『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

ニューアーバニズム@アメリカのケントランズから

ニューアーバニズム

アワニー原則・ニューアーバニズム憲章

アメリカでは、1980年代になると自動車に依存した郊外住宅開発に対する批判から、ニューアーバニズムが提唱されるようになりました*1)。1991年、ヨセミテ国立公園内のホテル「アワニー」で約百名の地方公共団体幹部が参加するニューアーバニズム会議が開催されました。この会議で、ピーター・カルソープ、マイケル・コルベット、アンドレス・ドゥアーニ、エリザベス・プラター・ザイバーク*2)、ステファノス・ポリゾイデス、エリザベス・モールの6人の建築家によりアワニー原則(The Ahwahnee Principles)が起草されました(川村健一・小門裕幸, 1995)。

「米国の抱える社会問題は、コミュニティの崩壊によってもたらされたものである。このコミュニティ崩壊の原因は自動車に過度に依存したエネルギー大量消費型の町づくりのなかにあるとする。彼らはその解決策として、自動車への依存を減らし、生態系に配慮し、そして何よりも人びとが自分が住むコミュニティに強いアイデンティティ(自己同一感)が持てるような町の創造を提案している。
アワニー原則では、このような町の実現のために遵守すべき事項を、①コミュニティの原則、②コミュニティよりも大きな区域であるリージョン(地域)の原則、そして、③これらの原則を実際に適用するための戦略、に分けて記されている。」(川村健一・小門裕幸, 1995)*3)

1996年の第4回会議においてニューアーバニズム憲章(Charter of the New Urbanism)が採択されました。ニューアーバニズム憲章には次のようなことが書かれています*4)。

「ネイバーフッドは用途も住む人も多様であるべきだ。コミュニティは自動車にたいしてと同じように、歩行者と公共交通機関のためにデザインされるべきである。都市や町々は物理的な境界領域をもち誰もが利用できる公共空間とコミュニティ施設でかたちづくられるべきである。都市空間は、その土地の歴史や風土、生態系、培われた工作技法をたたえる建築や造園デザインでかこまれるべきである。」

「私たちは幅広い市民各層を代表する、公共および民間の指導者、コミュニティ活動家、多方面にわたる専門家で構成されている。私たちは市民を基盤にした参加型計画とデザインをつうじて、建築芸術とコミュニティづくりの密実な関係の再構築に自発的にかかわる。」(井出建, 2001)
※『家とまちなみ』No.43に掲載の日本語訳より。

また、「大都市圏での開発や再開発の基本的要素」として、ネイバーフッド、ディストリクト、回廊(コリダー)の3つがあげられ、「これらの要素により地域を個性的にかたちづくり、市民が自ら進んで責任を持ち維持や改善にあたるようにする」ことも記されています。
「市民を基盤にした参加型計画とデザインをつうじて」、「市民が自ら進んで責任を持ち維持や改善にあたるようにする」と書かれているように、ニューアーバニズム憲章は物理的に建築や街をどう作るかだけでなく、人々が建築や街にどのように関わるかという側面にも言及したものとなっています。

ピーター・カルソープによるTOD(公共交通指向開発)

ニューアーバニズムの基本理念を体現した都市づくりのコンセプトの1つとして、ピーター・カルソープが提唱するTOD(Transit-Oriented Development:公共交通指向開発)があります*5)。TODは、駅と中心商業地から平均歩行距離が約600mの範囲内に開発された複合的コミュニティで*6)、徒歩で行ける範囲内に住宅、店舗、オフィス、オープンスペース、公共施設が複合的に配置されます。
TODでは「歩行者に配慮した環境づくり」が重視されますが、TODでは費用がかかる歩車分離の二重の街路システムではなく、快適で楽しくて安全な歩行空間としての街路を推奨するもので、ラドバーン方式の歩行者専用の緑道とは逆の考え方をとるものとされています(ピーター・カルソープ, 2004)*7)。

ニューアーバニズムと伝統的近隣住区開発

ケントランズ(Kentlands)

メリーランド州モンゴメリー郡のゲイザースバーグ(Gaithersburg)にあるケントランズ(Kentlands、ケントランドと表記されることもある)はニューアーバニズム(New Urbanism)の思想によって開発された計画住宅地で、1989年から建設が始まり、1991年から入居が始まりました。

ケントランズに対しては、「ニューアーバニストによるプロジェクトの中で最も大きく、最も成功していると言っても過言ではない」*8)と評価されることもあります。

ケントランズ・コミュニティ財団(Kentlands Community Foundation)の「OUR HISTORY」のページには、「ニューアーバニズムと伝統的近隣住区開発(Traditional Neighborhood Development)の原則」として次の9つの項目が掲載されています。

  • 歩きやすさ(Walkability)
  • 接続性(Connectivity)
  • 用途の混合(Mixed-Use)
  • 多様な住宅(Diverse Housing)
  • 高品質の建築と都市デザイン(High-Quality Architecture and Urban Design)
  • 密度の増加(Increased Density)
  • 伝統的近隣住区の構造(Traditional Neighborhood Structure)
  • 持続可能性と環境の質(Sustainability and Environmental Quality)
  • スマートな交通機関(Smart Transportation)

自動車ではなく、歩きやすさや公共交通機関の利用のしやすさが大切にされていること、均質な住宅が疎らに建ち並ぶのではなく、多様な住宅や用途が混ざった建物がある程度の密度を持って建ち並ぶこと。これは伝統的な街の特徴であると同時に、持続可能な街の姿でもある。あげられている9つの項目からは、ニューアーバニズムが目指す街についてこのような姿が浮かび上がってきます。

実際にケントランズを歩いて感じたのは、ケントランズはこの9つの項目をほぼ満足するものの、自動車に依存した暮らしが完全には脱却できていないという印象を受けました。具体的には、確かにケントランズ内は歩きやすいが、公共交通機関が発達していないため、通勤や買い物のためには自動車が必要になるということです。

ただし、UberやLyftのライドシェアという新たなタイプの交通機関が浸透したり、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を契機としてテレワークが浸透したりすることで、自動車に対する関わり方は変わっていく可能性があるかもしれません。

ケントランズの入居が始まったのは1991年ですが、同じ年には、ケントランズの開発に携わったドゥアニー・プラター=ザイベック(DPZ)らによってアワニー原則が提唱されています。その後、1996年にはニューアーバニズム憲章としてまとめられています。

ニューアーバニズムと伝統的近隣住区開発(Traditional Neighborhood Development)の原則

以下はケントランズ・コミュニティ財団(Kentlands Community Foundation)の「OUR HISTORY」のページの翻訳です*9)。

歩きやすさ(Walkability)
買い物、サービス、学校、レクリエーションなど、日常に必要なほとんどのものは自宅や職場から徒歩5分から10分以内の距離にあること。歩行者に優しい(Pedestrian-friendl)デザインには、通りに近い建物、フロントポーチ、連続的な樹木の覆い、路上駐車(on-street parking)、人目につかない駐車ロット(hidden parking lots)、裏道から出入りするガレージ(garages relegated to rear lanes)などがある。狭い通り、伝統的な車道の特徴(フォーク、三角形、互い違いの交差点(staggered intersections)、ロータリー、縁石のバンプ(curb bump-outs)など)、路上駐車は穏やかな交通のために用いられる。小学校、託児所、レクリエーション施設は、徒歩や自転車で容易にアクセスできるように配置、配列される。子ども用の遊び場(tot-lots)や緑地から、球技場やコミュニティ・ガーデンまで、様々な公園が近隣住区に分散して配置されており、小さな遊び場(playgrounds)もそれぞれの近近隣住区内に均等に分散して配置される。

接続性(Connectivity)
相互に接続された通りのグリッド・ネットワークは、ほとんどの通りを狭くするのを可能にすることによって、交通を分散、低速化し、歩きやすさを向上させる。自然条件によって要求されない限り、クルドサック(袋小路)は避けられる。通りと小道(path)の相互接続されたネットワークは、歩くことを症例し、自動車での移動の回数と距離を減らし、エネルギーを節約し、全ての移動を快適で、気持ちよく、興味深いものになるようにデザインされる。

用途の混合(Mixed-Use)
店舗、オフィス、アパートメント(apartments)、住宅、レクリエーション、施設のミックスにより、近隣住区やブロック内、建物内での用途の混合(Mixed-Use)が奨励される。

多様な住宅(Diverse Housing)
多様な種類、居住権(tenures)、サイズ、価格の住宅が、多くの場合同じブロック内に、近接して配置される。住宅は裏庭に、一般的にはガレージの上に、補助的な住戸を置くことが許可される。アフォーダブル・ハウジング(低所得者向け住宅)は市場価格の住宅に見えるようにデザインされており、隔離されておらず、大量に集められることもない。住宅のミックス(housing mix)は様々な年齢、民族、収入の人々を日常の交流にもたらす。

高品質の建築と都市デザイン(High-Quality Architecture and Urban Design)
デザインは美学、人間の快適さ、場所の感覚(sense of place)を強調する。市民の建物や公共の場所は、コミュニティ内のランドマークとして重要な(prominent)場所に配置される。通りは建物の前面か公道(public tracts)に面し、ほとんどの眺望は公道(public tracts)、自然(natural feature)、通りの逸れ(deflection in the street)、注意深く配置された建物を終点とする。小売店はセットバックせず、歩道に直接面している。住宅は、出窓、バルコニー、玄関先のポーチ(stoop)、オープン・ポーチ、日除け、アーケードなどを有し、通りに比較的近い位置に配置される。ほとんどの住宅区画には裏道から駐車場にアクセスすることができ、通りからのアクセスが必要なガレージは住宅の前から離されているかセットバックしている。

密度の増加(Increased Density)
住宅、店舗、サービス、雇用が互いに近接していることで、オープン・スペースを保全し、歩行を奨励し、公共の費用を削減し、そして、地域のアメニティ、ビジネス、公共交通機関を支えるのに十分な規模を提供する。近所が近いこと(close neighbors)で自然に社会的な交流を育み、ランドスケープや庭園を加えることで周辺環境を美化し、集団の安全のためにお互いを見守る。

伝統的近隣住区の構造(Traditional Neighborhood Structure)
近隣住区には識別できる中心とエッジがある。商業活動と住宅密度は近隣住区の中心に向かって増加し、オフィス・スペースは複合用途(mixed-use)の建物に入居する。それぞれの近隣センター(neighborhood center)にはスクエア、プラザ、緑地などの市民のスペース(civic space)があり、市民の建物(civic building)のために少なくとも1つの重要な(prominent)場所が確保されている。

持続可能性と環境の質(Sustainability and Environmental Quality)
開発、建設、運営は環境への影響を最小限に抑えるようにデザインされる。湿地、湖、小川などの重要な自然の特徴は、裏庭で私有化されるのではなく、これらに面するパブリックスペースと大通りをデザインすることで保全され、祝福される。計画は、必要な地ならし(grading)の量を最小限に抑えるため、地形にあわせて調整される。敷地は、緑地や公園を樹木の保護区として配置することで、標本木(specimen trees)を最大限保存するように開発される。オープンスペースは、近隣住区を通る緑地帯か、近隣住区内の緑道(greenways)として、連続的な自然の回廊(corridors)によって接続される。歴史的な建物、地区、景観の保存と更新により、都市社会の継続性と進化を確認することができる。

スマートな交通機関(Smart Transportation)
質の高い鉄道ネットワークが都市と町(cities and towns)を結ぶ。近隣センターには、交通機関を待つための威厳のある場所(dignified places)がある。土地のデザインの全ての要素は、様々な日々の交通機関を奨励する。

(翻訳ここまで)


■注

  • 1)大川陸(2001)はニューアーバニズムについて、以下で紹介する6人の建築家などが「それぞれの取り組んできたプロジェクトの計画理念、計画技術などに共通性を認め、その共通の目標を総称して名づけた名称」であり、「複数の人による個別の試みが統合化されつつ成長した、計画思潮、計画手法でもあり運動でもあるという側面を持っている」と指摘している。
  • 2)アンドレス・ドゥアーニ(Andres Duany)とエリザベス・プラター・ザイバーク(Elizabeth Plater-Zyberk)夫妻は、2人の頭文字をとってDPZと呼ばれる。
  • 3)アワニー原則の全文(日本語訳)は『家とまちなみ』No.43に掲載されている。
  • 4)ニューアーバニズム憲章の全文(日本語訳)は『家とまちなみ』No.43に掲載されている。
  • 5)TODと類似のコンセプトとして、ペデストリアン・ポケット、伝統的近隣地区開発(Traditional Neighborhood Development:TND)、アーバン・ビレッジ、コンパクト・コミュニティなどがある(ピーター・カルソープ, 2004)。
  • 6)平均半径600mは、「大半の人にとって「快適な歩行距離」(10分前後)という程度の意味」であり、「快適な歩行距離は、地形、天候、幹線道路や高速道路による干渉、そして他の物理的環境の特質等により影響を受ける」。そのため、適正なTODの規模は「環境条件により少し大きくなったり小さくなったりする」と指摘されている(ピーター・カルソープ, 2004)。
  • 7)ただし、ニューアーバニズムが必ずしもラドバーンで採用されたクルドサック(袋小路)を否定するわけではない。川村健一・小門裕幸(1995)によれば、「各設計家の違いが最も端的に表われているのが、クルドサックとグリッドシステムと呼ばれる道路システム」であり、「コルベットはクルドサックを、カルソープとDPZはグリッドシステムを支持している」と指摘している。
  • 8)Wikipedia「Kentlands, Gaithersburg, Maryland」のページ。
  • 9)ケントランズ・コミュニティ財団(Kentlands Community Foundation)の「OUR HISTORY」のページには、道に関するいくつかの表現が出てくるため、次のような訳語をあてた。
    ・thoroughfare:大通り
    ・street:通り
    ・roadway:車道
    ・sidewalk:歩道
    ・path:小道
    ・greenway:緑道

■参考文献

(更新:2022年10月12日)