個人防護具(個人用保護具で作業者を保護する)/PPE(Protect the worker with Personal Protective Equipment)

※CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の「HIERARCHY OF CONTROLS」のページより。

ジョンズ・ホプキンズ大学のレポートでは、新型コロナウイルス感染症への対応として、次のような修正版のヒエラルキー・コントロールが示されています。

新型コロナウイルス感染症に対する修正版のヒエラルキー・コントロール

  • フィジカル・ディスタンシング(Physical Distancing):可能な限り自宅で仕事をしたり、ビジネスにアクセスしたりする。物理的に立ち会う必要のある労働者数を最小限に抑えるために責任の再構築(restructuring responsibilities)も行われるべきである
  • エンジニアリング・コントロール(Engineering controls):人と人との間に物理的な障壁を作る
  • 組織管理的コントロール(Administrative controls):コミュニケーションを促進するテクノロジーを利用して、個人間の接触を減らすための責任の再分配(redistributing responsibilities)を行う
  • 個人防護具(PPE):医療用でない布マスクを着用する

さらに、業務内容に関わらず、感染リスクを軽減することで個人を守るための方法として次の対策があげられています。

  • 医療用でない布マスクの利用
  • 可能な場合は、物理的な障壁などのエンジニアリング・コントロールを組み込む
  • 人を離れて配置できるように(理想的には6フィート以上)スペースを再構成する
  • 従業員が体調が悪かったり、病気の人と濃厚接触した場合は、従業員が家で過ごすことを支援し、可能にする

リスク評価の結果

リスク評価の結果は次の通りとされています。
なお、現時点では、3つの観点からリスク評価を行うための定量的なデータが存在しないため、専門家の判断に基づく定性的な評価であることに注意が必要とされています。しかし、各州は定量的なデータが入手できるようになる前の段階で、いくつかの活動の再開を決定せねばならないとも記されています。


レポートに掲載されている表には、各施設や環境がリスクを軽減するための参考資料としてWHO(世界保健機関)、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)などの組織や各州が公開しているガイドラインへのリンクが付されています。

それぞれの州はこの評価結果を参考にすることで、どのタイミングで、どのような種類の施設や社会的集まりの再開を決定していくことになります。

ジョンズ・ホプキンズ大学のレポート結論部分には、次のように記されています。

「この文書は、州知事がゆっくりと再開する時期と方法を決定する際に考慮すべきこと、リスク、機会についてまとめたものです。これらの決定は、感染症の再発のリスクを制限するために、注意深く慎重に行われるべきです。事業の再開は、このパンデミックからの回復に向けて考慮しなければならない多くのステップの1つに過ぎません。」
※『Public Health Principles for a Phased Reopening During COVID-19: Guidance for Governor』(Johns Hopkins Center for Health Security, April 17, 2020)の翻訳