『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

入居が始まったシンガポールの最新のニュータウン:テンガ

シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。ここでご紹介するテンガ(Tengah)は、HDBが現在開発を進めている最新のニュータウンです。

テンガ

テンガはシンガポールの西部に開発されています。敷地は約700haで、最終的に42,000戸の住宅を建設することが計画されています。

地下鉄トア・パヨ駅(Toa Payoh)駅に直結するHDBの本部(HDBハブ/HDB Hub)のホールには、HDBの最新のプロジェクトを紹介するコーナーがあります。現在(2024年1月時点)、模型やパネルによって大きく取り上げられているのがテンガ。展示パネルによれば、テンガでは次の6つの考えが取り入れられているということです。

(HDBハブに設置されたテンガの模型)

6つの大きなアイディア
①容易に移動できる(Move Around with Ease)
テンガには、鉄道(MRT:Mass Rapid Transit )のジュロン・リージョン線(Jurong Region Line)が開通し、住宅地から徒歩圏内に鉄道駅が設置されることで利便性が向上する。さらに、バス専用レーンが計画され、よりスムーズで速い通勤が可能になる。

②どこにでも歩いて・自転車で移動できる(Walk and Cycle Everywhere)
道路の両側に歩行者と自転車の専用道路が整備され、街中どこにでも安全で、シームレスな接続なかたちでの環境に配慮した通勤(green commuting)が可能になる。

③緑豊かな街(A Lush Evergreen Town)
幅100メートル、長さ5キロメートルの森林の回廊(Forest Corridor)が設けられ、西部集水域と中央集水域自然保護区を結ぶ緑のネットワークの一部を形成する。また、セントラルパーク、コミュニティ・ファームウェイ(community farmways)、水路も設けられる。

④5つの地区(5 Crafted Districts)
プランテーション(Plantation)地区、パーク(Park)地区、ガーデン(Garden)地区、ブリックランド(Brickland)地区、フォレスト・ヒル(Forest Hill)地区という、それぞれがユニークな特徴をもつ5つの住宅地区がもうけられる。「At Home with Nature」(自然と共に暮らす)というビジョンに基づき、住宅地区の計画やデザインには、エリアの自然遺産の要素が強く反映される。

⑤緊密なコミュニティ(Close Knit Communities)
街(town)、地区(district)、管区(precinct)レベルで、容易にアクセスできる包括的な施設が提供されるため、住民は日常のニーズを満足するために街の外に出る必要がない。タウンセンター、スポーツハブ、統合コミュニティハブ(integrated community hub)、保健・医療施設などの主要施設は、セントラルパーク沿いの便利な位置に配置される。

⑥スマート・サスティナブル(Smart and Sustainable)
持続可能で安全な生活環境を実現するために情報通信技術(ICT)が活用される。テンガは、2014年に導入されたスマートHDBタウン・フレームワーク(Smart HDB Town Framework)に基づいて開発される。このフレームワークは、スマート・プランニング、スマート・エンバイロメント、スマート・エステート、スマート・リビング、スマート・コミュニティの5つの主要な側面をカバーしている。
※HDBハブの展示パネルより。

公共交通機関、ウォーキング、サイクリングの利便性を向上させること、緑やコミュニティの重視、そして、スマート・サスティナブルというように、6つのアイディアは幅広い分野をカバーするものであることがわかります。
日本は既に大規模なニュータウンを開発する時代ではありませんが、今の時代にニュータウンを開発するなら、このようなアイディアが採用されるのかと感じさせられました。

入居が始まったテンガの様子

2023年8月、プランテーション地区から、テンガの入居が始まっています*1)。2024年1月にテンガを歩く機会がありましたので、現在の様子をご紹介したいと思います。


ブキ・バトック(Bukit Batok)からテンガ方面の眺め。正面に、建設中のテンガの高層の住棟群が見える。

建設中のプランテーション地区の住棟。手前では鉄道(MRT)の高架の線路の工事が行われている。

ブキ・バトック・ロード(Bukit Batok Rd)から見た、建設中のプランテーション地区の住棟。

ブキ・バトック・ロード(Bukit Batok Rd)のバス停(Opp Blk 443d)。手前に新しいバス停が建設中。奥に現在のバス停が見える。

ブキ・バトック・ロード(Bukit Batok Rd)に立てられた案内板。既に入居が始まっているHDBのプランテーション・グランジ(Plantation Grange)、プランテーション・ヴィレッジ(Plantation Village)の名前が記載されている。

テンガのまちびらきに伴って開通した870番のバス路線のバス。

テンガ・ドライブ(Tenga Dr)の様子。左手がプランテーション地区、右手がパーク地区。

テンガ・ブールバード(Tengah Blvd)の様子。

パーク地区の住棟の建設現場の仮囲い。「fulfilling dreams / building homes / creating communities」(夢を実現する/家を建てる/コミュニティを作る)の大きな文字*2)。


写真の通り、2024年1月時点でもまだまだ工事が進められており、道路を走る車両には工事関係の車両が目立ちました。

テンガには鉄道(MRT)の新たな路線が開通される予定ですが、まだ数年先のこと。現時点での公共交通はバスに限定されています。

2023年9月、新たなバス路線として992番が開通しましたが、住棟の位置によってはバス停まで歩いて10〜15分かかるとのこと。より多くのバス路線が運行するブキ・バトック・ロード(Bukit Batok Rd)に行くためには、さらに10分ほど歩く必要があるようです*3)。
2023年11月には、新たなバス路線として870番が開通。今後、入居の進展にあわせて路線が延長されることが計画されています。プランテーション・プラザという近隣センター(Plantation Plaza neighbourhood centre)にスーパーマーケットが開店するのは2024年の第2四半期のため、現時点では、移動販売者が営業しています*4)。
また、建設現場から発生する埃に対応するため、週1〜2回の道路洗浄も行われているとのこと。『The Straits Times』という新聞社の記事には、「テンガは新進気鋭の街(up-and-coming town)なので、少なくとも最初の1年は工事の騒音や埃は覚悟しています」という住民の声が紹介されています5)。


入居が始まったばかりのテンガの街を歩いて、テンガの様子を記事を読んで、千里ニュータウンで伺った話が蘇ってきました。新千里東町の府営新千里東住宅にお住まいの方から伺った、入居当初の暮らしについての思い出です。当時、阪急は南千里駅(新千里駅)までしか開通していなかったため、新千里東町からバスで南千里に行っていたとのこと。ただし、バス停までは泥道だったため、南千里駅で長靴を預けて、革靴に履き替えていたとのこと。

Iさん:北千里がなかったから、南千里まで出てました。
Jさん:みないっしょやなぁ。
Iさん:道路も泥々で、雨の日なんか長靴はいて。
Fさん:東町三丁目から南千里までバスに乗って。それから、南千里から電車に乗ってました。
〇:バス停までは泥道だった。
Fさん:そうそう。長靴はいて。
〇:南千里の駅に長靴を預けて、皮靴に履き替えたっていう話を聞きました。
※ディスカバー千里のウェブサイト「府営新千里東住宅の日々の暮らし」のページより。

入居が始まった頃の千里ニュータウンを経験したことはありませんが、テンガを歩いて、千里ニュータウンも当初はこのような状況だったのだろうかと考えていました。


■注