『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールのHDB(住宅開発庁)が開発する街・団地の一覧

シンガポールを歩いている時、MRT(鉄道)やバスに乗っている時、写真のような住棟が建ち並ぶ光景が目に飛び込んできます。超高層の住棟が建ち並ぶ様子にはいつも圧倒されます。これらはHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が開発した街・団地。シンガポールでは、国民の約8割がHDBが建設する住宅に住んでおり、そのうちの約9割が持ち家だと言われています*1)。

140424-140238*

(HDBが開発する街・団地)

HDBが開発する街・団地の一覧

MRTのトア・パヨ(Toa Payoh)駅に直結するHDBの本部(HDBハブ)には、HDBの取り組みを紹介するギャラリー「LIVINGSPACE Behind the Block: Singapore’s Public Housing Story」(リビングスペース 住棟の舞台裏:シンガポールの公営住宅の歴史)があります。

(HDBギャラリー)

HDBは1960年2月の設立以降、シンガポール全域に27の街・団地*2)を開発してきました。ギャラリーの展示に展示されている情報をもとに、HDBが開発する街・団地を一覧にすると次のようになります。

名称HDB住宅の居住者(人)面積(Ha)最初のHDBプロジェクト完成年団地の分類
Queenstownクイーンズタウン82,5006941960成熟
Gaylangゲイラン87,3006781961成熟
Bukit Merahブキ・メラ145,7008581962成熟
Kallang / Whampoaカラン/ワンポア106,9007991962成熟
Central Areaセントラル・エリア27,700171963成熟
Toa Payohトア・パヨ105,0005561966成熟
Marine Maradeマリン・パレード21,600321974成熟
Ang Mo Kioアン・モ・キオ143,8006381975成熟
Bedokベドック194,7009371975成熟
Clementiクレメンティ72,3004121977成熟
Sengkangセンカン212,1001,0551977非成熟
Jurong Eastジュロン・イースト78,0003841980非成熟
Hougangホウガン179,5001,3091981非成熟
Jurong Westジュロン・ウエスト258,1009871981非成熟
Tampinesタンパニーズ232,7001,2001981成熟*
Yishunイーシュン196,6007781981非成熟
Bukit Batokブキ・バトック114,0007851982非成熟
Serangoonセラングーン68,8007371983成熟*
Bishanビシャン63,2006901984成熟
Woodlandsウッドランズ242,5001,2601984非成熟
Bukit Panjangブキ・パンジャン121,0004891986非成熟
Bukit Timahブキ・ティマ8,400251987成熟
Choa Chu Kangチョア・チュー・カン169,0005831987非成熟
Pasir Risパシール・リス108,4006011987成熟*
Sembawangセンバワン73,5007081997非成熟
Punggolプンゴル134,1009572000非成熟
Tengahテンガ740開発中非成熟
※居住者、面積、完成年はHDBハブのギャラリー「LIVINGSPACE Behind the Block: Singapore’s Public Housing Story」の「OUR VIBRANT TOWNS & ESTATES」の展示(2019年5月見学)より作成した。居住者は2018年時点の人数である。
※「成熟した団地*」の表記は、「成熟していない団地」から「成熟した団地」に変更された街であることを表す。

27の街・団地の中で、最初にHDBのプロジェクトが完成したのはクイーンズタウン(Queenstows)です。

「クイーンズタウンの物語
1953年9月27日、シンガポール・インプルーブメント・トラスト(Singapore Improvement Trust:SIT)のイギリス人職員が、1年前に行われたエリザベス女王(エリザベス2世)〔在位:1952年2月6日~〕の戴冠式を記念して、この新しい街にエリザベス女王の名をつけたことから、クイーンズタウンの物語は始まります。この植民地の郊外は、SITがチャイナタウンの過密化を解消するために始めた最も野心的なプロジェクトでした。
リドウト通り(Ridout Road)、タングリン通り(Tanglin Road)、アレクサンドラ通り(Alexandra Road)、ホランド通り(Holland Road)、マレー鉄道に囲まれたこの自己完結型の土地には、7,000人が住む1万1000戸のアパート(apartment flats housing)があり、プロジェクトの費用は約8000万ドルでした。
・・・・・・。1960年2月、住宅開発局(HDB)が、植民地政府のSITを引き継ぐと、5つの計画されていた近隣住区(neighbourhood)のうち、近隣住区1(プリンセス・エステート:Princess Estate)、近隣住区2(ダッチェス・エステート:Duchess Estate)、近隣住区5(クイーンズ・クレセント:Queens’ Crescent)の3つの近隣住区で工事が開始されました。理事会は、さらにメイ・リン(Mei Ling)とブオナ・ヴィスタ(Buona Vista)の2つの近隣住区を追加しました。」
※『MY QUEENSTOWN Heritage Trail』April 2014の記載内容の翻訳。

(クイーンズタウンでHDBが最初に建設した住棟)

当時、住宅不足が深刻であり、HDBは1960年2月の設立から3年間に、31,317戸の住宅を建設しました*3)。上にあげた一覧を見ると、HDBはその後も継続的に街・団地を開発し続けてきたことがわかります。
現時点(2023年2月時点)で最も新しい街は、2023年8月から入居が始まったテンガ(Tengah)です。

(建設が進むテンガ)

HDBが開発した住宅に住む人の数は、ジュロン・ウエスト(Jurong West)が258,100人、ウッドランズ(Woodlands)が242,500人、タンパニーズ(Tampines)が232,700人、センカン(Sengkang)が212,000人。人口が約10万人の千里ニュータウンの2倍以上の人々が暮らす街・団地がいくつもあることがわかります。

HDBが開発する街・団地の立地


※「Kallang/Whampoa」は、KallangとWhampoaを別の位置に記入している。
※最初のHDBプロジェクトの完成年について、○は1960年代、□は1970年代、◇は1980年代、☆は1990年代以降を表す。
※赤は成熟した団地(Mature estates)、緑は成熟していない団地(Non-mature estates)を表す。


地図を見ると、1960年代に開発された街・団地はシンガポールの中央に立地しており、新しく開発された街・団地になるほど中央から離れたところに立地しているという傾向が見られます。
最初のHDBのプロジェクトが1997年に完成したセンバワン(Sembawang)、2000年に完成したプンゴル(Punggol)、そして、最も新しいテンガは、それぞれ北部、北東部、西部と中央から離れたところに立地しています。

(プンゴル)

成熟した団地/成熟していない団地

HDBの設立から約30年が経過した1992年、HDBは街・団地を「成熟した団地」(Mature estates)と「成熟していない団地」(Non-mature estates)に分類しました*4)。27の街・団地のうち、15が「成熟した団地」、12が「成熟していない団地」とされています。

  • 成熟した団地
    :クイーンズタウン(1960年)、ゲイラン(1961年)、ブキ・メラ(1962年)、カラン/ワンポア(1962年)、セントラル・エリア(1963年)、トア・パヨ(1966年)、マリン・パレード(1974年)、アン・モ・キオ(1975年)、ベドック(1975年)、クレメンティ(1977年)、タンパニーズ*(1981年)、セラングーン*(1983年)、ビシャン(1984年)、ブキ・ティマ(1987年)、パシール・リス*(1987年)
  • 成熟していない団地
    :センカン(1977年)、ジュロン・イースト(1980年)、ホウガン(1981年)、ジュロン・ウエスト(1981年)、イーシュン(1981年)、ブキ・バトック(1982年)、ウッドランズ(1984年)、ブキ・パンジャン(1986年)、チョア・チュー・カン(1987年)、センバワン(1997年)、プンゴル(2000年)、テンガ(2023年)

※HDB「New Plus Housing Model with More Subsidies for More Affordable BTO Flats in Attractive Locations」August 23, 2023のページの別紙A「Background of mature/non-mature town/estate classification」より。
※( )内は最初のHDBのプロジェクトの完成年を表す。
※*を付けたパシール・リス、タンパニーズ、セラングーンは1992年から1994年までに「成熟していない団地」から「成熟した団地」に変更された。この後、他の団地の分類は変更されていない*5)。

「成熟した団地」と「成熟していない団地」を分類する基準は、公営住宅(HDBの住宅)開発のために利用できる土地の多寡。

  • 成熟した団地は、公営住宅を開発できる土地が限られているにも関わらず、需要が高い団地である。成熟した団地の受注生産の住戸(BTO flats。BTOはBuild-To-Orderの意味)は人気があり、立地と需要の高さを反映して高額で販売される傾向がある。
  • 成熟していない団地は、公営住宅を開発できる土地が多い団地である。成熟していない団地は通常、中心部に立地しておらず、アメニティ施設(amenities)も少ないため、手頃な価格(affordable priced)で販売されている。

※HDB「New Plus Housing Model with More Subsidies for More Affordable BTO Flats in Attractive Locations」August 23, 2023のページの別紙A「Background of mature/non-mature town/estate classification」より。

(成熟した団地:ワンポア)

(成熟した団地:トア・パヨ)

(成熟した団地:アン・モ・キオ)

(成熟していない団地:イーシュン)

(成熟していない団地:ブキ・バトック)

(成熟していない団地:ブキ・パンジャン)

日本では、ニュータウンや団地の成熟が議論される時には、入居からどのぐらいの年月が経過したかに注目される場合がありますが、シンガポールのHDBは、HDBの住宅開発のために利用できる土地の多寡によって、成熟しているか、成熟していないかが分類されることには注意が必要です。しかし、利用できる土地が多い団地とは、現在開発中の団地やこれから開発される団地を意味するため、結果的に早い時期に開発された街・団地は「成熟した団地」、遅い時期に開発された街・団地は「成熟していない団地」に分類されている傾向があります。立地については、シンガポールの中央から東部にかけて(おおよそMRTの東西線にそって)「成熟した団地」が、中央から離れた北部、北東部、西部に「成熟していない団地」が立地する傾向があります。

HDBが、「成熟した団地」と「成熟していない団地」という分類を用いるようになったのは、初めてHDBの住戸購入を申請する人や、抽選に何度も落ちた人に優先権を与えるために、予約システムを変更したことがきっかけ。当時、HDBの住戸を既に所有している人がアップグレードとして2軒目の住を申請する人も増えていたという状況もあったとのこと。1991年12月に、初めて申請する人は、開発中のニュータウン、つまり、「成熟していない団地」を購入できる確率が高くするように予約システムが変更されたと言われています*6)。

しかし、開発から年月が経過し、「成熟していない団地」にも、「成熟した団地」のように施設が整備されたり、MRT(鉄道)の路線が増加したりしたことで、「成熟した団地」と「成熟していない団地」の違いは曖昧になってきたということです*7)。

「成熟した団地」と「成熟していない団地」の違いが曖昧になっていることや、シンガポールには街・団地を開発するための未開発の土地がほとんど残っていないことなどから、2024年後半からは「成熟した団地」と「成熟していない団地」の分類を廃止して、スタンダード/プラス/プライムという新たな分類が導入されることになっています。


■注

(更新:2024年2月15日)