『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

千里阪急ホテルの56年の歩みを振り返る展示

千里中央の千里阪急ホテルは、2026年3月末で閉館します。

千里阪急ホテルは、1970年の大阪万博にあわせて開業しました。設計者は、倉敷アイビースクエアや倉敷市庁舎を設計した日本を代表する建築家・浦辺鎮太郎氏。館内の装飾は「千里の自然」をモチーフにデザインされています。豊かな自然環境を守り、景色に溶け込むようなホテルとするために、広大な敷地に7つのガーデンが設けられ、その土地に生息していた種の木々が植樹されました*1)。

2024年8月に策定された「千里中央地区活性化基本計画〈改定版〉」で、千里阪急ホテルの跡地には隣接する東町公園と連携した交流機能、都心居住機能の導入を検討するという再開発計画が発表され、千里阪急ホテルは56年の歴史に幕を閉じることとなりました。

千里阪急ホテルでは、2026年1月13日から3月30日まで、「Finale(フィナーレ) 縁あれば千里~56年間ありがとう~」として、様々な企画が行われる予定です。
これに先立ち、2025年12月26日から、1階フロント前スペースに、56年間の歴史を紹介するメモリアルブースが設けられています。メモリアルブースでは、千里阪急ホテルの母体となった大阪エアポートホテル、開業当初の千里阪急ホテル、千里阪急ホテルの変化、結婚式、大阪万博の思い出など、56年間の歴史を伝える数々の貴重な写真の展示、千里阪急ホテルと千里ニュータウンの年表の掲示、利用者が思い出を書き、貼り付けることができるパネルの展示が行われています。

ディスカバー千里(千里ニュータウン研究・情報センター)は、年表作成のための資料、写真、情報の提供を行い、メモリアルブースの展示に協力させていただきました。
また、千里阪急ホテルの思い出を、千里ニュータウンの貴重な歴史として、継承したいという考えから、千里阪急ホテルの思い出を募集する活動も続けてきました。こちらのページから、千里阪急ホテルの思い出をお寄せください。お寄せいただいた思い出は、イベント会場やウェブサイトなどで共有させていただきます。


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