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シンガポールのHDB(住宅開発庁)が開発する住宅の新たな分類:スタンダード/プラス/プライム

シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する公宅に住んでおり、そのうちの約9割が持ち家だと言われています*1)。1960年2月の設立以降、HDBはシンガポール全域に27の街・団地*2)を開発してきました。HDBが開発する街・団地を訪れると、写真のように住棟が建ち並ぶ光景を目にすることができ圧倒されます。

(クイーンズタウン)

(ビダダリ(トア・パヨ))

(タンパニーズ)

(プンゴル)

HDBは、1992年から27の街・団地を「成熟した団地」(Mature estates)と「成熟していない団地」(Non-mature estates)に分類してきましたが*3)、2024年後半からこの分類に代わり、スタンダード(Standard)/プラス(Plus)/プライム(Prime)という分類を導入することが決まっています。

成熟した団地/成熟していない団地

1992年、HDBは街・団地を「成熟した団地」(Mature estates)と「成熟していない団地」(Non-mature estates)に分類しました。27の街・団地のうち、15が「成熟した団地」、12が「成熟していない団地」とされています*4)。

日本でニュータウンや団地の成熟が議論される時には、入居からどのぐらいの年月が経過したかに注目される場合がありますが、シンガポールのHDBの街・団地は、公営住宅(HDBの住宅)開発のために利用できる土地の多寡によって「成熟した団地」と「成熟していない団地」が分類されています。

  • 成熟した団地は、公営住宅を開発できる土地が限られているにも関わらず、需要が高い団地である。成熟した団地の受注生産の住戸(BTO flats。BTOはBuild-To-Orderの意味)は人気があり、立地と需要の高さを反映して高額で販売される傾向がある。
  • 成熟していない団地は、公営住宅を開発できる土地が多い団地である。成熟していない団地は通常、中心部に立地しておらず、アメニティ施設(amenities)も少ないため、手頃な価格(affordable priced)で販売されている。

※HDB「New Plus Housing Model with More Subsidies for More Affordable BTO Flats in Attractive Locations」August 23, 2023のページの別紙A「Background of mature/non-mature town/estate classification」より。



※「Kallang/Whampoa」は、KallangとWhampoaを別の位置に記入している。
※最初のHDBプロジェクトの完成年について、○は1960年代、□は1970年代、◇は1980年代、☆は1990年代以降を表す。
※赤は成熟した団地(Mature estates)、緑は成熟していない団地(Non-mature estates)を表す。


HDBが開発した街・団地は、利用できる土地の多寡に基づいて「成熟した団地」と「成熟していない団地」が分類されていますが、利用できる土地が多い団地とは、現在開発中の団地やこれから開発される団地を意味するため、結果的に早い時期に開発された街・団地は「成熟した団地」、遅い時期に開発された街・団地は「成熟していない団地」に分類されている傾向があります。立地については、シンガポールの中央から東部にかけて(おおよそMRTの東西線にそって)「成熟した団地」が、中央から離れた北部、北東部、西部に「成熟していない団地」が立地する傾向があります。

HDBが、「成熟した団地」と「成熟していない団地」の分類を用いるようになったのは、HDBの住戸購入を申請する人や、抽選に何度も落ちた人に優先権を与えるために、予約システムを変更したことがきっかけ。当時、HDBの住戸を既に所有している人がアップグレードとして2軒目の住を申請する人も増えていたという状況もあったとのこと。1991年12月に、初めて申請する人は、開発中のニュータウン、つまり、「成熟していない団地」を購入できる確率が高くするように予約システムが変更されたと言われています*5)。

しかし、開発から年月が経過し、「成熟していない団地」にも、「成熟した団地」と匹敵するような施設が整備されたり、MRT(鉄道)の路線が増加したりしたことで、「成熟した団地」と「成熟していない団地」の違いは曖昧になってきたということです*6)。

(成熟した団地:ビダダリ(トア・パヨ))

(成熟した団地:クレメンティ)

(成熟した団地:タンパニーズ)

(成熟していない団地:イーシュン)

(成熟していない団地:ブキ・パンジャン)

(成熟していない団地:プンゴル)

写真は一例に過ぎませんが、必ずしも「成熟していない団地」の住棟が、「成熟した団地」の住棟よりも新しいとは言えないことがおわかりいただけると思います。

新たな分類:スタンダード/プライム/プラス

新たな分類における地域

2023年8月20日のナショナル・デー・ラリーにおいて、リー・シェンロン首相は、2024年後半から、これまでの「成熟した団地」と「成熟していない団地」の分類を廃止して、受注生産(Build-To-Order :BTO)のプロジェクトを立地に基づいてスタンダード(Standard)/プラス(Plus)/プライム(Prime)に分類することを発表しました*7)。「成熟した団地」と「成熟していない団地」の違いが曖昧になり、「成熟していない団地」のプロジェクトの方が人気のある場合があること、国内にHDBが開発できる未開発の土地がほとんど残っておらず、HDBは今後、既存の団地内や近く、あるいは、中心部でのプロジェクトを増やすことといった状況を受けたものです。

新たな分類においては、シンガポール全域が中心部(Central)、西部(West)、北部(North)、北東部(North-East)、東部(East)の地域(region)に分割*8)。その上で、中心部はほとんどの住宅がプラス、一部がプライムに分類されるのに対して、他のエリアはほとんどの住宅がスタンダード、一部がプラスに分類されることになります。
HDBが開発してきた27の街・団地は次の地域に含まれることになります。

  • 中心部(Central):
    クイーンズタウン(1960年)、ゲイラン(1961年)、ブキ・メラ(1962年)、カラン/ワンポア(1962年)、セントラル・エリア(1963年)、トア・パヨ(1966年)、マリン・パレード(1974年)、ビシャン(1984年)、ブキ・ティマ(1987年)
  • 西部(West):
    クレメンティ(1977年)、ジュロン・イースト(1980年)、ジュロン・ウエスト(1981年)、ブキ・バトック(1982年)、ブキ・パンジャン(1986年)、チョア・チュー・カン(1987年)、テンガ(2023年)
  • 北部(North):
    イーシュン(1981年)、ウッドランズ(1984年)、センバワン(1997年)
  • 北東部(North-East):
    アン・モ・キオ(1975年)、センカン(1977年)、ホウガン(1981年)、セラングーン(1983年)、プンゴル(2000年)
  • 東部(East):
    ベドック(1975年)、タンパニーズ(1981年)、パシール・リス(1987年)

※Chew Hui Min「HDB to introduce new Plus flats in rehaul of public housing classification」・『CNA』August 20, 2023より。
※( )内は最初のHDBのプロジェクトの完成年を表す。

名称最初のHDBプロジェクト完成年面積(Ha)居住エリア面積(Ha)HDB管理住戸数(戸)計画住戸数(戸)HDB住宅の居住者数(人)従来の分類位置
Queenstownクイーンズタウン1960858227 33,979 65,000 78,500 成熟中心部
Gaylangゲイラン1961678214 32,934 50,000 82,360 成熟中心部
Bukit Merahブキ・メラ1962858312 54,156 68,000 130,920 成熟中心部
Kallang / Whampoaカラン/ワンポア1962813230 40,169 67,000 98,050 成熟中心部
Central Areaセントラル・エリア1963 26,150 成熟中心部
Toa Payohトア・パヨ1966556248 44,869 102,000 108,450 成熟中心部
Marine Maradeマリン・パレード1974 44,000 18,660 成熟中心部
Ang Mo Kioアン・モ・キオ1975825303 51,130 66,000 129,620 成熟北東部
Bedokベドック1975937418 64,415 79,000 174,040 成熟東部
Clementiクレメンティ1977412203 29,012 39,000 68,310 成熟西部
Sengkangセンカン19771055397 72,117 30,000 217,630 非成熟北東部
Jurong Eastジュロン・イースト1980384165 24,122 33,000 68,990 非成熟西部
Hougangホウガン19811309367 57,557 72,000 168,850 非成熟北東部
Jurong Westジュロン・ウエスト1981987480 75,206 94,000 236,310 非成熟西部
Tampinesタンパニーズ19811200549 79,229 42,000 236,180 成熟*東部
Yishunイーシュン1981779398 69,601 25,000 200,070 非成熟北部
Bukit Batokブキ・バトック1982785291 46,982 56,000 133,060 非成熟西部
Serangoonセラングーン1983737163 21,632 110,000 61,330 成熟*北東部
Bishanビシャン1984690172 20,072 34,000 57,450 成熟中心部
Woodlandsウッドランズ19841262486 71,947 84,000 235,130 非成熟北部
Bukit Panjangブキ・パンジャン1986489219 37,098 44,000 115,720 非成熟西部
Bukit Timahブキ・ティマ1987 7,240 成熟中心部
Choa Chu Kangチョア・チュー・カン1987583307 50,171 62,000 163,280 非成熟西部
Pasir Risパシール・リス1987601318 29,654 96,000 100,250 成熟*東部
Sembawangセンバワン1997708331 30,330 96,000 92,660 非成熟北部
Punggolプンゴル2000957374 58,423 63,000 168,190 非成熟北東部
Tengahテンガ2023740165 61,000 非成熟西部
※完成年はHDBハブのギャラリー「LIVINGSPACE Behind the Block: Singapore’s Public Housing Story」の「OUR VIBRANT TOWNS & ESTATES」の展示(2019年5月見学)より。
※面積、住戸数、居住者は『Key Statistics: Annual Report 2022/2023』HDBより。
※トア・パヨにはビダダリ(Bidadari)を含む。
※HDB管理住戸数、HDB住宅の居住者数は、2023年3月31日時点のデータである。
※HDB住宅の居住者数は、国民と永住権者の合計である。ただし、12ヶ月以上国外に滞在している国民と永住権者を除く。
※居住エリア面積、計画住戸数には、HDB以外の民間が開発した住宅も含まれる。
セントラル・エリア、マリン・パレード、ブキ・ティマの居住エリア、HDB管理住戸数、計画住戸数はまとめて記載されており、順番に126ha、22,412戸、25,000戸である。
※従来の分類の「成熟」は「成熟した団地」、「非成熟」は「成熟していない団地」を表す。なお、「成熟*」は「成熟していない団地」から「成熟した団地」に変更されたことを表す。
※位置は、2024年後半から導入される新たな分類における位置を表す。


※「Kallang/Whampoa」は、KallangとWhampoaを別の位置に記入している。
※最初のHDBプロジェクトの完成年について、○は1960年代、□は1970年代、◇は1980年代、☆は1990年代以降を表す。
※赤は中心部(Central)、紫は西部(West)、紺は北部(North)、青は東北部(Nort-East)、緑は東部(East)を表す。

プライム・ロケーション・ハウジング

2021年11月、プライム・ロケーション・ハウジング(Prime Location Housing:PLM)モデルが導入されました*9)。この背景には、HDBの住宅をめぐる次のような状況があります。

シンガポールの公営住宅プログラムの中核には、手頃な価格(affordability)、アクセシビリティ、包括性(inclusivity)という価値がある。一等地の公営住宅(public housing in prime locations)も、同じ価値観を有する必要がある。けれども、市場原理に任せるだけでは、魅力的な立地や特性のある一等地の住戸を購入できるのは、富裕層だけになってしまう可能性が高い。従って、都心の一等地にある公営住宅が、社会の多様性を反映したものであり続けるためには、新たなモデルを開発する必要がある。
※HDB「The Prime Location Public Housing (PLH) Model」October 27, 2021の翻訳。

このような背景から導入されたのがプライム・ロケーション・ハウジング(PLH)モデル。一等地(プライム・ロケーション)のHDBの住戸を、富裕層だけが購入できるという状況を解消するために、10年間の最低居住期間(minimum occupation period:MOP)を設定すること、10年間の最低居住期間(MOP)終了後は売却したり、個人資産に投資したり、空室など住戸の一部を賃貸にしたりすることはできるが、住戸全体を賃貸にするのを禁止すること*10)、再販マーケットで購入する人に対する所得制限(1.4万シンガポールドル(約155万))の設定などの条件が定められました。また、一等地(プライム・ロケーション)の住戸を手頃な価格に抑えるために、購入時には、通常の補助金に追加して、より多額の補助金が支給されます。そのため、住戸を売却する際には、支給された追加分の補助金に該当する金額(売却価格の約6%)*11)を返還するという条件も定められています。
プライム・ロケーション・ハウジング(PLH)モデルにおいて、プライムとみなされるのは、セントラル・エリア、クイーンズタウン、カラン/ワンポア、ブキ・ティマの4つの街で、これまでに12のがプライム・ロケーション・ハウジング(PLH)モデルに基づくBTO(受注生産)のプロジェクトが行われました*12)。

スタンダード/プライム/プラス

2024年後半から導入されるスタンダード(Standard)/プラス(Plus)/プライム(Prime)の分類は次のようになっており、プライム・ロケーション・ハウジング(PLH)・モデルよりやや条件が緩やかなプラスを導入するというものとなっています。

スタンダード(Standard)プラス(Plus)プライム(Prime)
立地全国地域内の選ばれた場所選りすぐりの場所で、ほとんどが中心部
立地の例——交通の結節点の近く、タウン・センターなどシティ・センター、周辺の街、グレーター・サザン・ウォーターフロントなど
最低居住期間(MOP)5年10年10年
購入時に支給される補助金標準より多い最も多い
補助金返還——一部返還(プライムより金額は低い)一部返還(売却価格か評価額のいずれか高い方の約6%)
個人資産への投資MOP終了後に可能MOP終了後に可能MOP終了後に可能
空室の賃貸MOP終了後に可能MOP終了後に可能MOP終了後に可能
住戸全体の賃貸MOP終了後に可能不可能不可能
備考——2024年後半から新たに導入2021年11月にPrime Location Housing(PLM)モデルとして導入
※Hui Juan Neo「HDB Plus Flats: New Housing Classification And How It Affects You」・『Seedly』August 24, 2023、Chew Hui Min「HDB to introduce new Plus flats in rehaul of public housing classification」・『CNA』August 20, 2023を元に作成。

プラスが新たに導入されることで、シンガポール中心部以外でも、駅前やタウン・センターなど立地の良いHDBの住戸に最低居住期間や、売却時の補助金の一部返還、賃貸などの条件が設定されることになります。さらに、再販マーケットで購入する人に対する所得制限*13)も設定されます。公営住宅であるHDBの住戸を、手頃な価格に保ち、投資用でなく居住用にするための施策です。

なお、この日のナショナル・デー・ラリーでは、新たな分類のほかに、単身者がHDBの住戸を購入する選択肢を拡大することが発表されました*14)。
現在、初めてHDBの住戸購入を申請する35歳以上の単身者が、HDBの住戸を購入する方法は、「成熟していない団地」における新築の2部屋のフレシキ住戸(2-room Flexi flat)*15)を申し込むか、全ての団地の住戸を再販マーケットで購入するしかありませんでした。2024年後半からは、単身者の選択肢が次のように拡大されます。

  • スタンダード、プラス、プライム全ての受注生産(BTO)の住宅において、の2部屋のフレシキ住戸(2-room Flexi flat)を申し込む。
  • スタンダード、プラスのあらゆるタイプの住宅を、再販マーケットで購入する。
  • プライムの2部屋のプライム住戸(2-room Prime flat)を、再販マーケットで購入する。

※HDB「New Plus Housing Model with More Subsidies for More Affordable BTO Flats in Attractive Locations」August 20, 2023より。

さらに、HDBの住棟や管区(HDB flats and precincts)をより高齢者に優しいものにする取り組みなども、ナショナル・デー・ラリーで発表されています*16)。


■注

(更新:2024年2月17日)