『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

実家の茶の間・紫竹:個人として、孤立せずに居られること

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新潟市にある「実家の茶の間・紫竹」(新潟市東区)を訪問させていただきました。新潟市が地域包括ケア推進モデルハウスとして位置づける場所で、新潟市ではモデルハウスの成果をふまえ、市内全区に同様の場所に開設する計画だとのこと。
「実家の茶の間・紫竹」は河田さんが代表をつとめる任意団体「実家の茶の間」と新潟市との協働で運営。新潟市は開設の準備費用、毎月の家賃、光熱費を負担。日々の運営は「実家の茶の間」のメンバーらが担っておられます。

「実家の茶の間・紫竹」のオープンは2014年10月18日ですが、河田さんは25年以上にわたって様々な活動を続けてこられた方。1991年から会員制の有償の助け合い活動である「まごころヘルプ」を、1997年7月から山二ツ会館で毎月第3日曜に「地域の茶の間」を、そして2003年から空き家を活用して常設型の「うちの実家」をスタートさせています。「うちの実家」は10年間の活動を経て、2013年3月で活動を終了しましたが、新潟市から「うちの実家」を再現して欲しいという依頼を受けたスタートしたのが「実家の茶の間・紫竹」。「実家の茶の間・紫竹」は河田さんらのこれまでの活動の蓄積の上に成り立っていると言えます。

「実家の茶の間・紫竹」は毎週月曜・水曜の週2回、10時〜16時までオープン。参加費は300円で、昼食を食べる場合は追加で300円(ただし昼食は事前の予約は不要)。
建物は築約45年の木造2階の一戸建て住宅を改修されたもの。来訪者は玄関に置かれたノートに名前を記入し、参加費・昼食費を箱に入れて中に入ります。やって来る人のバリアとならないよう、オープンしている時間帯は暑い日でも寒い日でも、常に玄関の扉は開け放たれているとのことです。

「実家の茶の間・紫竹」を訪れた時、みなが過ごす10畳、10畳、7.5畳、4.5畳の4部屋が一続きとされた部屋に入ると、30〜40人ほどの人々が過ごしている光景が目に飛び込んできました。高齢の方が中心ですが、夏休み中だということで子どもたちの姿も。
12時から13時頃までは食事の時間ですが、それ以外の時間帯は決まったプログラムは行われていません。訪れた人々はお茶を飲みながら話をしたり、オセロで対戦したり、書道をしたりと様々なことをして過ごしていました。子どもたちは玩具で遊んだり、廊下を走り回ったり、宿題をしたり。
このように多世代の多くの人々が過ごしている場所というのは個人的にはあまり経験がありませんが、「実家の茶の間・紫竹」という名前の通り、お正月に親戚が集まった時の感じに近いかもしれません。

代表の河田さんの話で一番印象に残っているのは、「実家の茶の間・紫竹」では1人きりになっている人がいないかどうか? その人が1人の状態を楽しんでいるかどうか? を常に意識していて、もし1人っきりになっている人がいたら声をかけたり、話をする人を見つけるようにしていると話されていたこと。この話を伺い、「実家の茶の間・紫竹」では、過ごしている一人ひとりが、集団の中の1人としてではなく個人として居られるようにすること、けれども、個人と個人は決して孤立して過ごしているわけではないこと。「個人として、孤立せずに居られる」場所を実現することを意識されていると強く感じました。

部屋に入る時は「今日は誰がいるのかな?」「自分が入ってもいいのかな?」と少なからず不安を抱くもの。だから自然に入れるようにするために、部屋に入ってきた人に対して視線が集中しないようにテーブルの配置・座り方を工夫すること。「食器を洗わせて申し訳ない」という気持ちを抱かせないように紙コップを使うこと。仲間同士のサロンになったらその場所は衰退するから、「こっち、こっち」と手招きして仲間同士で固まったり、仲間同士が電話で待ち合わせをして集まるのを禁止すること。訪れた人はそれぞれやりたいことが違うから、画一のプログラムに参加させるのではなく好きなことをして過ごせるよう、オセロ、将棋、書道の道具など何でも揃えておくこと。食べるのが遅い人でもゆっくりと食事ができるよう、最後の1人が箸を置くまで食器の片付けを始めないこと。室内には「その場にいない人の話をしない(ほめる事も含めて)」、「プライバシーを訊き出さない。」、「どなたが来られても「あの人だれ!!」という目をしない。」という決まり事が書かれた紙も貼られています。これらは全て「個人として、孤立せずに居られる」場所を実現するための配慮だと感じました。

「実家の茶の間・紫竹」では、みな思い思いに、自然体で過ごされているように見えました。しかし何もせずにその状態が実現しているわけではなく、その背後では数多くの配慮がなされている。大袈裟な表現かもしれませんが、個人の尊厳を大切にするとはこのようなことを言うのではないかと思います。

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河田さんの話を聞いて、表現は違えど「まちの居場所」を実践されている方から聞いた話を通ずるものがあるなと思いました。
例えば、「ひがしまち街角広場」(大阪府千里ニュータウン)のAさんの「ここに入るボランティアは、みな裃脱いで、肩書き脱いで、個人として入りましょうということにしました」、「来る人も普段着で来る、その普段着同士の付き合い、フラットな、バリアフリーのつきあい、それがあそこではいいんだと思うんですね」という言葉、「親と子の談話室・とぽす」(東京都江戸川区)のSさんの「お互いにそれぞれが自分のところに座ってて、誰からも見張られ感がなくゆっくりしてられる。だけども、「何か困った時があったよね」って言った時には側にいてくれる。そういう空間って必要だなと思ってね」という言葉(ここにあげた河田さん、Aさん、Sさんはみな70代の女性というのも興味深いです)。

2000年頃から「まちの居場所」(コミュニティ・カフェなど)が各地に同時多発的に開かれていますが、これらの発言に現れているように、地域の一人ひとりが集団の中の1人としてではなく、個人として居られること。けれども、その個人は決して孤立した存在として居るのではないこと。
こうした個人が尊厳をもって居られる関係を築こうとすることが、「まちの居場所」が実現しようとする最大の価値ではないかと。「まちの居場所」は確かに介護予防、孤立防止、防災などにつながります。けれども、個人が尊厳をもって居られるという部分が抜け落ちてしまえば、そこでの関係は簡単にサービスする側/される側という固定された関係に陥ったり、その関係への依存が生まれてしまうのだということを考えさせられました。

(更新:2017年4月21日)