『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

法的責任(Liability)を常に考えてしまうこと:アメリカ在住の方との会話より

アメリカのワシントンDCを拠点とする非営利組織・Ibashoは、高齢者がお世話されるだけの存在とみなされるのでなく、何歳になっても知恵や経験をいかして自分にできる役割を担いながら地域で暮らし続けることの実現と、そのために「歳をとること」の概念を変えていくことを目的として、8つの理念を掲げて活動しており、これまで日本(居場所ハウス)、フィリピンネパールでプロジェクトを立ち上げてきました。そして現在、シンガポール、アメリカのハワイでIbashoのプロジェクトを立ち上げたいという話が出されているようです。
これらの国々は、ハワイを除けば、いずれもアジア。ただし、ハワイは、アメリカの1州であるものの、最も多いのがアジア系の人々(ハワイの人口の36.5%がアジア系)とアジアの特徴を強く持った地域です*1)。

Ibashoは、以上のようなアジアの国々でプロジェクトを立ち上げてきた一方、拠点を置くアメリカ(本土)においては、プロジェクトをやりたいという声が上がったものの、現時点では実現にいたっていません。

なぜ、アメリカではIbashoのプロジェクトが(現時点では)立ち上げられていないのか。この理由は1つではないと思いますが、少し前、日本出身でアメリカに20年以上お住まいの方とIbashoについて話をする機会があり、アメリカと日本では地域の活動についての考え方が随分違うと感じたことがあります。

それが、Liabilityということ。
Liabilityは法的責任、賠償責任と訳される英単語。日本語で責任と訳される英単語としてResponsibilityがありますが、Responsibilityは広義の責任、自発的な責任を意味するのに対して、Liabilityは法的な責任を意味するという違いがあります。

この方から次のような話を伺いました。アメリカは訴訟社会であるため、個人でも、組織でも、何かを行う時には常に法的責任(Liability)を考えざるを得ないということでした。先回りしてリスクを排除する必要があるため、地域のために何らかの活動を始めるというのは気軽にはできない。人々は、訴訟を起こされないよう守りに入っている感じで、同じ地域に住んでいる人と自然に関係を築くことは難しく、かなり意識しないと関係を深めることはできない。また、(訴訟社会であること因果関係があるかどうかはわからないが)アメリカでは、自分で地域のために何かをしようとするのではなく、お金を払ってやってもらおうと考える、お金を払っているからやってもらって当然だと考える傾向があるのではないか*2)。

このような話を伺い、改めて日本のことを振り返ってみると、「居場所ハウス」の運営に関わっていて、責任(Responsibility)を考えても、法的責任(Liability)を常に考えることはなく、誰かから訴訟を起こされるのではないかと考えたことがないというのが正直なところです。
例えば、車を運転できない人を自家用車で送迎したとき、事故を起こして怪我をする、「居場所ハウス」の室内に置いてある物が破損して怪我をする。この場合、怪我をした人から訴訟を起こされるかもしれないとは想定しません。

アメリカと日本では仕組みが違うため、どちらが良いという議論は意味がありませんが、法的責任(Liability)を常に考え、先回りしてリスクを排除していく必要がある国では、来訪者に対して「○○さん、これ手伝って」と気軽に声をかけることを躊躇してしまい、それゆえ、それぞれの人々ができることを持ち寄って場所を成立させるということも難しい。
こう考えれば、「居場所ハウス」、さらには、居場所にみられる緩やかな主客の関係とは、常に法的責任(Liability)を考えなくてもよいことを背景として成立しているのだと気づかされました。

ただし、現在では日本でも、例えば危険性があるという理由で公園から様々な遊具が撤去されたり、河川や池に柵が設けられたりすることは当たり前のように見られます。これは、日本でも訴訟が起こされる可能性を考えざるを得なくなったことの現れ。
それでは訴訟が起こされる可能性を考えざるを得ない場合と、考えなくてよい場合を線引きするものは何か。素朴な考えかもしれませんが、居場所から感じることは、信頼があるかどうかではないかと思います。しかし忘れてはならないのは信頼とは、信頼できる人/できない人を線引きし、その範囲の内側において成立するものであること、さらに、その範囲の内側において空気、世間、忖度などによって同調圧力をかけてしまう側面があることです。


話が逸れてしまいました。
アメリカは訴訟社会である。それでは、アメリカではIbashoのプロジェクトはどのようなかたちで成立するのか。話を伺った方は、アメリカにはシニアセンター、食事サービス、輸送サービスなど様々な組織やサービスが既にある。これらの組織やサービスは、当然、法的責任(Liability)を考慮して活動しているため、これまでの国々で行ったようにIbashoのプロジェクトとして新たな組織を立ち上げるのではなく、既存の組織やサービスにIbashoの理念を反映させることが1つの方向としてあるのではないかと話されていました。


■注

  • 1)サチエ・ヴァメーレン「人種や民族の多様性でハワイ州が1位、アジア系が4割弱」・『ビジネス短信』(JETRO, 2021年08月16日)より。
    やや情報が古いが、2010年国勢調査では、ハワイ州の人口は1,360,301人。このうちアジア系は、フィリピン系が342,095人(約25%)、日系が312,292人(約23%)、中国系が199,751人(約15%)(※「単一人種または複数人種の血を引く」人数)である。
  • 2)この方は、アメリカには良いところもたくさんあるけれど、守りに入って暮らさなければならないことは、長年住んでいてシンドイと感じることの1つだと話す。