『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

実家の茶の間・紫竹:目指すべき姿を共有すること

2017年4月17日(月)、新潟市東区にある「実家の茶の間・紫竹」を訪問させていただきました。

「実家の茶の間・紫竹」は、新潟市が「地域包括ケア推進モデルハウス」として位置づける場所で、空き家を活用し2014年10月18日にオープン。河田さんが代表をつとめる任意団体「実家の茶の間」と新潟市との協働で月曜・水曜の週2回の運営が行われています。
12〜13時頃まで食事が行われる以外は、決まったプログラムはなく、訪れた人々は特定の目的がなくても訪れ、思い思いに過ごせる場所。以前の記事に紹介した通り、一人ひとりが集団の中の一人としてではなく個人として居られる、けれども、個人と個人は決して孤立して過ごしているわけではないという、言わば「個人として、孤立せずに居られる」状態が実現されています。目指されているのは、河田さんの表現を借りれば「矩を越えない距離感」を大切にする関係を築くこと。
ただし、「実家の茶の間・紫竹」で最終的に目指されているのは、「実家の茶の間・紫竹」という空き家を活用した居場所/茶の間を居心地のよい場所にすることではなく、「実家の茶の間・紫竹」で築かれた「矩を越えない距離感」が大切にされる関係を地域に広げることで、困った時は助け合える地域を実現することです。

特定の目的がなくても訪れ、思い思いに過ごせる場所は、何もしないで自然に実現されるわけではない。「実家の茶の間・紫竹」では、このような場所を実現するために数多くの配慮がなされていることを見落としてはなりません。
少しでも気軽に中に入ってもらうため天候に関わらず玄関の戸は常に開けておくこと、「その場にいない人の話をしない(ほめる事も含めて)」、「プライバシーを訊き出さない。」、「どなたが来られても「あの人だれ!!」という目をしない。」という約束事を掲示しておくこと、食器を洗わせて申し訳ないという思いを抱かせないよう紙コップに名前を書いて使うこと、ゆっくり食事ができるよう最後の1人が箸を置くまで食器を片付け始めないこと。河田さんらが「まごころヘルプ」(1991年〜)、「地域の茶の間・山二ツ」(1997年7月〜)、「うちの実家」(2003年〜2013年3月)など新潟市における30年近くの活動を通して作りあげてきた方法論が「実家の茶の間・紫竹」でいかされています。

方法論の1つに、テーブル配置があります。いつも同じ人が同じ席に座ると、仲間同士は楽しいかもしれないが、他の人に居心地の悪い思いをさせてしまう。そのような仲間同士のサロンはだんだん衰退していってしまう。これを避けるため、「実家の茶の間・紫竹」ではテーブル配置を意識的に変えることが行われてきました。
しかし、先日訪問した時に河田さんから聞いたのは、最近はテーブルを動かさなくなったという話。訪れた人が、固定席を作らないように動き始めたのがその理由であり、ものすごく大きな変化だと。

この話を聞いて、居場所/茶の間のための方法論はそれぞれ大切なものだけれど、そこで何を目指すのかという姿を見失ってはならないことに改めて気づかされました。
もしも、訪れた人が動き始めたことに気づかずに、いつまでもテーブル配置を変えていたなら、固定席はできないが、人々を受動的にしてしまう恐れがある。そして、人々が受動的であれば、いつまでたっても「矩を越えない距離感」が大切にされる関係は地域には広がっていかない。
「実家の茶の間・紫竹」ではテーブル配置を変えないようにするという対応がなされたのは、現場にいるから人々の変化を見落とさなかったからであり、目指すべき姿が明確であったから。

上に書いた通り、「実家の茶の間・紫竹」は新潟市が「地域包括ケア推進モデルハウス」の最初の居場所/茶の間として開いた場所で、現在、新潟市では市内全区に「実家の茶の間・紫竹」の成果をふまえた「地域包括ケア推進モデルハウス」の開設が行われつつあります。
「地域包括ケア推進モデルハウス」の展開を考える上で、「実家の茶の間・紫竹」は偶然生まれた場所でないことがポイントです。
「実家の茶の間・紫竹」は河田さんらが新潟市から「うちの実家」の再現依頼を受けて開かれた場所。「矩を越えない距離感」が大切にされる関係を築いていくための拠点であるという目的が明確とされ、河田さんらが生み出してきた方法論がいかされています。「矩を越えない距離感」が大切にされる関係の価値をもをもって経験できると同時に、様々な方法論がどのように有効かの検証もできるという意味で、「実家の茶の間・紫竹」は学び、気づきを与えてくれる宝庫なのだと思います。