『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

高齢者になっても教え・教わる存在(未来を拓く 居場所ハウス)

*『シルバー新報』という新聞に掲載された「未来を拓く 居場所ハウス」(全5回)の第2回目の記事をもとに、一部加筆したものです。
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高齢者になっても教え・教わる存在−人は学び変わり続ける−

2013年6月に、岩手県大船渡市末崎町にオープンした「居場所ハウス」では、「高齢者が知恵と経験を活かせること」*を大切な理念としている。高齢者が医療や介護サービスを受けるだけでなく、これまでの生活で身につけた知恵と経験を活かしながら、「居場所ハウス」の運営やより良い地域作りのための役割を担えること、そして、住み慣れた地域に少しでも長く住み続けられるようにすること。このことを大切にしながら、「居場所ハウス」の運営は行われている。

食事には心身の健康を維持したり、コミュニケーションを図ったり、文化を継承したりと豊かな意味があるが、「居場所ハウス」はカフェ的なスペースを運営しているため、地域の人々が飲食を共にすることができる。高齢者を中心とする地域の人々が、ひっつみ汁、がんづき、鎌餅(かまもち)などの郷土食を作ったり、差し入れたりしてくださることもある。
ある日、近くに住む女性が「かぼちゃけ」(カボチャと小豆ともち米が入ったお粥)という郷土食を作ってくださった。「子どもの頃食べたけど。50年は食べてない」と80代の方が話すように、最近ではほとんど食べなくなったようで、若い世代のパートスタッフは「作ったことも、食べたこともない」と言って、どのように料理するのか興味をもって覗きこんでいた。できあがったカボチャのお粥を食べながら「オラ、初めて食べた。子どもの頃出されたけど、ドロドロして見かけが悪かったから、嫌だと言って食べなかった」という思い出話も。こうした思い出は、普段は思い出すことがなくても、何らかのきっかけがあれば溢れるように蘇ってくる。別の郷土食である鎌餅作りが行われた時には、「昔の鎌餅はごろっと大きくて。黒砂糖だけだったけど、今は贅沢なってね、味噌だのクルミだの入ってる」、「昔は、余ったご飯を入れて作った。ご飯入れると、いつまでも皮が柔らかい」、「鎌餅は簡単に作れるから、昔は、子どもが遊びから帰って来たり、大人が野良仕事から帰って来た後、夕食ができるまでの間に食べてた」などの思い出を話してくださる方もいた。いずれも、地域での暮らしにまつわる貴重な記憶である。
カフェ的なスペースを運営していると言っても、「居場所ハウス」は商業施設でないため、来訪者が食べ物を差し入れたり、厨房で料理したりする。そのため、来訪者から郷土食の作り方を教わることが日々の運営の中で行われることがある。また、飲食を共にできるから、郷土食にまつわる貴重な話を聞くこともできる。このように、高齢者から知恵や技術、生活の記憶を継承することは、「居場所ハウス」が担いうる大きな役割である。

けれども高齢者は、知恵や技術を若い世代へ教えるだけの存在ではないことを、「居場所ハウス」の人々は気づかせてくれる。郷土食の「がんづき」作りの教室を開催したことがある。地域には長年、自分なりのやり方で「がんづき」を作ってきた人も多いが、もっと上手く作れるようになりたいと教室に参加した人もいた。何人かの参加者は、「復習しないと忘れるから」と言って、「居場所ハウス」で一緒にがんづきを作り、みなに振る舞ってくださった。

2014年の5月から、末崎町に住む高校生のSさんから、新日本舞踊を教わる「おどり教室」が始まった。Sさんは子どもの頃から習っている踊りを通して、地域に貢献できないか。こうした話から始まった活動である。「おどり教室」は月に1~2回ずつ開催されており、参加者は孫のようなSさんから休憩を挟んで1時間ほど新日本舞踊を教わっている。これまでの参加者の中で最年長だったのは90代の女性で、Sさんの曽祖父が同級生だとのこと。「おどり教室」の参加者の何名かは、せっかく教わった踊りを忘れないようにと、自主的な練習会も行っている。
何かを教えるというと、歳上から歳下に教えるというイメージがあるが、「おどり教室」は教え/教わるという関係が年齢に関わらず成立すること、何歳になろうとも新しいことを学べることを気づかせてくれる。また、復習のためにがんづきを作ったり、おどりを自主的に練習したりするというように、「居場所ハウス」では教室が1回だけで完結するのでなく、教室で新たなことを教わった経験が、次へつながるコミュニケーションのきっかけにもなっている。

何歳になっても教えたり、教えられたりできる関係を持ちながら、生活していくこと。これが、高齢者が住み慣れた地域で、豊かに住み続けることだと言える。こうした関係を実現するためには、豊かな知恵や経験をもった完成された存在としてだけでなく、新たなことを学びながら、変わり得る存在でもあるというように、高齢というものに対する眼差しを変えることが求められる。


[注]
*ワシントンDCの非営利組織「Ibasho」が提唱する理念の1つ。「Ibasho」の理念はこちらを参照。

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郷土食のカボチャのお粥を作る女性。パートスタッフが後ろから興味津々で覗きこんでいる

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地域に住む高校生が講師をつとめる「おどり教室」