『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

自分の役割がある場所:居場所ハウスのクルミむき

岩手県紫波町の来迎寺の方より、クルミとリンゴをいただきました。
何年か前、末崎町碁石地区にある鱗祥寺の方がお寺巡りとして、来迎寺を訪問したのがきっかけで、末崎町との関わりができたとのこと。それ以来、毎年「居場所ハウス」にクルミを送ってくださっています。


「居場所ハウス」では早速クルミの殻むきを始めました。クルミを金槌で叩いて割り、竹串で中身を取り出します。
作業は「居場所ハウス」の当番の方、来訪者の方が一緒になって進めていますが、中には「クルミの殻むきに来た」と言ってくださる高齢の女性がいるなど、自ら作業を担当してくださる方もいます。

なぜ、作業をすると自ら言ってくださるのか。それは、自分が誰かの役に立てる(と実感できる)具体的な役割があるからだと考えています。
居場所とは自分が受け入れられる場所という意味もありますが、同時に、自分にできる役割を担うことで、ある場所が居場所になるという側面があることも忘れてはならないことです。

こうした場所(居場所)を成立させる上で、「居場所ハウス」のクルミむきで重要なのは、次の2点だと考えています。

  • サービスを提供する側/提供される側という完全に固定的な関係になっていないこと。言い換えれば、訪れた人が「お客さん」として過ごすだけではないこと
  • 作業は自分たちで楽しむ娯楽・消費ではなく、誰かの役に立てると実感できるものであること

殻むきをしたクルミは、朝市でも販売予定です。