『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

Ibashoの理念とADBセミナーでの議論@フィリピン・マニラ

ワシントンDCの非営利法人・Ibashoは、現在社会において弱者、サービスを受ける存在だと見なされる高齢者が、何歳になっても自分の得意なこと、自分にできることを通して役割を担い、地域に住み続けることができること、つまり、高齢者という概念を変えることを目指しています。Ibashoが掲げる理念は次の8つ。

Ibashoの8理念

高齢者が知恵と経験を活かすこと (Elder Wisdom)

今の社会では、高齢者は周りに迷惑をかける人、面倒をみてもらう人だと思われがち。けれども、豊かな知恵や経験をもつ高齢者は、地域にとってかけがえのない財産。高齢者が頼りにされ、自信を持てるようにしよう。

Older people are a valuable asset to the community (Elder Wisdom):
In modern society, the elderly are often considered to be a burden and as people who need care and looked after. However, the elders’ wealth of wisdom is something to be valued and treasured. Ibasho believes in a society where the elderly can contribute with confidence and are leaned on and valued.

あくまでも「ふつう」を実現すること(Normalcy)

誰かが管理し過ぎたり、がんじがらめの規則があったり、時間ごとにスケジュールが決められていたりする施設ばかりじゃ、暮らしは窮屈になる。誰にも強制されず、いつでも気軽に立ち寄れて、何となく好きなことができる、そんな「ふつう」の場所にしよう。

Creating informal gathering places (Normalcy):
Living in institutions: lives with strict rules and schedules are confining and limiting. Ibasho believes in places of normalcy where elders can pop in at any time at their leisure.

地域の人たちがオーナーになること(Community Ownership)

誰かが作ってくれると受身になるのでなく、地域の人たちが良いことも、悪いことも引き受ける「当事者」になって場所を作っていきたい。みなで知恵や力を出し合い、助け合って、地域の自慢の場所にしよう。

Community members drive development and implementation (Community Ownership):
Ibasho believes in each member of the community sharing a sense of ownership and pride of place. Each place, whether a café or home, it is not something that is created for them but it is created with them.

地域の文化や伝統の魅力を発見すること(Culturally Appropriate)

地域には独自の文化や伝統がある。日々の生活ではあまり意識しなくても、じっくりと見つめればたくさんの魅力に気づくはず。他を真似せずに、地域ならではの魅力を発見していこう。

Local culture and traditions are respected (Culturally Appropriate):
Each community has its own history and culture. Perhaps it is not something you can easily put your finger on. Ibasho is where one can discover and reflect on the treasures of the community.

様々な経歴・能力をもつ人たちが力を発揮できること(De-marginalization)

若い人、高齢の人、障がいのある人・ない人、子育て・介護中の人、社会に馴染めないと悩む人など、地域には様々な人が暮らしている。「できないこと」ばかりの弱者と思い込んで孤立しなくていいように、それぞれが「できること」を持ち寄って、互いに支え合おう。

All residents participate in normal community life (De-marginalization):
A cross section of a community includes the young, elderly, disabled, family rearing, care taking and even the socially disconnected. Ibasho is a place to not to worry about what one “can not” do but rather what one “can” do.

あらゆる世代がつながりながら学び合うこと(Multi-generational)

同じ世代の人と付き合うのは話も合うし、居心地がいいけれど、同じ世代で固まってるだけじゃもったいない。子どもや若者は人生の先輩である高齢者から、高齢者は新しいことに敏感ですぐ吸収してしまう子どもや若者からというように、世代を越えて学び合える場所にしよう。

All generations are involved in the community (Multi-generational):
Connecting within one’s own generation is easy and comfortable but why stop there? Ibasho believes in a place where the young learn from the richly lived lives of the elderly and the elderly learn from the young’s ability to pick up new things quickly.

ずっと続いていくこと(Resilience)

場所を続けていくには「環境」「経済」「人」の3つのつながりを考えよう。それは、暮らしに恵みを与えてくれる自然環境を破壊しないこと、必要なお金を自分たちでまかなうこと、人と人との関係を大切にすること。3つのつながりを大切にしながら、ずっと場所を続けていくこと。そこから、ささやかでもいい、地域や国境を越えたつながりを築いていこう。

Communities are environmentally, economically, and socially sustainable (Resilience):
Ibasho is a place where we strive for the environment, economy and people to be in harmony. Ibasho will protect the nature that brings bounty to life, be economically self sufficient, and cherish the connections between each individual. How special it will be if those connections forge beyond the boundary of the community or even beyond its own country.

完全を求めないこと(Embracing Imperfection)

初めから完全であることを求めずに、その時々の状況に対応しながら、じっくりと、ゆっくりとやっていけばいい。その道のりは地域によって違うはず。だから、今は不完全であることを焦らずに、変われるという可能性を信じたい。時間とともに、人とともに、柔らかに歩んでいこう。

Growth of the community is organic and embraces imperfection gracefully (Embracing Imperfection):
Ibasho does not strive for immediate perfection. It is adaptive and flexible in working with life, as life is forever changing. Each community has its own path to balance and perfection. Ibasho believes in the possibility of change. With time, with people, Ibasho will gently embrace imperfection.


東日本大震災後、Ibashoの呼びかけにより、大船渡市末崎町に「居場所ハウス」が開かれました。そして現在、世界銀行・防災グローバルファシリティ(GFDRR)のプログラムのサポートを受けながら、フィリピン・オルモック市のバゴング・ブハイ(Barangay Bagong Buhay)でIbashoフィリピン、ネパールのマタティルタ(Matatirtha)でIbashoネパールのプロジェクトが進められています。

2018年6月20(水)~6月24日(日)にかけて、フィリピンにて、「居場所ハウス」、バゴング・ブハイ、マタティルタの3カ国のプロジェクトのメンバーが集まり、これまでの経験を共有し、今後の活動に向けた学び合いをするための機会がもたれました。
前半、6月20日(水)~21日(木)はマニラのADB(アジア開発銀行)でのセミナー。ADB、世界銀行の主催で開かれたセミナーです。後半、6月23日(土)~24日(日)はIbashoプロジェクトが活動するオルモック市のバゴング・ブハイを訪問しました。

ADBでのセミナー

ADBでのセミナーでは、Ibashoプロジェクトのコンセプトの紹介、各国のIbashoプロジェクトの紹介、Ibashoプロジェクトが復興においてもつ意義、Ibashoプロジェクトに対する調査結果の報告などのセッションが開かれました。

セッションの1つとして、6月21日(木)に「Ibashoプロジェクトのローカル・コーディネーターから学ぶ」が開催。「居場所ハウス」のコーディネーターとして、バゴング・ブハイのプロジェクトのIさん、マタティルタのプロジェクトのSさんと共に参加させていただきました。
このパネルディスカッションは、モデレーターからの質問に順番に答えるかたちで進行。このパネルディスカッションでは、次のような話をさせていただきました(*一部、加筆・修正した部分があります)。

Q:Ibashoプロジェクトは復興にどう貢献しているか?

A:台風、地震と津波が大きく異なるのは、津波は浸水域に住めなくなること。そのため、被災地では高台移転が行われる。「居場所ハウス」の周囲でも高台移転が行われている。
高台移転が進む中で、「居場所ハウス」は高台移転した人々が、震災前に同じ地域に住んでいた人と再会する場所になったり、高台移転先の人と出会ったりする場所になっている。

Q:災害がなければ、Ibashoプロジェクトはできなかったか?

A:Ibashoが目指しているのは、高齢者についての概念を変えること、高齢者が活躍できる社会を実現することであり、こうした状態は震災がなくても実現できたかもしれない。
ただし、「居場所ハウス」に限って言えば、建物の建設費は被災地支援の基金から助成を受けたものであるため、震災がなければ同じことはできなかったと思う。

Q:今回のフィリピン訪問のように、地域外からの働きかけによって、プロジェクトに携わるメンバーが、他の国や地域のプロジェクトのメンバーと出会う機会は、どのような意味があると思うか?

A:Ibashoが目指すのは高齢者についての概念を変えることであるが、昨日からのセミナーでの話を聞いていると、ある種の変化が、Ibashoに積極的に関わるための大きなきっかけになっていることに気づく。例えば、次のような話を聞いた。

  • 家の隣にたまたま「居場所ハウス」ができた(大船渡の男性)
  • 日本に訪問してから積極的に参加するようになった(マタティルタの女性)
  • 自分の技術が周りの人に認識されたことで、積極的に参加するようになった(マタティルタの男性)

これらは、いずれも外部からの働きかけがきっかけとなり、自身をめぐる状況が変化したことが述べられている。今回のフィリピン訪問のような機会は、こうした変化をもたらすという意味があると考えている。
先ほどの質問にも関わってくるが、災害は不幸な出来事だが、自身をめぐる状況を変化させるものだということになるのだと思う。

Q:政策レベルにおいて、Ibashoプロジェクトはどのように評価され、サポートされるのか?

A:政策が作られる際には、プロジェクトの効果が評価され、それがエビデンスとなっていく。けれども、その過程で評価されているのは本当に現場で大切にされていることなのかという疑問がある。
例えば、地域の人が「居場所ハウス」に行くのは、そこに行けば健康になるとか、寿命が伸びるからではない。そこに行けば社会保障費が抑制されるからでもない。地域の人は「居場所ハウス」にはこうした効果があるというエビデンスを持っているから、訪れるのではないと思う。地域の人が「居場所ハウス」に行くのは、そこに行けば知り合いがいるから、食事ができるから、関心のある活動が行われているから、特に用はないが立ち寄ったなど様々な理由が考えられている。政策立案において評価しようとされていること、あるいはその効果の測定方法が妥当なものであるかどうかは考え直す必要がある。

Q:Ibashoは日本、フィリピン、ネパールはそれぞれの地域に合わせた活動をしているが、今後、他の国・地域に広げるためにどのようなモデルを作るべきなのか?

A:まず、Ibashoが広がるとはどういう状態なのかを考え直す必要がある。Ibashoとはフランチャイズ形式では広がらないだろうと思う。また、Ibashoは施設を作ることでもない。
Ibashoが広がるとは、理念として掲げられている高齢者にまつわる概念が変わっていくことではないかと思う。そしてそれは、高齢者という言葉自体の見直しとセットでもたらされるのではないか。
例えば、「居場所ハウス」で○○さんと出会った時、高齢者がいると認識するのではない。○○さんはあくまでも○○さんという顔の見える存在。「居場所ハウス」という現場において、高齢者という概念は必要ではない。これを逆に考えれば、高齢者という概念を必要とするのは誰なのか、どういう状況なのか、高齢者という概念がないと困るのは誰なのか、どういう状況なのかを問い直すことも重要ではないかと考えている。