シンガポールでは国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。
MRTのトア・パヨ(Toa Payoh)駅に直結してHDBの本部のHDBハブ(HDB Hub)があります。HDBハブの1階のアトリウムには、住宅購入などの契約、相談などのために多くの人々が訪れています。また、最新の街・団地の模型が置かれており、購入予定者だと思われる人々が、熱心に模型を眺めている光景も見ることができます。
HDBハブのにHDBギャラリーがあります。
2018年9月、ギャラリーが「LIVINGSPACE Behind the Block: Singapore’s Public Housing Story」(リビングスペース 住棟の舞台裏:シンガポールのパブリック・ハウジングの歴史)としてリニューアル・オープンしました。
- 日:月曜~土曜(日曜・祝日は休館)
- 時間:8:30~17:00
- 入場料:無料
- 場所:HDBハブの地下1階+1階
ギャラリーはHDBの歴史、計画、暮らし、これからなどHDBについて学べる場所ですが、リニューアルにより最新の情報が追加され、より充実した展示内容となっています。
ギャラリーは8つのコーナーで構成されています。
■メイン・ギャラリー(MAIN GALLERY)(地下1階)
- 旅(JOURNEY):パブリック・ハウジングの進化を巡る旅
- 計画(PLAN):HDBの包括的な都市計画の指針となる理念と手法
- エコ(ECO):スマートで持続可能な質の高い生活環境を開発する手法
- 創造(CREATE):将来を見据えた政策とプログラムを通して、大切な家庭を築く方法
- 共有(SHARE):HDBのハートランド(Heartland)におけるコミュニティの精神と活気の経験*1)
- 将来(FUTURE):HDBでの暮らしの未来
- シアター(THEATRE):HDBの24番目の街の計画を上映*2)
■ホームスケープ(HOMESCAPE)(1階):パブリック・ハウジングのパノラマ写真を投影
シンガポールではこれまで多くの街や団地が開発されてきました。そして、現在でも新たな街や団地が開発され続けています。ギャラリーでは、街や団地がどのような計画の理念と手法に基づいて開発されているかが展示されています。
以下では「計画」(PLAN)、「エコ」(ECO)のコーナーの展示内容から、計画の理念と手法について興味深い内容を紹介したいと思います*3)。
目次
都市計画の理念(Town Planning Principles)
自給自足のための計画(Planning for Self-Sufficiency)
HDBの街は、自給自足を達成するために総合的に計画されています。充実した設備と施設は、住人が住み、遊び、働き、学びやすい環境を作り出しています。これらは住民の日々のニーズを確実に満たすことで、住民が他の街や中心部へ移動する必要性を減らします。
階層のコンセプト(Concept of Hierarchy)
街に構造と秩序の感覚を生み出すために、HDBは階層(ヒエラルキー)の概念を採用します。より広い範囲にサービスを提供することが計画されている大規模な施設・設備は地域センター(Regional Centre)/タウンセンターに配置され、ローカライズされた日々のニーズに答えるための小規模な施設は近隣センター/住宅管区(neighbourhood centres and housing precincts)に配置されます。
総合的な都市計画(Comprehensive Town Planning)
・働く:オフィス、産業の開発、店舗
・暮らす:パブリック・ハウジングと民間住宅
・遊ぶ:公園、スポーツ、社会的施設・コミュニティ施設(Social Community Facilities)
・学ぶ:学校、第3期の教育施設、幼稚園
・交通インフラ:様々な交通機関接続性の計画(Planning for Connectivity)
HDBの街は、道路網や鉄道網を含む効率的な交通システムのネットワークにより機能しています。これらはサイクリング・パス(サイクリング・ロード)、グリーン・コネクション(Green Connection)、リンクウェイ(linkway)により補完されています。
市松模様のコンセプト(Checkrboard Concept)
空間的および視覚的な安心感を生み出すために、高層・高密な開発は、市松模様のように、公園や学校などの低層・低密な土地利用と並置されます。このことは、より興味深く多様なスカイラインと、楽しい生活環境を生み出すことにつながります。
※HDBギャラリーの展示の翻訳。
進化する計画アプローチ(Evolving Planning Approaches)
近隣住区のコンセプト(Neighbourhood Concept)
1960年代から90年代半ばまで、街は近隣住区(neighbourhood)に基づき包括的に計画されていました。街は4,000~6,000戸からなるいくつかの近隣住区に分けられます。 それぞれの近隣住区には近隣公園、近隣センター、学校などの施設が配置されています。
プンゴル21のコンセプト(Punggol 21 Concept)
プンゴル(Punggol)の計画においては、より小さく、より親密な団地という、従来とは異なるコンセプトが採用されました。それぞれの団地は、共有の緑地、学校、管区の店舗群(Precinct Shop Cluster)を共有する2,000~3,000の住戸で構成されています。これにより団地はより歩きやすくなり、住民間の交流の促進につながります。
HDBはPunggolにおいて、地区(District)のコンセプトを導入しました。それぞれの地区(District)は、アイデンティティと帰属感を生み出すのに寄与する独自の性格を持っています。この独特の地区のコンセプトは、ビダダリ(Bidadari)とテンガ(Tengah)の計画にでも用いられています。
※HDBギャラリーの展示の翻訳。
新たな計画のポイント(New Plannning Focuses)
緑(Greenery)
HDBの街には豊かな緑が計画されています。住宅管区(housing precincts)の中の緑地は、都市環境に安心をもたらします。適切な場合には、水域はランドスケープの一部として取り込まれます。これにより生物多様性に貢献することができ、街にレクリエーションの機能を追加することができます。このような緑地は自然都市生態系を形成し、住民が自然に触れ直す(Reconnect)することを可能にします。
緑地の計画において、既存の自然の資産は改良され、住民は自然の生態系の恩恵を享受することができます。コミュニティ(Community)
共有のコミュニティス・ペースは、社会的な交流を促進し、コミュニティの絆を築くうえで重要な役割を果たします。新しい団地には、タウン・プラザ、共有の緑地からコミュニティ・リビング・ルームまでの様々な規模の、様々なコミュニティ・スペースが計画されています。そこでは住民が活動したり、近所の人と会ったりすることができます。既存の街では、リメイキング・アワ・ハートランド(ROH:Remaking Our Heartland)のプログラムを通して、新たなコミュニティ・スペースが作られています。
移動・輸送(Mobility & Transport)
HDBの街には、住民が自分の街や他の地域を容易に移動できるように、道路、鉄道、バスなどの包括的な交通ネットワークが計画されています。 自動車に依存しない社会(Car-Lite Society)という目標に沿って、HDBは公共交通機関の利用を促進するために、他の政府機関と協働しています。歩行者に優しい歩道や自転車道のネットワークは公園と接続しており、ウォーキング、サイクリングを促進することで、より健康的なライフスタイルを奨励します。
スマート・サステナブル(Smart & Sustainable)
スマートで都市的な解決策と革新的な技術を通して、HDBは住みやすく、効率的で、持続可能で安全な街の開発を目指しています。スマートな取り組みの開発を導入するために、HDBはスマート・タウン・フレームワーク(Smart Town Framework)を開発しました。これにはスマートな計画、スマートな団地、スマート環境、スマートな暮らし、スマートなコミュニティの5つの分野のアプリケーションとサービスが含まれます。
統合された商業施設(Integrated Commercial Facilities)
HDBは2015年に、住民の利便性をより高め、コミュニティの活動と交流のためのより多くのスペースを持つ新世代の近隣センター(new generation of Neighbourhood Centres)を導入しました。居住者はスーパーマーケット、フードコート、その他の飲食店、小売店など様々な商業施設やサービスに容易にアクセスすることができます。屋根のあるコミュニティ・プラザのようなコミュニティ・スペースは、住民が日々の活動やコミュニティのイベントに参加できるようにするために提供されています。
近隣センターは歩行者専用道(Pedestrian Thoroughfare)によって周囲の住宅管区(housing precincts)、施設や設備と結びついています。歩行者専用道は、全ての社会的施設、コミュニティ施設を近隣住区と結びつける連続的なコミュニティの背骨(Continuous Community Spine)としての役割を果たします。ヘリテージ(Heritage)
新しい街や団地の計画・開発において、ヘリテージは個性的なアイデンティティと場所の感覚(Sense of Place)を生み出すための重要な要素となります。可能であれば、記憶に残るランドマークを保存したり、その場所の思い出を取り戻すためにマーカーやストーリーボードを設置したりしています。地域のヘリテージを反映させたテーマのある遊び場も設置されています。
※HDBギャラリーの展示の翻訳。
新たな計画の6つのポイントについては、それぞれが適用されている代表的な街が紹介されています。
- 緑:タンパニーズ・ノース(Tampines North)(計画中)
- コミュニティ:ベドック(Bedok)のタウン・センター
- 移動・輸送:ウッドランズ(Woodlands)(計画中)
- スマート・サステナブル:プンゴル(Punggol)のノースショア地区(Northshore District)(計画中)
- 統合された商業施設:プンゴル(Punggol)のオアシス・テラス(Oasis Terraces)
- ヘリテージ:ビダダリ(Bidadari)(計画中)
エコ(Eco)
新たな計画のポイントとしても緑があげられていますが、これとは別にギャラリーではエコ(Eco)のコーナーがもうけられています。このコーナーでは持続可能な建設、都市の緑化、車に依存しない通勤・通学(Green Commuting)などのパネルがあり、それぞれプレハブ工法の模型と、浮遊湿原(Floating Wetlands)のための六角形の浮き、二段式の駐輪設備の実物も展示されていました。
注
- 1)ハートランド(Heartland):オーチャード・ロードとビジネス街の外側のエリア(郊外)を指し、HDBの団地が建ち並んでいる。
- 2)24番目の街:現在開発されているテンガ(Tengah)。
- 3)HDBギャラリーの展示の翻訳にあたっては、次のような翻訳語をあてた。
- HDB Town:HDBの街
- Estate:団地
- District:地区
- Neighbourhood:近隣住区(Neighbourhood Centre:近隣センター、Neighbourhood park:近隣公園)
- Precinct:管区
- Block:住棟(Block Party:ブロック・パーティー)
※リニューアル前のギャラーの様子はこちらをご覧ください。
(更新:2022年7月25日)