『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

グリーンベルト:ビジョンを継承するアメリカの郊外住宅地

ワシントンDCの北東約20kmのところにグリーンベルト(Greenbelt)という街があります。ルーズベルト大統領によるニューディール政策により開発された3つの計画住宅地「グリーン・タウン」(Green Town)の1つ。「グリーン・タウン」としては、メリーランド州のグリーンベルトの他に、オハイオ州のグリーンヒルズ(Greenhills)、ウィスコンシン州のグリーンデイル(Greendale)があります。

グリーンベルトは、エベネザー・ハワードの田園都市の考え方の影響を受け、より良い暮らしのモデルとなる街を目指して開発。1937年に第1期の住宅(885戸のBlock House、Brick House)への入居が始まりました。1941年には第2期の住宅(1,000戸のFlame House)への入居が始まりました。第2期の住宅は第二次世界大戦への従事者に対する住宅確保という目的もあり、「ディフェンス・ホームズ」(Defence Homes)と呼ばれていました。

現在、第1期、第2期にまちびらきが行われたエリア周辺にも住宅が開発され、新たに開発された地域も含めてグリーンベルト市を構成していますが、第1期、第2期にまちびらきが行われたエリアはオールド・グリーンベルト(Old Greenbelt)と呼ばれており、1997年にはアメリカ合衆国国定歴史建造物(National Historic Landmark)に指定。

第1期、第2期に開発された住宅の大半を占める1,600戸の住宅、及び、住宅のある土地はグリーンベルト・ホームズ(GHI=Greenbelt Homes Inc.)という協同組合によって管理されています。入居から既に80年以上が経過していますが、第1期、第2期の住宅は建て替えられることなく、今も住み続けられています。

少し前、久しぶりにグリーンベルトを訪問する機会がありましたので、いくつかの場所を紹介したいと思います。

グリーンベルト・ミュージアム

グリーンベルトには、街の暮らしの歴史を伝えるグリーンベルト・ミュージアム(Greenbelt Museum)があります。

グリーンベルト・ミュージアムは、まちびらき50周年記念として1987年にオープン。第1期に入居が始まったブロック造の住宅の一戸に開かれており、建物は市が所有し、市の職員であるキュレーターと、ボランティア団体(FOGM=Friends of Greenbelt Museum)によって運営されています。

住戸内は1936~1952年にかけての中流家庭の住宅の家具や電化製品などがしつらえられ、当時の暮らしが再現されています。

  • 運営日時:毎週日曜 13:00~17:00
  • 入館料:$5(学生と65歳以上は$3、6歳以下とFOGMメンバーは無料)

住宅のサービス・サイドとガーデン・サイド

グリーンベルトの住宅は、第1期、第2期の住宅とも2階建ての連続住宅で、駐車場のあるコート(Court)を囲むように、まとまりを持って配置することが基本とされています。コートはコミュニティのまとまりの単位であり、それぞれのコートには、コートの住民のまとめ役となるコート・リエゾン(Court Liaison)という役割の人がいます。

それぞれの住宅には両側から出入りできるようになっています。一方がサービス・サイド(Service Side)、もう一方がガーデン・サイド(Garden Side)と呼ばれています。
サービス・サイド側には玄関ポーチがあります。駐車場のあるコートに面しており、車がアクセスする側とされています。ガーデン・サイド側には裏庭があり、その向こうを遊歩道が通っています。
こうした住宅配置によって、人と車の動線を分ける「歩車分離」を実現すると同時に、両側からの採光や身近な自然環境という、豊かな住環境が実現されています。

木々が大きく育っており、ガーデン・サイド側はまるで森の中のような場所。ここを通る遊歩道は、コミュニティ・センター、ルーズベルト・センター、図書館など主要施設へと続いています。

遊歩道は途中で、車道の下を潜ります。車道と歩道を立体交差させることも、「歩車分離」を実現することが目的で、こうした立体交差が3ヶ所あります。

「歩車分離」のために車道を歩道を立体交差させることは、1929年に入居が始まったニュージャージー州のラドバーン(Radburn)の立体交差を参考にしたものとされています。

コミュニティ・センター

コミュニティ・センター(Community Center)はかつて小学校だった建物で、アール・デコ(Art Deco)様式の美しい建物です。

  • 開館日時:月曜~土曜:9:00~22:00 日曜:9:00~19:00

コミュニティ・センターでは年間を通して様々なプログラムが行われています。例えば、訪れた日にはクリスチャンの組織の集まり、体操、ミュージカル、フォークダンスが行われていました。

  • 10:30~13:30 Take it by Force Ministries
  • 12:00~14:00 Susan Taylor Authentic Movement
  • 15:00 Winter Youth Musical
  • 14:45~17:00 Mediterranean + Beyond Folk Dancing

様々なプログラムが行われていることは、廊下の掲示板からも伺えます。掲示板には、アート・プログラム、コミュニティ・プログラム、シニア・プログラムの3つに分けて、様々なプログラムが紹介されています。

グリンーベルト・ミュージアムの展示室

コミュニティ・センターにはグリーンベルト・ミュージアム(Greenbelt Museum)の展示室もあります。

  • 開館日時:月曜~土曜 9:00~22:00/日曜:10:00~19:00
  • 入館料:無料

第1期の住戸に開かれているグリーンベルト・ミュージアムでは、まちびらき当初の暮らしが再現されているのに対して、コミュニティ・センター内の展示室では、グリーンベルトにまつわる様々な企画展示が開かれています。

訪れた時は、グリーンベルトに馴染みが深い彫刻家、レノア・トーマス・ ストラウス(Lenore Thomas Straus)を取り上げた「The Knowing Hands That Carve This Stone: The New Deal Art of Lenore Thomas Straus」という展示が開かれていました。

ニューディール政策では、公共事業促進局(WPA=Works Progress Administration、後に Work Projects Administrationと改称)により、アーティストに職を提供するための事業も行われました。レノア・トーマス・ ストラウスの作品もこの事業により制作され、グリーンベルトに設置されています。
なお、WPAによる事業は、後にパブリックアートを生み出すにつながったとも言われています。

パブリックアートのレリーフ

コミュニティ・センターのエントランスの上部と、建物壁面には、レノア・トーマス・ ストラウスのレリーフが設置されています。これらは、アメリカ合衆国憲法の前文(Preamble)の理念を表現したものです。

図書館

コミュニティ・センターの隣にあるのが図書館図書館(郡立図書館のグリーンベルト分館・ Prince George’s County Memorial Library, Greenbelt Branch)。図書館内には、グリーンベルトに関する貴重な資料や、世界の田園都市、ニュータウンに関する書籍などのある「タグウェル・ルーム」(Tugwell Room)という歴史資料室があります。

ルーズベルト・センター

各種の店舗、銀行、映画館、クリニックなどが集まるタウンセンターは、ルーズベルト・センター(Roosevelt Center)と呼ばれています。タウンセンターはまちびらき時からありますが、一時、寂れていた時期もあったとのこと。その後、大統領の生誕100周年を記念して、1982年にタウンセンターはルーズベルト・センターと名付けられています。現在、外観はほぼオリジナルの状態に戻されています。

広場の一画には、レノア・トーマス・ ストラウスの作品である母子像が、人々を見守るように設置されています。

ルーズベルト・センター西側の駐車場。この駐車場では、春から秋にかけて、毎週日曜日にグリーンベルト・ファーマーズ・マーケット(Greenbelt Farmers Market)が開かれています。

ニューディール・カフェ

ルーズベルト・センターの広場に面して、協同組合で運営されているニューディール・カフェ(New Deal Café)というコミュニティ・カフェが開かれています。

ニューディール・カフェができるまで、グリーンベルトには、地域の人たちが話をしたり、情報交換したりできる場所として、食料雑貨店の通路やガソリンスタンドぐらいしかなく、そこは落ち着いて議論したり、チェスをしたりできるような場所ではなかった。だから、地域の人たちで集まれる場所が欲しい。
ニューディール・カフェは、このように考えた何人かの人々の思いをきっかけとして1995年にオープン。今年(2020年)でオープンから25周年を迎えます。

ニューディール・カフェは、1995年12月のオープンから2000年までコミュニティ・センターで運営されていました。
2000年にルーズベルト・センターに移転し(広場に面したフロント・ルーム)、フルタイムのカフェとしての運営をスタート。2005年には隣接する空き店舗も借りることで(バック・ルーム)、面積が2倍になりました。けれども、当時、カフェにはキッチンがなく収入を得るのが困難な状況だったとのこと。
2008年6月、4ヶ月のリノベーション期間を経てキッチンが完成、カリム(Karim)さんとの契約を結び、レストランの運営をスタート。レバノン料理を中心とする食事が提供されることになりました。しかし、カリムさんとの契約も、2016年11月30日で終了することになりました。

その後、2018年7月1日からはマイケル・ムーンさん、リア・ムーンさん夫妻(Michael and Leah Moon)との契約により、レストランの運営が始まり、現在に至っています。
ムーンさん夫妻は、2015年にビーガン料理(*卵や乳製品を含む動物性食品を一切含まない料理)のケータリングを行う「DC Vegan Catering」をスタートさせた食品起業家。知人を介してニューディール・カフェを訪問したムーンさん夫妻は、ニューディール・カフェが「コミュニティのリビングルーム」(“community living room)になっていることに特に惹かれたとのことです。

現在、ニューディール・カフェは月曜を除く週6日運営。土曜・日曜には昼食が提供されています。メニューはサラダ、スープ、サンドウィッチ、パスタ、バーガー、イタリアン・ソーセージなど。バック・ルームにあるバーではビール、ワインが販売されています。

運営日時

  • 月曜:定休日
  • 火曜~木曜:17:00~22:00
  • 金曜:17:00~深夜
  • 土曜:11:00~深夜
  • 日曜:11:00~21:00

訪問したのはお昼過ぎで、グループで食事をしている人、新聞を読んでいる人、ノートパソコンで作業をしている人などを見かけました。

広場に面したフロント・ルームは、四角いテーブルが並べられたり、カウンター内にエスプレッソマシンが置かれたりというように、以前とは家具が変わっていました。

1ヶ月のイベントを案内する掲示。定休日の月曜を含め、ほぼ毎日、何らかのイベントが行われているのもニューディール・カフェの特徴。音楽のライブが多いですが、詩の朗読、映画の上映会(Reel and Meal)なども行われていることが伺えます。


  • ニューディール・カフェの歩みは「New Deal Café」のウェブサイト、及び、Wikipediaの「New Deal Café」のページを参考にした。

協同組合のスーパーマーケット

ルーズベルト・センターの一角には、協同組合によって運営されているスーパーマーケット(Greenbelt CO-OP Supermarket & Pharmacy)があります。

グリーンベルトはまちびらき当初から協同組合の精神、つまり、「自分たちが必要とするものは、自分たちが出資して実現する」という精神が大切にされており、現在でも、ここで紹介したグリーンベルト・ホームズ(GHI=Greenbelt Homes Inc.)、ニューディール・カフェ(New Deal Café)、スーパーマーケット(Greenbelt CO-OP Supermarket & Pharmacy)に加えて、保育園(Greenbelt Nursery School)、信用金庫(Greenbelt Federal Credit Union)、地域新聞(Greenbelt News Review)、グリーンベルト・メイカー・スペース(Greenbelt Makerspace Cooperative)の7つの協同組合があります。そして、これらの協同組合の連携と、新たな協同組合設立のサポートのためにアライアンス(Greenbelt Cooperative Alliance)が設立されています。

7つの協同組合の中で最も新しいのは科学、技術、芸術、工芸に関わる活動のリソースとプログラムを提供するグリーンベルト・メイカー・スペースで、2013年4月にオープンし、2017年に協同組合になっています。ニューディール・カフェのオープンも1995年であり、近年でも新たな協同組合が設立されていることは非常に興味深いです。


久しぶりにグリーンベルトを訪問して改めて感じたのは、ビジョンが大切にされ続けている街であること。

グリーンベルトは、ニューディール政策として、より良い暮らしのモデルを目指して開発されました。当時開発された住宅やタウンセンター、小学校(現在のコミュニティ・センター)などの建物は建て替えられることなく、今でも大切に使い続けられています。協同組合の精神も大切にされ続けています。このようにハード、ソフト両面にわたって、当時掲げられたビジョンが大切にされている。
注目すべきは、グリーンベルトにおけるビジョンは、決して過去のものになっていないこと。ビジョンは、どのような街でありたいかを指し示していているという意味で現在の暮らしに根差しており、そして、将来の世代に継承していくべきものとしてある。

もしも、ビジョンが過去のものになったり、明確なものになったりすれば、その街はなし崩し的に開発、再開発されてしまう。それによって、アイデンティティを失い、継承すべき歴史も失ってしまう。近年の千里ニュータウンをめぐる動きを見ていると、このように感じます。

街が豊かな暮らしを実現するためには、ビジョンを大切にする必要がある。このことはあまり指摘されることはありませんが、非常に重要なことだと感じます。