日本でニュータウンというと、高度経済成長期に建設され、現在では高齢化や住宅や施設の老朽化などによる「オールドタウン」と呼ばれることがあります。人口減少しつつあるニュータウンに対して「限界ニュータウン」という表現が用いられることもあります。また、長時間の通勤・通学を避けるための郊外から都心回帰という動きも見られます。
このように日本でニュータウンというと、何となく昔のものというイメージがあるように思いますが、シンガポールでは現在でも、最新の知見や技術を取り入れてニュータウンの開発が進められています。
シンガポールでニュータウン開発の主体になるのはHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)という組織。国民の約8割がHDBが建設する集合住宅に住んでいると言われています。
地下鉄トア・パヨ駅(Toa Payoh)駅に直結してHDBの本部のHDBハブ(HDB Hub)があります。HDBハブの1階はアトリウムになっており、住宅購入などの契約、相談などのために多くの人々が訪れています。地下にはHDBの歴史や最新の取り組みなどを紹介するギャラリー。HDBハブのアトリウムの一画に最新のニュータウンがパネル、映像、模型で紹介するコーナーがあり、先日訪問した際には現在もなお開発中のプンゴル(Punggol)と、新たに開発げ決定されたテンガ(Tengah)の2つのニュータウンが紹介されていました。
特にスペースを割いて紹介されていたのがテンガ。
国家開発省は西部に敷地面積700ヘクタールのテンガ住宅団地を開発する。木立を生かした町づくりを目指しており、地上道路は歩行者、自転車用とし、自動車は地下を走らせる。
ニュータウン開発は北東部のポンゴル以来、20年ぶり。場所はジュロン湖の北側、チョアチューカンの南で、低木地。幅100メートル、長さ5キロの遊歩道、20ヘクタールの公園「セントラル・パーク」、地域共同体向け庭園や農場を整備し、緑あふれる団地にする。同時に電力・水道メーター、環境センサーなど先端技術もタウン全域に設置する。
※「西部に新HDB団地、敷地面積は700ヘクタール」・『AsiaX』2016年9月12日
(HDBハブに展示されたテンガの模型)
HDBハブの展示によると、テンガでは42,000戸の住戸が計画されており、コンセプトは森の街(The Forest Town)。周囲の生態系との十分な調和を計ったHDBの初めての街だとのこと。
加えて、タウンセンターはHDBの街で初めて車のない(車生活に依存しない)ものにし、歩行や自転車の安全を確保することが計画されるなど、移動も大きなテーマとされています。
大多数の住民は鉄道(MRT)駅から徒歩圏内で暮らせること、ほとんどのバス停が住宅のブロックから300m以内にあること、車道の両側に歩行者路・自転車路を設置することなどが計画されているとのこと。近隣センターは新世代の近隣センターとして、日常生活に必要なものを得ることができる場所(One-Stopの場所)として計画されています。
テンガは、それぞれ特徴のある5つの地区(District)に分けられます。プレンテーション地区(Plantation District)、ガーデン地区(Garden District)、パーク地区(Park District)、ブリックランド地区(Brickland District)、フォレスト・ヒル地区(Forest Hill District)の5地区で、農場(Plantation)、庭、公園、森の丘など自然にまつわる名前がつけられています。唯一、レンガ(Brick)は自然にまつわる名前ではありませんが、この名前はかつてこの地域でレンガが生産されていたことを思い起こさせるためのもので、ブリックランド地区の住宅は外観がレンガ仕上げにされるとのこと。
「農」に注目されているのも興味深い点です。HDBハブでの展示では農作業をする人々が描かれたパネルもありました。また、テンガを紹介するコーナーの脇には模型の野菜が入ったカゴが置かれていました。
(HDBハブの展示)
ニュータウンの自然というと見て楽しむもの、リラックスのためのものというイメージですが、テンガでは「農」にも注目されている。「農」とは人間の働きかけによって維持され、また、新たなものを生み出していく自然。健康にもよく、また、農作業を通して人々の関わりも生み出される。
一般的にニュータウンとは隅々まで計画されて生まれた街であり、その自然を管理する主体もいるため、住民が自分たちで自然に関わるというのは難しい。そうした中で「農」は住民と自然との新たな関わり方をもたらすもの。
例えば、千里ニュータウンでも新千里北町の北丘小学校内に「畑のある交流サロン@Kitamachi」が生まれたり、「千里竹の会」が公園の竹林を整備したり、さらに、「ひがしまち街角広場」が「千里竹の会」などと協働して竹林清掃としての筍掘りを行ったりと、「農」に注目した動きが生まれつつあるのも興味深い点です。
テンガは2018年からHDBの住宅が販売されるということで、実際の暮らしがスタートするのはまだしばらく先ですが、どのようなニュータウンが実現されるのかに注目したいと思います。
(更新:2024年2月6日)