『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

世界の都市におけるフィジカル・ディスタンシングのベストプラクティスの事例

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染を防止する1つの方法としてフィジカル・ディスタンシング(ソーシャル・ディスタンシングと呼ばれることもある)があります。フィジカル・ディスタンシングとは他者との距離の確保により感染拡大を防止する方法で、世界の都市ではフィジカル・ディスタンシングのための様々な対策が取られています。

世界の96都市からなるC40世界大都市気候先導グループ(C40 Cities Climate Leadership Group)は、世界の都市から出てきたフィジカル・ディスタンシングのアイディアやベストプラクティス(最も効率の良い方法)、及び、フィジカル・ディスタンシングを安全に終わらせるかについての初期の考察をまとめたページ「都市におけるフィジカル・ディスタンシングの新たなベストプラクティス」(Emerging best practice on physical distancing in cities)を公開しています。

C40世界大都市気候先導グループのページでは、フィジカル・ディスタンシングが次のように説明されています。

「□フィジカル・ディスタンシングと「ロックダウン」とは?
フィジカル・ディスタンシングは、ソーシャル・ディスタンシングとしても知られており、人々の間の物理的な接触を最小限にすることで、感染症の拡大を遅らせるためのツールです。これは、可能な限り自宅に待機すること、人混みから完全に離れること、パブリックな場所では世帯を共にしていない人と安全な距離(少なくとも1.5m、または、2m(6フィート)と解釈されている)を保つことを意味します。

「ロックダウン」と呼ばれることもある厳格なフィジカル・ディスタンシングの対策では、全ての人が新型コロナウイルス感染症の症状や暴露に関わらず、基幹的な仕事(essential work)、不可欠な移動(essential travel)、食べ物やその他の不可欠な商品(food and other essential goods)の購入を除いて、自宅で隔離することを要求されます。いくつかの国や市では、ロックダウン中に(限定的な)アウトドア・エクササイズを許可しています。フィジカル・ディスタンシングは、パンデミックに効果的に取り組んでいる全ての都市における新型コロナウイルス感染症への対応の一部とされていますが、厳格な「ロックダウン」対策はそうではありません。韓国とソウルを含む各都市は、大量の、そして、選択的な検査(mass and targeted testing)が実行可能な代替手段であることを実証しました。

市民が何をする必要があるかをより文字通りに、理解しやすく記述しているため、フィジカル・ディスタンシングの用語は「ソーシャル・ディスタンシング」よりも推奨されます。距離を置くこと(distancing)や隔離の対策が孤独感を増大させ、メンタルヘルスのリスクをもたらすことも懸念されます。パンデミックの間、フィジカル・ディスタンシングを維持することは不可欠ですが、市民は安全な方法で愛する人との社会的接触(social contact)を維持することができ、そして、維持するべきです。」
※C40 Cities Climate Leadership Group「Emerging best practice on physical distancing in cities」(April 2020)のページの翻訳。ただし、脚注は除外している。

ここでは、C40世界大都市気候先導グループのページを通して、世界の都市ではどのようなフィジカル・ディスタンシングの対策が取られているかを紹介したいと思います*1)。


  • 1)以下はC40 Cities Climate Leadership Group「Emerging best practice on physical distancing in cities」(April 2020)のページの一部の翻訳である。ただし、脚注は除外している。

都市におけるフィジカル・ディスタンシングの新たなベストプラクティス

フィジカル・ディスタンシングを奨励・強制するための対策

以下のリストには、大規模な集まりを中止するなど、フィジカル・ディスタンシングのツールの中核として広く行われている対策と、距離を確保すること(distancing)をさらに促進するためにいくつかの都市から出てきたアイディアやベストプラクティスが含まれています。

距離を確保すること(distancing)とロックダウンのルールについて、定期的かつ明確にコミュニケーションをとる

人々が、なぜ、何をすることを求められているのかを理解すること、そして、なぜ、誰にルールが提供されるのか、どのルールが全員に提供されるのか、どのルールが新型コロナウイルス感染症の疑いのある患者や診断された患者にのみ適用されるのかを理解することは非常に重要です。

大規模な集まりを中止する

会場やイベントの主催者に、大勢の人々が集まるイベントを中止または延期することを求める。これには、礼拝所の閉鎖も含まれなければなりません。(略)

学校を閉鎖する

これまでのところ、子どもの健康は通常、新型コロナウイルス感染症の影響を比較的受けないことが示されていますが、子どもたちはウイルスの媒介者です。エッセンシャルワーカー(essential workers)の子どもを除く全ての子どものために学校を閉鎖することは、コミュニティにおける世帯間の感染を遅らせるのに役立ちます。(略)

ビジネスや市民に、可能な限り在宅勤務することを奨励する

市民は当局よりも雇用主のガイドラインに従う可能性があるため、ビジネスと市民の両方を対象にしたメッセージを送るという二重のアプローチが重要です。

食料品店や他の基幹的な店(essential shop)でフィジカル・ディスタンシングを促進する

現在、世界中の多くの都市で行われている、不可欠な食料品の買い物の際のフィジカル・ディスタンシングの方法には、以下のようなものがあります。

・営業時間の短縮や延長のような柔軟な対応の許可。営業時間の短縮は、スタッフの暴露と移動を減らすことができ、営業時間の延長は、行列を防ぐことができます。リオデジャネイロでは、スーパーマーケットには、行列防止のために24時間営業が認められている。
・店外の床に線を引いて、買物客が入店を待つ際に、推奨される距離を置いて立つことができるようにする。
・一度に入店できる人数を、床面積に応じた人数に制限する。
・グループではなく、一人で買い物することを要求する。
・指定された時間帯に、高齢者や脆弱な買物客、医療従事者の入店を優先する。
・買物客が外で待ち、支払いをしている間に、店員が注文された食料品やその他の商品を集める「ハッチ取引」(hatch trading ※hatchは荷積み用出入口の意味)を利用する。このアプローチは、買物客が店内では距離を確保することができないような多くの小規模な店舗で採用されている。
・配達の利用の奨励。以前はレストランに供給していた食品業者が、現在は自宅への配達サービスを行っていることの認知度の向上も含まれる。
・現金ではなくカード決済の利用を奨励する。
・賑わいのある食品市場を、運動場など入場の規制が可能な場所に移動させ、数を制限する。

基幹的でない(non-essential)公共性の高いビジネスを閉鎖する

レストラン、バー、カフェ、基幹的でない(non-essential)店を閉鎖することで、これらの賑わいのあるスペースに集まる能力を奪い、人々が自宅を離れる誘惑を取り除きます。また、非エッセンシャルワーカー(non-essential workers)の移動を制限します。多くの「ロックダウン」都市では完全な閉鎖が行われていますが、これらのビジネスに対して配達のみの営業を許可している都市もあります。必要に応じて、通常通りに営業している基幹的でないビジネス(non-essential)を強制的に閉鎖するための厳格な対策を導入することもできます。例えば、ロサンゼルスでは市の閉鎖命令に従わないビジネスに対して、電力と水道の供給を断ち切る対応を行っています。

パブリックスペースを閉鎖する

多くの都市では、公園や、ビーチなどのパブリックスペースではあまりにも多くの人々や、距離を確保すること(distancing)のルールに従わない人々を惹きつける続けています。これらのパブリックスペースを閉鎖することは、人々が集まることを防ぎます。しかし、閉鎖はウォーキング、ランニングなどのアウトドア・エクササイズに利用できるスペースを縮小させ、人々を互いに近づかせてしまうことになります。例えば、いくつかの大きな公園の閉鎖により、これらの公園の縁の周りを人々がより近づいて走るようになり、小さな公園を走る人が増えたりします。パブリックスペースの閉鎖に関する決定の結果をモニターする必要があるのは明らかです。

パブリックスペースを開放する

一部の都市では、歩行者や走る人がフィジカル・ディスタンシングを容易にできるように、より多くのスペースを開放する方法を検討しています。これには、ゴルフコースなどの他の都市の緑地をエクササイズのために開放したり、一部の道路を車両通行止めにしたりすることが含まれます。例えばデンバーでは、優先的に人口密度の高い地域や、公園やトレイルへのアクセスが良好でない地域において、いくつかの道路を車両通行止めにし、住民が安全な距離でアウトドア・エクササイズできるようにしています。

第一線で働く労働者(front-line workers)の家族や同居人の健康を守る

旅行の大幅な減少により世界中の多くのホテルの部屋が空室のままになっており、新型コロナウイルス感染症の感染リスクを軽減するため、都市は医療従事者が帰宅する必要のないようにホテルの部屋を提供しています。

フィジカル・ディスタンシングを強制する

パブリックなエリアでの警察のパトロールと検問所は、フィジカル・ディスタンシングとロックダウンの制限の遵守を強制するために用いられることがあります。いくつかの都市では、制限を遵守しない一般市民は、罰金や実刑判決を受ける可能性があります。拡声器や監視機能を備えたドローンやロボットが、公園、ビーチ、市中心部などのパブリックなエリアをモニタリングすることで、地域の法令遵守を確保するために用いられることもあります。

隔離中の人々のサポート

新型コロナウイルス感染症の蔓延を抑えるためには効果的ですが、フィジカル・ディスタンシングと感染した人の隔離(Isolation)、あるいは、感染の可能性のある人の隔離(quarantine)は人々、特に高齢者や、日常生活においてサービスやサポートネットワークに依存している脆弱な人々にとってはつらいものになります。この困難な時期に住民をサポートするために、都市は以下のような取り組みを行っています。

●家から出なくても十分に食べることができるように、隔離中の人々に食料品を届ける。これには、隔離されている個人のための新しい食料品の配達システムの設立、宅急便サービスの創設(home-delivery fast-tracked services)、食料品を配達するボランティア・グループのサポート、近隣住民間の連帯のためのキャンペーンが含まれる。例えば、韓国の高陽市は予備資金(reserve fund)を利用して、自宅で隔離している人々に定期的な食料品のパッケージを配達している。ワルシャワ市は、書面(written notes)やあらかじめ用意されたポスターのテンプレートを使って、買い物の助けが必要かどうかを近隣住民に尋ねることを奨励するキャンペーンを行っている。一部の自治体では、インフォーマルな居住地(informal settlements)に住む人々がフィジカル・ディスタンシングの制限を遵守できるように、定期的な食料品のパッケージを提供している。

●虐待事件の急増が数字に現れていることから、ロックダウン期間中のドメスティック・バイオレンス(DV)被害者へのサポートを増やす。フランスの各都市では、被害者が食料品の買い物中に支援を得るために利用できるポップアップ・センター(pop-up centres:期間限定のセンター)が開かれ、政府が虐待の被害者がホテルに宿泊するための費用を支払う。

●孤独感を軽減するために、人々の間のバーチャルなつながりを奨励する。例えば、ルイヴィル(Louisville)の市長が立ち上げたキャンペーンである「Lift Up Lou」は日常のエクササイズ、教育レッスン、エンターテイメント、マインドフル・エクササイズがあり、隔離された人々をサポートしている。シアトルで利用されているソーシャル・メディアのプラットフォームである「NextDoor」は近隣住民が、高齢者と脆弱な近隣住民とコミュニケーションすることをサポートしている。

●自宅で安全に隔離(isolate)できない場合、あるいは、家がない場合に、脆弱な人々に一時的な宿泊施設を提供する。リオデジャネイロでは、高齢者がファヴェーラ(favela:スラム)から移動し、市内の空きホテルに一時的に収容されている。イギリスの各都市では、ホームレスの人々ための緊急の安全なスペースとして利用できるホテルと改築されたホテルを探しており、カリフォルニアではプロジェクト・ルームキー(Project Roomke)がホテルの部屋にホームレスの人々を収容している。ロンドンのニューアム評議会は、フィジカル・ディスタンシングをサポートするため、約500世帯のホームレスを共有の一時的な宿泊施設から、自己完結型のユニットに移動させている。

●支援を必要とする人々が利用可能なサービスを確実に知ることができるようにする。ニューヨーク市は、障害者のための新型コロナウイルス感染症に関するリソースや有用な情報を掲載した専用のウェブページを作成した。

不可欠な移動(essential travel)をより安全に

公共交通機関サービスを維持することは、重要な労働者(key workers)が通勤するために重要ですが、サービスが混雑していると新型コロナウイルス感染症の感染リスクが高まります。都市が、交通システムにおいてフィジカル・ディスタンシングを奨励するために取っている対策には以下のようなものがあります。

●電車と地下鉄のサービス
・地下鉄の駅を閉鎖し、より長い距離の移動を優先し、より短い移動は他の手段を取ることを奨励する。(略)
・乗客間の推奨されるフィジカル・ディスタンシングを維持するために、1列車で購入できるチケットの数を減らす。スペインでは、鉄道会社は総座席数のわずか30%だけを提供している。

●バス
バスに乗車できる乗客の数を減らし、乗客がより混雑していないサービスを待つことができるようにチケットの有効時間を長くする。例えば、モンテビデオではサービスの頻度を減らし、トラベルカードが有効である時間を延長している。アシュビルではバスを全て無料にし、運転手と乗客の暴露を最小限に抑えるため、乗降には後部ドアのみを利用している。

●自転車
多くの都市は、自転車レーンや自転車レンタルサービスを拡大し、公共交通期間を利用するのではなく、より短い距離を自転車で移動することを奨励しています。ボゴタでは公共交通機関の混雑を緩和するため、三角コーン(traffic cones)利用して、急遽76kmの仮設の自転車レーンを開設しました。ニューヨーク市は、ビル・デブラシオ市長が、新型コロナウイルス感染症の蔓延を抑えるために自転車や徒歩での通勤を奨励した後、自転車の急増に対応し、自転車レーンの増設を予定しています。メキシコシティは、公共交通ネットワークにおけるフィジカル・ディスタンシングをサポートするため、自転車レーンを4倍に増やす計画です。ダブリンでは、電動自転車会社が電気自転車を医療従事者に無料で提供しています。

厳格なフィジカル・ディスタンシング、あるいは、「ロックダウン」を安全に終わらせるための初期の考察と経験

韓国、中国、スペイン、イタリア、フランス、オーストリアなどの国々は、新型コロナウイルス感染症の危機の最悪の状況から抜け出し始め、次に起こることを計画し始めています。課題は、症例の第二波のリスクをリスクを最小限に抑えながら、人々やビジネスに対する規制を緩めていくことです。この記事の残りの部分と同様に、このセクションはより多くの情報が利用可能になると更新される予定です。最初の考えでは、ワクチンが発見するまでは、ウイルスと共に安全に暮らすことは以下のようなことを意味します。

●コミュニティにおける検査と接触者追跡(contact tracing)を大幅に拡大すること。これは、大規模な検査と接触者追跡(contact tracing)により症例を減少させることに成功した中国と韓国の都市からの、および、これらのツールをまだ利用していない国の無数の公衆衛生の専門家からのの明確なメッセージである。(略)

●距離を確保すること(distancing)の努力を弱体化させる可能性があるため、人々がまだ自宅待機を求められている間には、公共のメッセージでの議論を「フェードアウト」に移行しないようにする。一部の専門家は、距離を確保すること(distancing)はまだ求められるが、いつではなく、どのようにして、について公に話すことは、安全であり、住民に光を提供する可能性があることを示唆している。

●地域に密着した科学に基づくアプローチ。韓国、中国、フランス、ベルギー、フィンランドなどの多くの国では、感染の第二波を避けながら、一部のビジネスや学校の自宅待機命令(stay-at-home orders)を段階的に緩和することを検討するための専門委員会を設置している。スペインでは疫学者のチームが、3月中旬に経済活動と社会活動を再開する計画で作業を始めた。

●グループや地域ごとのルールを徐々に緩めながら、ある程度のフィジカル・ディスタンシングを継続する。専門家は、信頼できるワクチンが広く利用できるようになるまでは、完全に正常な状態に戻ることはできない可能性があると考えている。脆弱なグループはより長く隔離(isolate)される必要があるかもしれず、ある種のビジネスは他よりも優先して再開する必要があるかもしれず、パブリックな場所における感染を軽減するための対策は継続される必要があるかも知れない。例えば、学校に戻ってきた子どもが自分のクラスの子どもとだけ混ざり合うことを許可したり、レストランでの食事を分けたり、マスクを着用したり、在宅勤務を奨励し続けたりすることなどがあげられます。検査と接触者追跡(contract tracing)によって、より強力な規制をより長く維持する必要のある可能性がある新型コロナウイルス感染症のホットスポットを特定することができる。より厳格なロックダウンとより緩やかなロックダウンを交互に行うことも実行可能なオプションだということも示唆されている。


(翻訳ここまで)

C40世界大都市気候先導グループのページでは、この後、住民の安全と経済的な安定を確保しながら自宅での生活を維持するための現時点での対策として、次の3点があげられています。
●フィジカル・ディスタンシングのルールに従うと、毎月の生活費を賄えなくなる人々の経済的な生活をサポートし、自宅待機するようにアドバイスする。
●新型コロナウイルス感染症の影響を受けている中小企業をサポートする。
●地方自治体のサービスをオンラインまたは電話で提供することで、人々がこれらのサービスにアクセスするために隔離(isolation)している場所を離れる必要がないようにする。

フィジカル・ディスタンシングというと、居合わせた他者と6フィート(1.8メートル)の物理的な距離を確保することだと理解されることがありますが、世界の都市で行われている対策をみると、フィジカル・ディスタンシングはより広い意味での対策であることがが分かります。

また、食料品店や他の基幹的な店(essential shop)の営業時間の短縮と延長、パブリックスペースの閉鎖と開放というように感染拡大の防止のために正反対の対策があげられていることからは、どちらか一方の極端な対策ではなく、状況に応じた対策が求められていることが伺えます。

このように様々な対策がなされているフィジカル・ディスタンシングですが、C40世界大都市気候先導グループのページでは次のように指摘されています。

「新型コロナウイルス感染症に立ち向かうためにはフィジカル・ディスタンシングと感染者の隔離(isolation)(あるいは、感染の可能性のある人の隔離(quarantine))が不可欠ですが、これらは時間を稼ぐだけです。治療法を待たずにフィジカル・ディスタンシングを安全に終わらせ、ウイルスに打ち勝つためには、大量の選択的検査(mass targeted testing)も必要です。」
※C40 Cities Climate Leadership Group「Emerging best practice on physical distancing in cities」(April 2020)のページの翻訳。ただし、脚注は除外している。

フィジカル・ディスタンシングはあくまでも感染拡大を遅らせるための対策であり、大量の選択的検査(mass targeted testing)が必要とされていることは見落としてはなりません。