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コミュニティを媒介するカフェとファーマーズ・マーケット
オールドグリーンベルト
近年、日本のあちこちの街角に、コミュニティのためのカフェが開かれている。そんなカフェの魅力に惹かれ、これまで各地のカフェを見歩いてきた。今回、同じようなカフェがアメリカにもあると聞き、訪ねてみることにした。場所はメリーランド州、オールド・グリーンベルト(以下、グリーンベルト)*1)。ワシントンDCから12マイル(≒19km)のところにある、今からおよそ70年前の1937年に入居が始まった住宅地である。
グリーンベルトのタウンセンターにあるカフェの名は「ニューディール」。そして、タウンセンターの名は「ルーズベルト」。お気づきの通り、ルーズベルトというのはニューディール政策を行った大統領の名前である*2)。そう、グリーンベルトはルーズベルト大統領によるニューディール政策によって作られた街なのである。ニューディール政策への思いが今でも継承されている街、グリーンベルトのことを報告したい。
ニューディール・カフェ
グリーンベルトには長い間、人々がおしゃべりしたり情報交換したりできる場所といえば、食料雑貨店の通路やガソリンスタンドぐらいしかなかった。そこは落ち着いて議論したりチェスをしたりできるような場所ではなかった*3)。「だから、地域の人が集まれるカフェを作ろうかって何人かでいい始めたんだ」。カフェの創設者の1人リチャード(Richard)さんはこのように話す。「ニューディール・カフェ(New Deal Café)」は、このような人々の思いから生まれた場所である。現在は、レバノン系のカリム(Karim)さんがマネジャー兼シェフを勤めていることもあり、メニューにはレバノン料理が並ぶ。ビールとワインもある。
カフェにやって来るのは高齢者が多く、中には、毎朝お店の扉が開くのを表で待ち構えている人もいるという。子どもを連れた家族もやって来る。音楽やアートのイベントが行われているため、ミュージシャンやアーティストもやって来る。特に音楽のライブはほぼ毎日のように行われており、プロを含めおよそ45ものミュージシャンがここでライブを行っている。また、店内の壁はアート作品の発表の場になっており、月替わりで地域のプロのアーティストや学生等の作品が展示されている。
カフェの空間は大きく2つに分かれていて、カウンターのある東側のスペースに25席程、音楽のライブが行われていた西側のスペースに50席程、そして、ルーズベルト・センターの広場に面したテラスに20席程。店内には大きさや形の違う様々なテーブル、椅子が置かれている。ソファセットなんかもある。これらの家具は地域の人や知り合いから寄付されたとのこと。「家具がきちんと統一されてない方が、お客さんだって気軽に入れるんだよ。家具がきちんと統一されてたら、何だか高いお店に思えて、気軽に入りにくいだろ?」。カリムさんはこのように話す。
現在、カフェはルーズベルト・センターの一角で毎日運営されているが、最初からこのようなかたちで運営されていたわけではない。1994年、カフェを作ろうといい始めたリチャードさんらは、自分たちの思い描く場所の魅力を地域の人々に伝えるため、そして、地域の人々が何を求めているのかを確かめるため、オープン・ハウスとして1日だけカフェを運営した*4)。「カフェを作ろうといい始めてから、最初のオープンハウスまで1ヶ月で準備したんだよ」、リチャードさんはこのように話す。このオープン・ハウスには600人もの人々が集まり、大盛況に終わった。
賛同者の出資により協同組合であるコウオプ(New Deal Cafe Co-op) が立ち上げられ、1995年12月、ルーズベルト・センターの西にあるコミュニティ・センターにカフェがオープン*5)。ルーズベルト・センターにフルタイムのカフェを開きたいという思いはあったが、ルーズベルト・センターの空き店舗が先に借りられてしまったため、コミュニティ・センターで金・土曜の夜のみの運営というかたちでのスタートすることとなった。メニューはコーヒー、紅茶、クッキー、マフィンなど。料理の得意な人がクッキーやマフィンを焼いて持って来たり、ジャズをやっている人が店内で演奏するなど、様々な人々が自分の得意なことを活かしながら、ボランティアとして運営に協力していた。そして、2000年4月にルーズベルト・センターの空き店舗に移転し、念願だったフルタイムのカフェとして再オープン。 2005年10月には西側のスペースも併せて借りることで広さが2倍になった。
カフェの運営がいつも順調だったわけではない。カフェを閉めてしまおうという声は何度もあげられ、実際に、運営時間が短縮されていた時期もある。カフェの音楽を担当しているというレイモンド(Raymond)さんは、「このカフェは200人ほどのメンバーが出資するコウオプとして運営されている。金額が多い人も少ない人もいるけど、カフェのためみなでコウオプに出資してるんだ。けれど、メンバーの中にはカフェの経営に詳しい人はいなかった。だから問題が生じたんだよ」と話す。続けて、「でも、彼(カリムさん)はビジネスのプロだよ」と。
カリムさんを迎え、カフェは2008年6月から新たな一歩を踏み出した。カリムさんはここに来た理由を、「友人に勧められてこのカフェに来たんだ。そしたら、ものすごく良い雰囲気だった。だから来ることにしたんだよ」と話す。それまでは厨房設備も充分ではなく、それを何とかやりくりして調理していたのだが、この時に厨房も改修された。お客さんからは次のような声も聞いた。「以前からここには来てたんだよ。メニューが少ないのが問題だったんだけど、雰囲気が好きだったから。カリムさんが来てからメニューも増えたし、食事もおいしくなってよかった」。
「私が来るまで、このカフェはほとんどビジネスじゃなかった。でも、今はビジネスとして運営してるんだ。厨房のスタッフも9人雇っている」。カリムさんがこう話すように、現在カフェはカリムさんによってビジネスとして運営されている。しかし、カフェが今もコウオプとして運営されていることに変わりはない。コウオプのメンバーはボランティアとして、様々なかたちでカフェをサポートしている。毎日のように行われている音楽やアートのイベントは「FONDCA(Friends of New Deal Cafe Arts)」というボランティアグループのメンバーが担当している。「カリムさんが厨房を担当してくれるようになったおかげで、我々は経営のことを考えなくてもよくなった。だから、今は本当にやりたいことに集中できるんだ」。レイモンドさんからはこんな声を聞いた。
夕方、18時頃になるとカウンターには食事にやって来た人々の列ができ始めた。子どもを連れて食事をする人、知り合いの席に近づいて行きおしゃべりを始める人、パソコンでチェスのゲームする人。カリムさんも厨房からしきりに顔を出して、お客さんに声をかけている。人々が思い思いに過ごせる場所、そして、音楽やアートに触れることのできる場所。このような「ニューディール・カフェ」はグリーンベルトにおいて非常に重要な場所になっている。「「ニューディール・カフェ」のように人々が集まれる場所があれば、コミュニティは強くなるのよ。地域のリビング・ルームのような場所ね」。グリーンベルト・ホームズ*6)のスタッフ、ジョーン(Joan)さんはこんなふうに話している。
グリーンベルト・ファーマーズ・マーケット
「こんなのがあったらいいわよね」、「ニューディール・カフェ」での友人同士のこんなおしゃべりから生まれた活動がある*7)。「グリーンベルト・ファーマーズ・マーケット(Greenbelt Farmers Market, Inc.)」である。おしゃべりをしていた1人はキム(Kim)さん、「ニューディール・カフェ」でボランティアをしていたこともあるという女性である。
ファーマーズ・マーケットとは、近郊の農家が野菜、果物、パン、ジュース、チーズ、花などを、曜日を決めて露店で販売するマーケットであり、日本の都市ではあまり行われていないが、海外では大都市でも普及している。ファーマーズ・マーケットは新鮮な食品を生産者から直接購入することができるため、安心して食品を購入できる場所である。季節折々の食品が並ぶため、季節感を実感できる場所でもある。農家の人々にとっては、小規模であったとしても、個人で無理のない範囲からビジネスをスタートできる場所である。
グリーンベルトのファーマーズ・マーケットは6月から10月の毎週日曜日、10時から14時までルーズベルト・センター西側の駐車場で開かれている。2008年に始められたばかりのマーケットではあるが、毎週850人もが買い物にやって来る*8)。出店できるのはグリーンベルトから100マイル(≒160Km)以内の農家に限られ、2008年度は16の農家が出店していた。私たちが訪れた日のマーケットには野菜、花、パン、アイスクリーム、そして、ハロウィンのカボチャなんかも並んでいた。
生産者と直接やりとりしながら買い物できる場所、買い物にやって来た様々な人々と出会える場所、このように、ファーマーズ・マーケットは貴重な社会的接触の場所、情報交換の場所なのである。
社会的環境としての豊かさのために
グリーンベルトのカフェとファーマーズ・マーケットはとても魅力的な場所であった。このような場所が、入居開始から何十年も経た街において、なお新たに生み出されていることはとても興味深い。何よりも、地域の人々の思いが、このような具体的な場所として実現していることには驚かされる。
ここで日本に目を向けてみたい。日本でも同じような動きが起きつつある。例えば、千里ニュータウン。1962年に入居が始まった日本で最初のニュータウンである。2001年9月、千里ニュータウンに「ひがしまち街角広場」(以下、「街角広場」)というカフェがオープンし*9)、地域住民のボランティアによって運営され続けている。「ニュータウンには、みんなが何となくぶらっと集まって喋れる、ゆっくり過ごせる場所はなかったんです。そういう場所が欲しいと思ってたんですけど、なかなかそういう場所を確保することができなかったんです」。居住者のこんな思いがきっかけとなり開かれているのは、「ニューディール・カフェ」とそっくりである。
似ているのはそれだけではない。ありあわせの家具でしつらえられた空間、壁に展示された写真や絵、そこで思い思いに過ごす人々、2つのカフェで目にする光景は非常によく似ている。いずれのカフェも場所を移転していること、空き店舗を利用して開かれていること、カフェでのおしゃべりから新たな活動が生まれていることも同じである。最初の計画に固執することなく、その時々の状況に応じて、その時々でできる限りのことをやっていくこと、その積み重ねによって場所が形作られていくこと。そして、「ニューディール・カフェ」のカリムさんのように、その場所の運営に責任を持つ人、そこを訪れている人々にいつも気を配り、その場に応じて柔軟に対応する人、そんな場所の主(あるじ)とも言うべき人が存在していること。運営についてはこんな共通点があると言えそうである。
「ニューディール・カフェ」で「街角広場」の写真を見てもらった。そうすると、「Sister Café(姉妹カフェ)だ」という声があがった。アメリカにも、「街角広場」のようなカフェがあることには驚いたが、「ニューディール・カフェ」の方々も驚かれたことだろう。
カフェとファーマーズ・マーケットは、居合わせた人とちょっとしたおしゃべりができる、ゆるやかな関係が築かれる場所である。日々の生活ではあまり触れる機会のない、ミュージシャン、アーティスト、農家といった人々が生きる世界を垣間見ることのできる場所でもある。「ちょっとお茶を飲みに行こうか、食事に行こうか、買い物に行こうか」、こんなふうにして気軽に訪れることのできるお店だからこそ、このような場所が実現される。人々の暮らしを社会的に豊かなものにするためには、魅力的なお店が欠かせない。
ニューディール政策の遺産、グリーンベルト。グリーンベルトの人々は過去から継承したものを大切にしながら、かつ、今でも豊かな社会的環境を築くための新たな場所を次々に生み出している。そういえば、オバマ新大統領が誕生したアメリカでは、「ニュー・ニューディール(‘New’ New Deal)」という言葉が盛んにいわれているようである。オバマ新大統領のアメリカは、過去から何を継承し、そこから何を新たに生み出すのだろうか。
注および参考文献・資料
*1)グリーンベルトの詳細はpp106-109を参照。
*2)ルーズベルト・センターの名は、ルーズベルト大統領生誕100年を記念し、1982年に付けられた。
*3)「New Deal Café」Webサイト(https://www.newdealcafe.com)
*4)New Deal Cafe Open Sat. Nov. 5 Only, Greenbelt News Review,1994.11.03
*5)コミュニティ・センターの建物はかつて小学校であり、1997年からコミュニティ・センターとして利用されている。
*6)グリーンベルト・ホームズ(GHI=Greenbelt Homes, Inc.)の詳細はpp106-109を参照。
*7)Greenbelt Farmers Market Newsletter(Premier Edition), 2008.04
*8)Greenbelt Farmers Market Discussed with Council, Greenbelt News Review, 2008.12.04
*9)田中康裕: コミュニティ・カフェによる暮らしのケア, 高橋鷹志, 長澤泰, 西村伸也編: 環境とデザイン(シリーズ人間と建築), 朝倉書店, 2008
*Mary Lou Williamson, Greenbelt: History of a New Town, 1937-1987 (New 1997 Edition Including the Sixth Decade, 1987-1997), Donning Co. Publishers, 1997
*Cafe Business Plan, New Deal Café, 2007
*Market Handbook 2008 Season, Greenbelt Farmers Market, 2008
*「Greenbelt Farmers Market」Webサイト(http://www.greenbeltfarmersmarket.org/index.php)
*pp110-113のグリーンベルトの調査は、国土交通省の「平成20年度 住宅・建築関連先導技術開発助成事業」より助成を受けて実施した。