『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

ニューディール・カフェ:アメリカ・グリーンベルトに開かれたコミュニティ・カフェ

近年、日本のあちこちにコミュニティ・カフェが開かれています。千里ニュータウン新千里東町の近隣センターの「ひがしまち街角広場」もそのひとつ。「ひがしまち街角広場」にそっくりなカフェがアメリカのニュータウンにあると聞いて、訪ねることにしました。

場所はメリーランド州のグリーンベルト(Greenbelt)という郊外住宅地。ワシントンDCから12マイル(≒19km)のところに位置し、地下鉄グリーン・ラインの終着駅がグリーンベルト駅。地下鉄御堂筋線・北大阪急行の終着駅が千里中央駅であるのと似ています(ただし、グリーンベルトの街は、駅から車で10〜15分程のところにあります)。

グリーンベルトは、ルーズベルト大統領によるニューディール政策によって開発された郊外住宅地で、入居が始まったのは1937年。既に 70年以上の歴史をもつ住宅地です。タウンセンターは、大統領の生誕100周年を記念してルーズベルト・センターと呼ばれています。ここに、ニューディール・カフェ(New Deal Café)という場所があります。

ルーズベルト・センター

グリーンベルトには長い間、人々がおしゃべりしたり情報交換したりできる場所と言えば、食料雑貨店の通路やガソリンスタンドぐらいしかなかった。そして、そこは落ち着いて議論したりチェスをしたりできるような場所ではなかった(*New Deal Café Websiteより)。だから、地域の人々が集まれる場所が欲しい。ニューディール・カフェは、このような思いを抱いた何人かの人々の思いをきっかけとして生まれました。

ニューディール・カフェのフロント・ルーム

ニューディール・カフェのバック・ルーム

カフェの空間は大きく2つに分かれていて、カウンターのある東側のスペース(フロント・ルーム)に25席程、音楽のライブが行われていた西側のスペース(バック・ルーム)に50席程、そして、ルーズベルト・センターの広場に面したテラスに20席程。店内には大きさや形の違う様々なテーブル、椅子が置かれています。これらの家具は地域の人や知り合いから寄付されたとのこと。「この方が気軽に入りやすいんだよ。椅子が同じものに統一されていたら、お高くとまっているようで、入りにくいだろ」。現在、マネジャー兼シェフを勤めているカリムさんはこのように話してくださいました。
カフェにやって来るのはお年寄りが中心ですが、子連れの家族が食事にやって来ることもあります。無線LANが利用できるため、パソコンを持ちこんでいる人も。店内の壁はアート作品のために開放されていて、月替わりで地域のアーティストの作品が展示されています。また、ほぼ毎日のように音楽のライブが行なわれているのもニューディール・カフェの特徴。毎月第3日曜日の昼間には、17歳以下の子どもが歌、楽器の演奏、ダンス、詩の朗読などを行なうイベント(Kids’ Open Microphone)が開かれたり、夜はバーが運営されたりしています。
カフェは様々な活動の集まりの場としても使われており、例えば、小さな子どもをもつ父母のグループや、スペイン語会話のグループ等が集まりの場として利用しています。また、「こんなのがあったらいいわよね」というカフェでの友人同士のおしゃべりをきっかけとして、ファーマーズ・マーケットも生まれたとのことです。

グリーンベルト・ファーマーズ・マーケット

地域の人々が気軽に訪れ、思い思いに居られる場所。音楽やアートに触れることのできる場所。活動のための場所。ニューディール・カフェはコミュニティのリビングルームだという人もいました。

ニューディール・カフェを運営する主体は200人ほどのメンバーが出資する協同組合(コウオプ, Co-op)で、メンバーの中から選挙によって選出される5人の理事(Board of Directors)が運営に携わっています。Wikipediaに消費者協同組合として運営されているレストランのレアな事例だと紹介されているように、このような場所は珍しいですが、グリーンベルトにおいて協同組合は馴染み深いものであり、入居当初から様々なビジネス、住民が必要だと考えた活動や場所が協同組合によって運営されているという歴史があります。現在でも、カフェに加えて、信用金庫、地域新聞、保育園、スーパー・マーケット、住宅・住宅地を管理する組織であるグリーンベルト・ホームズの6つの協同組合が活動しています。

コミュニティ・センター

ニューディール・カフェは、1995年12月にルーズベルト・センターの少し西にあるコミュニティ・センターにオープンしました。その後、2000年4月にルーズベルト・センターの空き店舗(フロント・ルーム)に移転し、念願のフルタイムのカフェとして再オープン。3食が提供されるようになりました。そして2005年10月には、ビデオ店だった西側のスペース(バック・ルーム)も併せて借りることで広さが2倍になったという歩みがあります。

カフェの壁はアーティストの作品発表の場として解放

カフェで毎日のように開かれている音楽のライブ

このように書くと、全てが順調に運営されてきたように思われるかもしれませんが、カフェの運営はいつも順調だったわけではありません。運営資金の問題等でカフェを閉めてしまおうという声は何度もあがり、運営時間が短縮されていた時期もありました。「ここは私的なビジネスではなく、協同組合によって運営されている。だから、問題が生じたんだよ。協同組合のメンバーは200人もいるけれど、誰もビジネスのやり方を知らなかったんだ」、ある人はこのように話す。続けて、「でも、彼(カリムさん)はビジネスのプロだよ」と。
カリムさんをシェフ兼マネジャーに迎え、カフェは2008年6月から新たな一歩を踏み出しました。それまでは充分な厨房設備もなかったが、この時に厨房も改修されています。


同じような時期に開かれた2つの場所、ニューディール・カフェと「ひがしまち街角広場」。

「こんな場所があったらいいのにな」という地域の人々の思いをきっかけとして、ニュータウンの空き店舗に開かれた場所であること、人々が気軽に集まり、思い思いに居られる場所になっていること、ありあわせの家具でしつらえられていること、そこから新たな活動が生まれていること・・・ 共通する部分が多いことに気づかされます。
加えて、プラスチックの椅子が使われていたり、入口の前にフラットな屋根がついていることなど、運営内容だけではなく見た目もそっくり。ニューディール・カフェで「ひがしまち街角広場」の写真をお見せしたところ、みなの口々から「Sister Café(姉妹カフェ)だ」、「同じだ、同じだ」という言葉があがりました。

ニューディール・カフェのテラス

移転前の「ひがしまち街角広場」のテラス

「ひがしまち街角広場」は千里ニュータウン内の空店舗に開かれた小さな場所ですが、そんな小さな場所が世界の動きと繋がっていることを教えられました。


2011年1月26日に放映されたBBC World Newsに、グリーンベルト、ニューディール・カフェが映っています。

(更新:2015年6月1日)