『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

カポレイ:ハワイ・オアフ島の計画都市

ハワイ・オアフ島の南西部にカポレイ(Kapolei)という計画都市があります。オアフ島では、南東部のホノルル(Honolulu)に人口が集中していますが、ホノルルの人口増加に対応するために、「セカンド・シティ」(Second City)として開発されたのがカポレイです。

(カポレイの街並み)

カポレイとして開発された土地の大部分は、実業家のジェームズ・キャンベル(James Campbell:1826~1900)の所有地で、開発前は主にサトウキビとパイナップル畑でした。
カポレイの南にはカラエロア空港(Kalaeloa Airport)、南西にはキャンベル工業団地(Campbell Industrial Park)、西にはディズニーリゾートなどがあるコオリナ(Ko Olina)のリゾートエリアがあります。カポレイの北を高速道路H-1が走っており、高速道路H-1の北側は丘陵地となっています。

2021年に刊行された冊子『Kapolei Magazine: Moving Forward』*1)には、カポレイについて次のように記されています。

「カポレイは、ハワイで最も急速に発展している地域です。わずか30年の間に、何十もの新たなコミュニティ、いくつもの商業施設、世界的に有名なリゾートやホテル、主要なエンターテイメント施設、政府中枢部、成長し続けるハワイ大学のキャンパスなどが生まれました。」
※『Kapolei Magazine: Moving Forward』2021年に記載内容の翻訳。

カポレイが成長してきたことは数字にも表れています。『Kapolei Magazine: Moving Forward』2021年には、カポレイ地域(Kapolei Region)*2)の人口、住戸数、仕事の数(の予測)として次のような数字が掲載されています。

※『Kapolei Magazine: Moving Forward』2021年の10~11ページに掲載されている情報より作成。

カポレイは今後も成長し続けることが予想されており、2020年に比べて2050年の人口は40%、住個数は52%、仕事の数は77%の増加になると予測されています。

カポレイの街並み

カポレイという地名のついた住宅地は、南北に走るFort Barrette Rdを境にして、西側がシティー・オブ・カポレイ(City of Kapolei)、東側がヴィレッジ・オブ・カポレイ(Village of Kapolei)と呼ばれています*3)。また、ヴィレッジ・オブ・カポレイの北側、Farington Hwyと高速道路H-1の間に挟まれた細長いエリアはカポレイ・ノールズ(Kapolei Knolls)と呼ばれています。

シティー・オブ・カポレイの街並み

シティー・オブ・カポレイは、幹線道路であるKapolei Pkwyを境にして南側と北側で街並みが異なります。

Kapolei Pkwyの北側は、道路が格子状に走っており、政府機関の庁舎、郵便局、図書館などの公共施設、オフィス、ホテル、中層の住宅などが建ち並んでいます。路線バスのターミナル(Kapolei Transit Center)もここに位置しています。

(オフィス街のモール)

(警察署)

(路線バスのターミナル周辺)

(中層の集合住宅)

(住棟間の車が通行しない空間)

幹線道路に面していくつか商業施設があります。写真は、Foodlandというスーパーマーケットを核店舗とするショッピングモールのカポレイ・ヴィレッジ・センター(Kapolei Village Center)。

(カポレイ・ヴィレッジ・センター)

ただし、全ての土地が開発されているわけでなく、空き地も見られました。カポレイは今後も成長し続けると書きましたが、これらの空き地がこれから順次開発されていくということです。

(空き地も残されている)

Kapolei Pkwyの南側も、道路は格子状に走っていますが低層住宅、小規模な店舗が建ち並んでいます。戸建住宅の建物を利用して営業するセラピーやスパもいくつか見つけました。

(低層住宅が建ち並ぶ)

シティー・オブ・カポレイは、道路が格子状に走っているエリアを囲むように、北側と西側にショッピングセンター、東側にカポレイ・リージョナル・パーク(Kapolei Regional Park)が位置しています。

(カポレイ・リージョナル・パーク)

2007年に刊行された『The City of Kapolei Urban Design Plan』には、シティ・オブ・カポレイ開発の主要テーマとして次の7つがあげられています。

□ハワイのガーデンシティ(Hawaiian Garden City)
:樹木や花、地被植物が植えられた大きな公園や大通りが特徴的な庭園のある都市。

□健康的な生活(Healthy Living)
:様々なレクリエーションの機能や施設を通して、健康的で、屋外の、そして、アクティブなライフスタイルを促進するガーデンシティ。

□徹底したコミュニティサービス(Complete Community Services)
:健康的な生活というテーマは、医療、健康、フィットネスのサービスや施設によってサポートされる。レクリエーション・文化・宗教施設、ハワイ州、ホノルル市郡の政府・オフィス、質の高い公立・私立学校などもある。

□歩行者に優しい(Pedestrian Friendly)
:ガーデンシティ内には、徒歩や自転車のための魅力的な小道のネットワークがあり、家庭、職場、コミュニティサービス間の便利なアクセスを可能にする。

□過去・現在・未来(Past/Present/Future)
:建物のスタイルや形態は、ハワイの古い商業地区の親密なヒューマンスケールを反映しながら、都市環境を形成する現在のニーズと将来のマーケットの力も考慮に入れたものである。

□持続可能性(Sustainability)
:資源の保護を重視する。省エネルギーと節水、そして、リサイクル可能な材料の回収を建物のデザインに取り入れる。

□技術(Technology)
:最新のテクノロジーと通信技術を導入して、最先端の商取引を行い、世界の商取引の中心地との結びつきを強める。カポレイは「スマートシティ」(smart city)になる。
※『The City of Kapolei Urban Design Plan』2007年*4)に記載内容の翻訳。

ヴィレッジ・オブ・カポレイの街並み

ヴィレッジ・オブ・カポレイは、9つのビレッジから構成されています*5)。
ヴィレッジ・オブ・カポレイは幹線道路を含めて道路が弧状に走っています。
幹線道路で囲まれたエリアは戸建住宅が建ち並んでいますが、幹線道路からは直接、戸建住宅のエリアにはアクセスできないようになっています。戸建住宅のエリアには多くのクルドサック(袋小路)がもうけられているのも特徴的です。

(弧状の道路とクルドサックからなる戸建住宅池)

(幹線道路、塀があるため戸建住宅のエリアには直接アクセスできない)

(戸建住宅地のエリアの弧状の道路)

先に書いた通り、戸建住宅のエリアには車の通り抜けを防ぐため多くのクルドサック(袋小路)がもうけられており、「NO OUTLET」(行き止まり)の標識が多数見られます*6)。

(クルドサックであることを示す「NO OUTLET」の標識)

ヴィレッジ・オブ・カポレイの中心には、カポレイ小学校(Kapolei Elementary School)、ヴィレッジ・オブ・カポレイ・レクリエーション・センター(Villages of Kapolei Recreation Center)、カポレイ・コミュニティ・パーク(Kapolei Community Park)などの公共施設が集まっています。この周りには、車両が通行しない空間がもうけられていました。

(カポレイ・コミュニティ・パーク)

(歩行者専用道路)

ヴィレッジ・オブ・カポレイ・レクリエーション・センターは、ヴィレッジ・オブ・カポレイの民間の管理組合(Homeowners Association:HOA)の拠点で*7)、屋外プール、テニスコートも併設されています。

(ヴィレッジ・オブ・カポレイ・レクリエーション・センター)

ヴィレッジ・オブ・カポレイ・レクリエーション・センターと小学校の北側には更地になっている土地があります。ここではHalau Wa’a Episcopalというグループが毎週日曜日、屋外での礼拝を行っているということです。

(Halau Wa’a Episcopalが毎週礼拝を行う場所)

カポレイの歴史

カポレイの現在の街並みをご紹介しましたが、次に、カポレイがどのような歩みを辿ってきたかをご紹介したいと思います*8)。

開発前

カポレイの開発前、この土地の大部分は実業家のジェームズ・キャンベルが保有するサトウキビとパイナップル畑でした。
ジェームズ・キャンベルの死後、遺言により遺産を管理するエステート・オブ・ジェームズ・キャンベル(Estate of James Campbell)が設立されました。

1955年、エステート・オブ・ジェームズ・キャンベルが所有するエバ平野(Ewa plain)の長期計画「エバ・マスタープラン」(Ewa Master Plan)において初めてカポレイが構想。マスタープランには、農業、商業、工業、住宅などバランスのとれた都市が描かれていました。

1977年、ホノルル市郡が、エバ地区をオアフ島の「第二の都市センター」(second urban center:SUC)に指定するオアフ総合計画(Oʻahu General Plan)を策定。これを受けて、1986年、「エバ・マスタープラン」(Ewa Master Plan)が「第二の都市センター」(SUC)を含むように改定されました*9)。

1980年代後半、カポレイでの住宅建設が始められました*10)。

1990年代

1991年にカポレイ初のオフィス街(office complex)である「キャンベル・スクエア」(Campbell Square)の起工式が行われました。

1993年にはカポレイ小学校(Kapolei Elementary School)が開校。カポレイ初のショッピングセンターであるカポレイ・ショッピングセンター(Kapolei Shopping Centers)が開店しました。

(カポレイ小学校)

1994年、エステート・オブ・ジェームズ・キャンベルが73エーカー(0.3km2)のカポレイ・リージョナル・パーク(Kapolei Regional Park)をホノルル市郡に寄贈。

(カポレイ・リージョナル・パーク)

1998年、カポレイに初めてハワイ州の庁舎が開かれました。

1999年には、カポレイ中学校(Kapolei Middle School)が開校。ハワイ初のウォーターパークである、ハワイアン・ウォーターズ・アドベンチャーパーク(Hawaiian Waters Adventure Park、現在のWet ‘n’ Wild Hawaii)が、高速道路H-1の北側(シティ・オブ・カポレイの北側)にオープンしました。

2000年代

2000年には警察署(Kapolei Regional Police Station)、ホノルル市郡の庁舎(City & County of Honolulu’s Kapolei Hale)、カポレイ・メディカルパーク(Kapolei Medical Park)がオープン。カポレイ高等学校(Kapolei High School)が開校しています。カポレイ初の大型小売店「Big Kmart」も開店しました。

(カポレイ高等学校)

2001年にカポレイ・パーク・プラザ(Kapolei Park Plaza)、シェル・コマーシャル・センター(Shell Commercial Center)、ハレクアイ・センター(Halekuai Center)と、いくつかの商業施設が開業。
2002年には、カポレイで2番目のショッピングセンターであるマーケットプレイス・アット・カポレイ(Marketplace at Kapolei)が開業しました。

2004年、カポレイ公立図書館(Kapolei Public Library)が開館*11)。カポレイ初の私立高等学校(private college preparatory school)のアイランド・パシフィック・アカデミー(Island Pacific Academy)が開校しました。

(カポレイ公立図書館)

2009年にはコストコ(Costco Wholesale)、ガソリンスタンドがオープン。また、Target、OfficeMax、Petco、Sports Authorityなど全国的に有名な小売店が入居するカポレイ・コモンズ(Kapolei Commons)もオープンしています。

なお、2007年にはエステート・オブ・ジェームズ・キャンベルが、ジェームズ・キャンベル社(James Campbell Company LLC)になっています。

2010年代

2011年には、カポレイ・サスティナブル・エナジーパーク(Kapolei Sustainable Energy Park)が操業開始し、コール・アカデミー(Cole Academy)の幼稚園・保育所が開かれました。ホノルル・レイル・トランジット(Honolulu Rail Transit)建設の起工式も行われています。ホノルル・レイル・トランジットは全長20マイル(約32km)で、カポレイとオアフ島南西部のアラモアナセンターを結ぶことが計画されています。

2012年、ウォルマート(Walmart)が開店。スーパーマーケットのFoodlandを核店舗とするカポレイ・ビレッジ・センター(Kapolei Village Center)も開店しました。FBIホノルル支局のカラエロア・フィールドオフィス(Kalaeloa field office)も完成しました。さらに、ヴィレッジ・オブ・カポレイからゴルフ場を越えた東側に、ハワイ大学ウェストオアフ校(The University of Hawaiʻi West Oʻahu)が開校しました。

(ハワイ大学ウェストオアフ校のキャンパス)


ハワイの計画都市であるカポレイについて見てきました。カポレイについて、特に千里ニュータウンとの違いとして次のことに気づかされます。

1つ目は、開発され続けていること。
千里ニュータウンは10年という短期間で開発が行われましたため(1961年に起工式、1970年に事業完了)、短期間のうちに同じ世代の人が多数入居するという状況が生じました。この結果として、国勢調査の人口は入居開始から10数年後の1975年をピークとして減少し始めました。
一方、カポレイは1990年頃の起工式から現在に至るまで一貫して人口が増加してきました。さらに、今後も2050年まで人口が増加し続けることが予測されていました。このことは、千里ニュータウンとの大きな違いです。

2つ目は、商業施設の立地。
千里ニュータウンでは、クラレンス・A・ペリーの近隣住区論に基づいて12の住区が開発されましたが、各住区の中心には商店などが入る近隣センターが配置されました。このことは、近隣センターの立地が幹線道路に面していないことを意味します*12)。ただし、このことはペリーは近隣住区の原則として、地域の店舗は「住区の周辺、できれば交通の接点か隣りの近隣住区の同じような場所の近くに配置すべきである」と指摘していることとは合致していません。
一方、カポレイでは商業施設が幹線道路沿い、あるいは、カポレイの周辺部に配置されています*13)。

3つ目は、自家用車での移動。
『The City of Kapolei Urban Design Plan』2007年には、シティ・オブ・カポレイ開発の主要テーマの1つとして歩行者に優しい(Pedestrian Friendly)ことがあげられていました。実際、歩道はもうけられており、危険な目に遭わずに歩くことができます。
ただし、カポレイを半日ほど歩いた限りでは、(平日の昼間だったことも影響しているかもしれませんが)歩いている人をほとんど見かけることはできませんでした。カポレイとホノルルを結ぶ路線バスにも少人数(10人弱)しか乗っていませんでした。自家用車での暮らしが主であることも、千里ニュータウンとの大きな違いです。

4つ目は、仕事場に関して。
千里ニュータウンは、大阪の副都心になることが考えられ、千里中央地区(新御堂筋の西側部分)が業務地区とされました。けれども、大多数の住民は大阪都心に通勤しています。つまり、千里ニュータウンはベッドタウンとなっています。
カポレイは「セカンド・シティ」(Second City)として開発されたことは、千里ニュータウンが大阪の副都心として開発されたことと共通していますが、カポレイでは、特にシティ・オブ・カポレイにはハワイ州、ホノルル市郡の庁舎が少しずつ移転しているのが千里ニュータウンとの大きな違いです。

ただし、2022年2月に上旬にハワイ・オアフ島にお住まいの方に聞いたところ、カポレイには仕事場を作ることが考えられ、ハワイ州、ホノルル市郡の庁舎が少しずつ移転しているものの現時点では十分な仕事場がないため、毎朝、カポレイ方面からホノルル方面に向かう高速道路H-1は通勤ラッシュが生じているということでした。この話を聞いて、仕事場を計画都市に移転すること、作ることは容易でないことを教えられました。
ただし、カポレイでは現在も開発が進められているため、仕事場ついてはもう少し時間が経過すると状況が異なっているかもしれません。


■注

  • 1)“Kapolei Magazine: Moving Forward”, James Campbell Company LLC, Pacific Business News, 2021。
  • 2)『Kapolei Magazine: Moving Forward』2021年にはCity of Kapolei、Villages of Kapolei、および、周辺のCambel Industrial Park、Ewa Village、Makakilo/Kunia、Ko Olina、Ewa Gentry、Ewa BeachをまとめたKapolei Regionとしての数値が掲載されている。
  • 3)“The City of Kapolei Urban Design Plan”, Kapolei Property Development LLC, Group 70 International INC, November 2007より。
  • 4)“The City of Kapolei Urban Design Plan”, Kapolei Property Development LLC, Group 70 International INC, November 2007より。
  • 5)Villages of Kapolei Associationの「FAQ’S AND A VOKA MAP」のページより。
  • 6)アメリカ・ニュージャージー州の郊外住宅地のラドバーンでは多数のクルドサック(袋小路)がもうけられているが、ラドバーンの住宅は片側がクルドサック、反対側が緑地に面するように配置されている。そして、緑地を通るフットパスが公園、学校などを結ばれることで、住民は車にあわずこれらの場所に移動することができる。つまり、ラドバーンではクルドサックとフットパスのネットワークの組み合わせによって、車の通り抜けを防ぐと同時に、歩車分離を実現している(ラドバーン方式)。これに対して、ヴィレッジ・オブ・カポレイでは、クルドサックがもうけられているが、住宅の片側がフットパスが通る緑地に面して配置されているわけではなく、ラドバーンで採用された歩車分離とは異なっている。
  • 7)Villages of Kapolei Associationのウェブサイトより。
  • 8)以下のカポレイの歴史について、明記しないものはジェームズ・キャンベル社カポレイ・プロパティ事業部によるウェブサイト「Kaporei」の「History of Kapolei」のページより。
  • 9)“The City of Kapolei Urban Design Plan”, Kapolei Property Development LLC, Group 70 International INC, November 2007より。
  • 10)Wikipedia「Kapolei, Hawaii」のページより。
  • 11)Hawaii State Public Library Systemの「Kapolei Public Library」のページより。
  • 12)ただし、後期に開発された竹見台と桃山台では、2つの住区の近隣センターが一体として幹線道路を跨ぐように配置されている。また、新千里東町の近隣センターは、幹線道路沿いへの移転が行われた。
  • 13)ただし、カポレイがクラレンス・A・ペリーの近隣住区論を適用したかどうかは不明であり、例えば、『The City of Kapolei Urban Design Plan』2007年にはクラレンス・A・ペリーの名前は登場しない。

(更新:2022年4月17日)