『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

「居合わせること」がすべての始まり(未来を拓く 居場所ハウス)

*『シルバー新報』という新聞に掲載された「未来を拓く 居場所ハウス」(全5回)の第3回目の記事をもとに、一部加筆したものです。
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「居合わせること」がすべての始まり−場が持つ無限大の可能性−

「居場所ハウス」は公民館や集会所と同じでないか? と言われることがある。確かに、地域の人々が集まるという点で似ているように見えるが、「居場所ハウス」と公民館・集会所とでは人々の集まり方に大きな違いがある。公民館や集会所は、会議や教室などの予定がある時に利用する場所であり、予定がない時は鍵がかかっていることが多い。一方、「居場所ハウス」はカフェ的なスペースがオープンしている間であればいつ出入りしてもよいし、何らかの活動に参加することが求められることもない。そのため「居場所ハウス」では様々な目的をもった人々が居合わせることができる※1。そして、最初は居合わせるだけであった人同士が徐々に顔見知りになったり、思わぬ人と居合わせていたことに気づく、という状況が生まれる。

大船渡市末崎町の人口は約4,400人(「大船渡市統計書 平成25年版」)であり、父母が、祖父母が末崎町民という人も多い。そのため「私は○○さんと親戚」、「○○さんと○○さんは兄弟」という会話をよく耳にする。けれども、当然ながら全住民が顔見知りというわけではない。何十年も別の土地で暮らしていて、退職してから末崎町に戻って来たという人もおり、そういう人が居合わせた人と少しずつ顔見知りになっていくこともある。また「あぁ、○○君のお母さん。どっかで見たことあると思った」、「○○さんだよね? どこか面影あるね。○○さんの同級生でしょ」という会話のように、居合わせた人が家族や知人の知り合いだったという出会いもある。このように「居場所ハウス」がきっかけで地域の中で広がりのある関係が築かれている。

90代の女性(Aさん)と80代の女性(Bさん)も「居場所ハウス」で顔見知りになり、話をするようになった2人である。2人は頻繁に「居場所ハウス」にやって来るため、姿を見ない日が続くと周りが心配するという状況も生まれている。ある日のエピソードを紹介したい。午前中にやって来たAさんは、「最近、Bさん来ないなぁ」とBさんのことを気にかけていた。そのBさんは、Aさんとすれ違いに午後からやって来た。「Aさん、最近来てる? 昨日、Aさんの家の近くに救急車とまってたから」とAさんを案じるBさん。互いに気遣い合う2人だが、この関係は2人の中で閉じたものではなく、「居場所ハウス」で居合わせた人たちにも、2人が互いに気遣いあっていることが認識されている。

互いに気遣い合う2人と、その2人の関係を見守る周りの人々。このような広がりをもった関係は、組織化された関係に比べると弱いかもしれないが、災害時にまず一緒に行動するのは、遠くに住む同じ組織の人でなく、同じ地域に住む人々である。弱くとも広がりのある関係が築かれている地域が、災害時や災害からの立ち直りに強い地域と言えるのではないだろうか。加えて、「居場所ハウス」の周囲では現在、高台移転のための土地の造成工事が進められている。「居場所ハウス」が、周辺に新たに転居してくる人が広がりのある関係を築いていくきっかけになればと思う。

居合わせた人との会話から、思いがけない方向に話が展開していくこともある。ひな祭りを企画した時、あるスタッフが文化の継承のため「昔からおうちに伝わるなつかしのひな人形(土人形・布人形のようなものとか)を持ってる方に貸してもらい展示」したいとメモに書いたところ、メモを読んだ女性が「うちに70年前の泥人形あるよ」と言って、高田人形※2と呼ばれる今となっては貴重な土製の人形を持って来てくださった。「うちはお金持ちじゃなかったから、毎年、陸前高田の今泉の「まちの日」で、1つずつ買ってもらった」人形だとのこと。この人形を展示していたところ、それを見た別の女性も「長屋のどこかにしまってある」と高田人形を持って来てくださった。喧嘩をしないようにと、祖母が毎年、姉妹ぞれぞれに1つずつ買ってくれたとのこと。今回、何十年かぶりに長屋から出したそうで、「おひなさんも、みんなに見てもらって幸せだなぁ」と女性。
ひな祭りを企画したところ、思いがけず貴重な高田人形を展示することができた。また、高田人形にまつわる貴重な話を聞かせてもらうこともできた。

繰り返しになるが、「居場所ハウス」は公民館や集会所のように、会議や教室の時にだけ訪れる場所ではないため、様々な人々が、様々な目的をもって訪れる。時には何らかのきっかけで居合わせた人同士の会話が始まることがある。そこから広がりのある関係が築かれたり、思いがけない方向に話が展開していくこともある。地域の人々が居合わせることのできる場所があるからこそ、生み出されるものは多い。


[注]
※1:ここで言う「居合わせる」とは「別に直接会話をするわけではないが、場所と時間を共有し、お互いどの様な人が居るかを認識しあっている状況」のこと(鈴木毅「体験される環境の質の豊かさを扱う方法論」・舟橋國男編(2004)『建築計画読本』大阪大学出版会)。

※2:高田人形は「江戸時代末期から昭和30年代ころまで、農家や左官職人の副業として作られていたとされる土製の人形。胡粉(ごふん)で彩色され、魔よけの赤に白梅の模様を描いたものが多い」(『東海新報』2014年2月16日)。

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現在、「居場所ハウス」の周辺では高台移転のための造成工事が進められている

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展示された高田人形を見ながら、思い出話をする人々