『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールのカンポン・カフェ:Ibashoを参考にして開かれた地域の場所

シンガポールに、ワシントンDCの非営利法人・Ibashoの8理念と、Ibashoの呼びかけで開かれた岩手県大船渡市の「居場所ハウス」を参考にした場所が開かれました。
「カンポン・カフェ」(Kampung Cafe)と呼ばれる場所です。カンポン(Kampung)とはマレー語で「村/集落」の意味。

2016年7月6日には実際に、シンガポール保健省(Ministry of Health)の大臣を含む関係者らが「居場所ハウス」にやって来られ、意見交換を行いました。

カンポン・カフェ(Kampung Cafe)

「カンポン・カフェ」が開かれているのはブキ・バトック(Bukit Batok)のHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)という街。ブキ・バトックはシンガポールの西部に位置。HDBの最初のプロジェクトが完成したのは1982年と、40年弱にわたりHDBによる住宅地開発が行われてきた街ですが、HDBが1992〜2024年まで用いていた分類では、HDBの住宅開発に利用できる土地が多い「成熟していない団地」(Non-mature estate)に分類されています。面積は11.13 km2で、2018年の人口は144,410人*1)。

「カンポン・カフェ」はブキ・バトックの4つの管区(Precinct)に開かれています。

「カンポン・カフェ@HKN 4」(Kampung Cafe@HKN 4)

今回訪れたのはそのうちの1つ、「カンポン・カフェ@HKN 4」(Kampung Cafe@HKN 4)*2)。2019年4月20日にオープンと、最近開かれた場所です。
現在、「カンポン・カフェ@HKN 4」に週に1度集まって、みなで料理をしたり、クラフト作りをしたりしているとのこと。訪れた日は朝から皆で料理をしていたと伺いました。
利用料は不要で、70代の高齢の人が来訪者の中心。専属スタッフはほとんどおらず、住民ボランティアにより運営されています。

HDBの住棟の1階部分はヴォイド・デッキ(Void Deck)と呼ばれる場所になっています。「カンポン・カフェ@HKN 4」はヴォイド・デッキをリノベーションした空間です。
三方を腰壁によって仕切られているだけで、前の広場に開かれています。広場と反対側は壁を利用した棚、収納。キッチン、手洗い場、トイレももうけられています。キッチンは扉のついた部屋の中にもうけらています。

テーブルは可動式の四角いテーブルが利用されており、2つのテーブルでは高齢者が麻雀のようなゲームをしていました。もう1つはクラフト作り。テーブルに座らず椅子に座っている人、通りがかりに話をしていく人も見かけました。
1人の高齢の女性が、テーブルを片付けているのも見かけました。

「カンポン・カフェ@HKN 4」を訪問した際、コミュニティ・クラブ(Community Clum)に所属する*3)、タウン・カウンシルの職員の方にお会いしました。このかたに聞いたところ、タウン・カウンシルはリノベーションや備品購入など開設時の助成、及び、運営資金の助成をしているとのこと。この方の話では、開設時の助成は必要かもしれないが、運営を継続するためには運営資金は自立させる必要があると話されていました。タウン・カウンシルは活動の広報などもサポートしているとのこと。

上に書いた通り、「カンポン・カフェ@HKN 4」はHDBの住棟のヴォイド・デッキをリノベーションして開かれていますが、ヴォイド・デッキはタウン・カウンシルが所有する空間ということです。


今回、「カンポン・カフェ@HKN 4」を訪問していくつかのことを感じました。

1点目は、運営体制について。
「居場所ハウス」と「カンポン・カフェ@HKN 4」では飲食をしたり、人が集まったりできる場所という点では共通しています。けれども、「居場所ハウス」は地域の高齢者が中心となり運営しているのに対して、「カンポン・カフェ@HKN 4」はタウン・カウンシルから助成を受けていること、また、高齢者の協力があるとは言え、若い世代が運営の中心を担っているという違いがあります。

2点目は、「カンポン・カフェ@HKN 4」は「居場所ハウス」のどの部分が参考にされたのかについて。
初めに書いた通り「カンポン・カフェ@HKN 4」は、Ibashoの8理念と「居場所ハウス」を参考にして開かれたとされています。1点目とも関わりますが、「カンポン・カフェ@HKN 4」と「居場所ハウス」はどこが共通し、どこが異なるかを整理することで、「居場所ハウス」のどの部分が参考にされ、どの部分が参考にされなかったのかが浮かび上がってくるかもしれません。
参考にされなかった部分は、文化の違いという理由があるかもしれませんし、Ibashoの8理念や「居場所ハウス」の運営が十分に伝わっていないという理由があるかもしれません。この点は、「居場所ハウス」のような場所がどのように広がっていくのかを考える上で重要なことだとおもいます。

3点目は、ホーカー・センター(Hawker Centre)やコーヒー・ショップ(Coffee Shop)など既存の飲食店との関係について*4)。
「居場所ハウス」はカフェ、食堂を運営していますが、この背景には食事ができる場所がないという地域の状況があります。一方、「カンポン・カフェ@HKN 4」の近くには食事ができる場所があり、訪れた日も多くの人が過ごしていました。食事をする高齢者だけでなく、店舗を運営する高齢者もおり、この意味で食事ができる場所は高齢者にとっての居場所になっているとも言えます。
そのため、シンガポールではカフェ、食堂とは異なる場所が求められているような気がしました。ただし、高齢者の誰もが店舗の運営側になれるわけではないことを考えれば、「カンポン・カフェ@HKN 4」の運営はまだ始まったばかりですが、食事ができる場所とは違った意味で、高齢者が役割を担える場所になる可能性はあると思います。

4点目はヴォイド・デッキという空間について。
「カンポン・カフェ@HKN 4」はHDBの住棟1階にあるヴォイド・デッキをリノベーションして開かれた場所。この場所にあったヴォイド・デッキが作られた時は、将来、「カンポン・カフェ@HKN 4」が開かれることになることは想定されていなかったと思われます。しかし、HDBの住棟1階という立地の良い場所がヴォイド・デッキになっていることは、「カンポン・カフェ@HKN 4」のようにある場所が必要になった際に転用するための余白として機能していると言えます。
日本のニュータウンと同じく、シンガポールでHDBが開発してきた街も計画された街と言えますが、全てが計画されるのではなく、余白となる場所があることは、地域の変化に柔軟に対応していくためにポイントです。


  • 1)Wikipediaの「Bukit Batok」のページより。
  • 2)HKN 4はブキ・バトック内の1地区で、HONG KAH NORTH 4の略。HNN 4の人口は約5,000人。
  • 3)Wikipediaの「People’s Association (Singapore)」のページには、コミュニティ・クラブ(Community Club)が次のように紹介されている。「1959年、シンガポールがイギリスの自治領になった時、多くのシンガポール人にとって雇用の見通しに乏しく、スキル訓練の機会もほとんどありませんでした。レクリエーション施設、社会施設、スポーツ施設もごく稀にしかありませんでした。人民協会(People’s Association)はイギリス政権によって設立された元の食品流通センター(Food Distribution Centre)をコミュニティ・センター(Community Centre)に変えました。コミュニティ・センターは全ての人々にとって、スキルを学び、社会活動やレジャー活動に参加し、そしてコミュニティの意識を築くために集まることのできる場所でした。経済の進歩を伴う長年の歩みを通して、コミュニ・ティセンターはコミュニティ・クラブ(Community Club)へと進化し、住民のニーズの変化にあわせて幅広いコース、活動、プログラム、施設を提供してきました。コミュニティ・クラブはコミュニティ・クラブ管理委員会(CC Management Committee)と呼ばれるボランティアのグループにより運営されています。」
  • 4)ホーカー・センター(Hawker Centre)、コーヒー・ショップについてはこちらを参照。

(更新:2022年7月20日)