『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

シンガポールの団地における緑の取り組み@タンパニーズ・ノース

シンガポールでは国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が建設する住宅に住んでいます。HDBは、街を計画するにあたってどのような点を重視しているのか。HDBギャラリーの展示では、これが次の6点にまとめられています。

  • 緑(Greenery)
  • コミュニティ(Community)
  • 移動・輸送(Mobility & Transport)
  • スマート・サステナブル(Smart & Sustainable)
  • 統合された商業施設(Integrated Commercial Facilities)
  • ヘリテージ(Heritage)

ここで紹介するのは緑(Greenery)。HDBギャラリーの展示では、緑(Greenery)の取り組みが適用されている街としてタンパニーズ・ノース(Tampines North)があげられています。

「緑(Greenery)
HDBの街には豊かな緑が計画されています。住宅管区(housing precincts)の中の緑地は、都市環境に安心をもたらします。適切な場合には、水域はランドスケープの一部として取り込まれます。これにより生物多様性に貢献することができ、街にレクリエーションの機能を追加することができます。このような緑地は自然都市生態系を形成し、住民が自然に触れ直す(Reconnect)することを可能にします。
緑地の計画において、既存の自然の資産は改良され、住民は自然の生態系の恩恵を享受することができます。」
※HDBギャラリーの展示の翻訳。

「タンパニーズ・ノース(Tampines North)
タンパニーズ・ノースはタンパニーズの拡張で、葉のコンセプト(Leaf Concept)から広がる新たな「緑の芽」(green shoot)になることが考えられています。「葉脈のネットワーク」は、サン・プラザ・パーク(Sun Plaza Park)の北側からサンゲイ・アピ・アピ(Sungei Api Api)まで伸びる緑の背骨(green spine)によって実現され、近隣の小さな公園、パブリックスペース、主要な活動拠点(activity nodes)を統合することで、連続した緑の景観を作り出します。」
※HDBギャラリーの展示の翻訳。

このようにタンパニーズ・ノースでは、街の緑を既存の公園と連続させることで、連続した緑の景観を実現することが考えられています。

(サン・プラザ・パークから見るHDBの団地)

(HDBの団地の中にもうけられた緑地はサン・プラザ・パークから連続)


タンパニーズはシンガポール東部に位置しており、1970年代後半からHDBによる開発が進められてきました。HDBギャラリーの展示によると、タンパニーズに最初のHDBプロジェクトが完成したのは1981年で、HDBが1992〜2024年まで用いていた分類では「成熟した団地」(Mature estate)に分類。2018年時点の統計では、タンパニーズは、HDBの居住者数が232,700人(27の団地の中で3番目に多い)、面積は1,200ha(27の団地の中で3番目に大きい)と規模の大きな団地となっています。

タンパニーズ・ノースは、タンパニーズの北側に位置。一部が完成しているものの、現在、建設が進められています。ここでは、タンパニーズ・グリーンリッジズ(Tampines GreenRidges)という団地を通して、シンガポールの最新の団地には緑がどのように組み込まれているかをご紹介したいと思います。

タンパニーズ・グリーンリッジズ(Tampines GreenRidges)

タンパニーズ・グリーンリッジズは、タンパニーズ・ノースに最初に完成した管区(housing percinct)で、15棟からなる1,943戸からなる団地です。15棟のうち14棟の1,496戸が受注生産(Build-To-Order)、1棟の447戸が賃貸となっています(※タンパニーズ・グリーンリッジズ内の掲示パネルより)。

全ての住棟は東西に細長く、全ての住戸が南面するように配置されています。ただし、住棟をずらして配置することで、従来の平行配置の住棟が作り出す壁のような効果を最小限に抑える工夫がされているということです。

「タンパニーズ・グリーンリッジズは、従来の平行配置(parallel layout)による壁のような効果を最小限に抑えるため、住棟をずらすことで有機的なラインを描き、各所に緑を配置しています。」
※タンパニーズ・グリーンリッジズ内の掲示パネルに記載内容の翻訳。以下の引用部分も全て同じ展示パネルに記載内容の翻訳である

タンパニーズ・グリーンリッジズは以下でみるように充実した緑のオープンスペースがもうけられていますが、加えて、保育所や、交差点に近い部分の住棟の1階部分にイーティング・ハウスという飲食できる場所、スーパーマーケットなどの店舗がもうけられています。

タンパニーズ・グリーンリッジズ内に掲示されているパネルには、タンパニーズ・グリーンリッジズで採用されている工夫として次の7点が紹介されています。

  • ①緑のタペストリー(Green Tapestry)
  • ②高架の屋上庭園リンク(Elevated Roof Garden Links)
  • ③コミュニティ・リビングルーム(Community Living Room)
  • ④公園のコンセプト(Park concept)
  • ⑤タンパニーズ廃棄物運搬システム(Tampines Waste Conveyance System)
  • ⑥広いランドスケープ・デッキ(Extensive Landscaped Decks)
  • ⑦二方向のファサード(A Facade of Two Directions)
  • ⑧持続可能な建設方法(Sustainable Construction Methods)

①緑のタペストリー(Green Tapestry)

「緑のタペストリーは、緑豊かで木陰の多い、団地(housing development)内を走る直線的な空間で、大通りの公園につながっています。住民は、休憩用シェルターや日陰のスペースで、毎日のエクササイズを楽しむことができます。」
※展示パネルの記載内容の翻訳。

緑のタペストリーと表現されている遊歩道は住棟の間を走っています。遊歩道は、子どもの遊び場、フィットネス・ステーション、屋根の付いた共用スペース(管区パビリオン:Precinct Pavilion)の脇を通っています。

②高架の屋上庭園リンク(Elevated Roof Garden Links)

「2階建ての駐車場の屋上庭園は、ブリッジで結ばれ、南北の既存の開発地、及び、将来の開発地とシームレスに接続されています。接続された高架レベルは歩行者に優しく、豊かな緑とコミュニティのガーデニングスペースがあります。」
※展示パネルの記載内容の翻訳。

〔敷地のすぐ南を東西に走る〕タンパニーズ・アベニュー9の南のブロックとつながるブリッジは、そのまま駐車場の屋上庭園に続いています。

駐車場の屋上庭園を結ぶブリッジ。

③コミュニティ・リビングルーム(Community Living Room)

「ヴォイド・デッキ(Void Deck)は、様々な植栽で視覚的に優しい雰囲気で、座ることのできる場所がしつらえられており、住民がリラックスしたり、交流したりできる落ち着いた空間になっています。」
※展示パネルの記載内容の翻訳。

ヴォイド・デッキ(Void Deck)とは、HDBの団地住棟の1階部分にもうけられたオープンな空間で、住民が日常的に過ごしたり、結婚式や葬儀が行われたりするコミュニティにとって重要な場所になっています*1)。
タンパニーズ・グリーンリッジズでは一部のヴォイド・デッキがコミュニティ・リビングルームと名づけられており、作り付けのテーブル・椅子が置かれた空間になっています。一部のテーブルの表面には、チェスの盤が描かれています。いくつかのコミュニティ・リビングルームは、遊歩道(緑のタペストリー)に面して配置されています。訪れた時は、何人かの人が椅子に座っているのを見かけました。

④公園のコンセプト(Park concept)

「〔敷地のすぐ南を東西に走る〕タンパニーズ・アベニュー9のゲートとして、グリーンリッジを近隣(neighborhood)に開放する公園の役割を担います。この大きなパブリックな緑のスペースは、管区(precinct)や都市のスケールでコミュニティを強化します。」
※展示パネルの記載内容の翻訳。

タンパニーズ・アベニュー9に面した場所にもうけられた公園は、敷地外に開かれており自由に出入りできるようになっています。子どもの遊び場、フィットネス・ステーションがあり、将来的には3on3のバスケットボールコートが作られるとの掲示もされていました。

⑤タンパニーズ廃棄物運搬システム(Tampines Waste Conveyance System)

「タンパニーズ・グリーンリッジズは、BTO(受注生産)プロジェクトの中で、持続可能でエネルギー効率の高い廃棄物収集システムである空気圧式廃棄物運搬システム(Pneumatic Waste Conveyance System:PWCS)を採用した最初のプロジェクトの1つです。」
※展示パネルの記載内容の翻訳。

⑥広いランドスケープ・デッキ(Extensive Landscaped Decks)

「長く、低層で、直線的な駐車場のデザインは、渓谷(canyon)からインスピレーションを受けたものです。2階建ての低層駐車場は、住棟の間に配置され、〔屋上は〕ランドスケープと統合されるように緑豊かな植栽がなされています。3世代で使える遊具やエクササイズ機器は、景観の良い〔駐車場の屋上〕デッキに設置されています。」
※展示パネルの記載内容の翻訳。

駐車場の屋上は緑化された庭園になっており、子どもの遊び場、フィットネス・ステーション、コミュニティ・ガーデンに加えて、所々に屋根の付いた東屋ももうけられています。

⑦二方向のファサード(A Facade of Two Directions)

「ねじれたプレキャストのファサードパネルは、視覚的な面白さを生み出すだけでなく、日除けや雨除けとしても機能します。緑から白へのグラデーションカラーは、周囲のブロック(blocks)と統合された景観を作り出しています。ファサードには、経路探索(wayfinding)を容易にするため、2種類の色合いの緑を利用しています。」
※展示パネルの記載内容の翻訳。

庇は、ねじれた形態で、下層から上層に向かうにつれて濃い緑、薄い緑、白へといたるグラデーションになっているのとあわせて特徴的なファサードとなっています。

⑧持続可能な建設方法(Sustainable Construction Methods)

「プレハブの部品は、品質に妥協することなく、建設効率を最適化しています。高度な標準化と繰り返し利用により、より高い生産性を達成しています。」
※展示パネルの記載内容の翻訳。


タンパニーズ・グリーンリッジズではこのように多様な工夫がされていることがわかります。タンパニーズ・ノースには今後も様々な団地が建設される予定であり、今後も注目したいと考えています。


  • 1)ヴォイド・デッキはHDBの団地のコミュニティにとって重要な場所になっているが、元々は、子どもが雨に濡れているのを見た法務省・国家開発省大臣のエドモンド・W・バーカー(Edmund W. Barker)の、建物を1階分高くすれば子どもたちの避難場所になるのにという発言がきっかけだったという説もある。mothership「The story behind when the “void deck” was introduced and how it was invented」December 27, 2016より。ヴォイド・デッキについてはこちらの記事も参照。

(更新:2022年8月9日)