『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

TOUCHpoint@AMK 433:シンガポールの団地におけるエイジング・イン・プレイスの拠点

シンガポールでは、国民の約8割がHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)が開発する住宅に住んでいると言われています。ここで紹介するアン・モ・キオ(Ang Mo Kio)はダウンタウンの北に位置。最初のHDBが完成したのは1975年と、古くからHDB(Housing and Development Board:住宅開発庁)によって開発されてきた街。HDBが1992〜2024年まで用いていた分類では「成熟した団地」(Mature estate)に分類されています。

アン・モ・キオで、TOUCHpoint@AMK 433(タッチポイント@アン・モ・キオ433)という場所を見学する機会がありました。

TOUCHpoint@AMK 433

TOUCHpoint@AMK 433は、TOUCH Community Services(タッチ・コミュニティ・サービス)が、2019年6月2日にHDBアン・モ・キオ(HDB Ang Mo Kio)433号棟の1階部分に開いた場所です。*1)

TOUCH Community Servicesは非営利のチャリティ団体として1992年に設立され、子ども、若者、家族、特別なニーズを持つ人々、高齢者などの人々をサポートする活動を続けてきた団体です。2015年10月からコミュニティ・イネーブルメント・プロジェクト(Community Enablement Project:CEP)というプロジェクトを始めています。CEPは安全で相互依存的、刺激的なコミュニティを構築し、高齢者が、ニーズやライフステージに関わらず、自宅で安全に有意義に暮らし続けることができることを目的とするプロジェクト。

TOUCHpoint@AMK 433はCEPのキーとなるプラットフォームで、エイジング・イン・プレイス(ageing-in-place)をサポートするための拠点として開かれました*2)。開設にあたっては4回のワークショップが開かれています。また、TOUCH Community Servicesが500人の高齢者を対象として行なった調査では、調査対象者の8割がが近隣に高齢者や介護に困っている人がいることを知っており、半数がボランティアを希望していることが明らかにされています。

こうして開かれたTOUCHpoint@AMK 433では、具体的には、高齢者が興味のある活動、運動やリハビリのプログラムに参加したり、健康診断を行なったり、高齢者のエイジング・イン・プレイスをサポートするためのスキルを学んだりすることが行われています。HDBアン・モ・キオ433号棟という立地は、CEPの範囲となる32の住棟から600m、徒歩で5〜8分でアクセスできることが考慮され選ばれたということです。
2021年5月にはAAC(Active Ageing Centre)に移行。AACは、近隣に住む高齢者を支援するドロップインの社会的レクリエーションセンター(drop-in social recreational centre)と説明される60歳以上の住民(高齢者)を対象とする場所。高齢者がコミュニティに関わりを持ち続けるための活動(Active Ageing activities)、追加の社会的なサポートを必要とする高齢者を支援するサービス(Befriending services)、必要に応じた介護サービスの紹介などが行われています。また、センターの活動を手伝ったり、一人暮らしの高齢者の家庭を訪問したり、高齢者のために用事を済ませたりなど、センターでのボランティアを希望する高齢者の募集も行われています*3)。

TOUCHpoint@AMK 433は、HDBの住棟のヴォイド・デッキとその周りの空間からなり、ヴォイド・デッキの一部は屋内化されています。二面がガラス張りの屋内部分は、2つの部屋に分かれており、訪れた時、1つの部屋では体操が行われていました。もう1つの部屋は、リエン財団(Lien Foundation)のジム・トニック(Gym Tonic)という、高齢者向けの筋力トレーニングのプログラムを行う部屋。こちらの部屋では、並べられた健康器具で筋力トレーニングをしたり、スタッフに血圧を測ってもらったりしている高齢者を見かけました。

TOUCHpoint@AMK 433が興味深いのは、プログラムが行われる屋内の周りに、ふらっと立ち寄り過ごせるインフォーマルな場所がもうけられており、屋内と屋外が、ウェブサイトで「リボン」のようだと表現される建築によって緩やかにつなげられていることです。

ヴォイド・デッキの一部(部屋のすぐ前)はテーブルが置かれ、一画にはキッチンも設けられています。

住棟の周りにもテーブルやベンチが置かれた小さなスペースがもうけれており、天井にはシーリングファンが設置。このような小さなスペースは木製の「リボン」のような建築によってつなげられています。

訪れた時、ヴォイド・デッキや周りの屋外のスペースでは、グループで話をしたり、1人で休憩したりする人を見かけました。通りかかった人に声をかけ、会話の輪が広がることも。ある場所に人が居ることで、通りかかった人などとのコミュニケーションがどんどんと生まれている光景を見て、「街角」という言葉を思い浮かべました。

住棟の周りは植栽がされ、一部に菜園も作られています。

ヴォイド・デッキの柱にシーリングファンのスイッチが取り付けられています。テーブルで話をしていた高齢の女性が、スイッチを切って帰っていく光景も見かけました(利用後はスイッチを切ってくださいという貼り紙はされている)。また、植栽の手入れをしている高齢の女性の姿も見かけました。
一般に施設では、メンテナンスする役割を担うのは職員ですが、これらの光景からは、高齢者は単なるサービスの受け手でなく、TOUCHpoint@AMK 433という場所をメンテナンスする側の存在になっていることが垣間見えたように思います。


TOUCHpoint@AMK 433を訪れ、商業施設の飲食店との違いについて考えさせられました。
日本のニュータウンや団地では、商店街が空き店舗になっていることがしばしば問題にされます。例えば、千里ニュータウンの「ひがしまち街角広場」は、ふらっと立ち寄れる場所を目的として、近隣センターの空き店舗を活用して開かれた場所です。
これに対して、シンガポールのHDBの街や団地では、ホーカー・センターやコーヒー・ショップという飲食店が集まった場所が多数もうけられており、住民がお茶を飲んで話をしたり、食事をしたりと、一日中多くの人が過ごしているのを見かけます。TOUCHpoint@AMK 433も、道路を挟んだ向かいの住棟にはコーヒー・ショップがあります。このようなHDBの街や団地では、「ひがしまち街角広場」のような場所は不要ではないかと思っていました。
ところが、TOUCHpoint@AMK 433の屋外で過ごしている人がいる。コーヒー・ショップは安価とは言え有料であるのに対して、TOUCHpoint@AMK 433は無料であることが理由かもしれません。この点はいつか機会があれば聞いてみたいと思いますが、TOUCHpoint@AMK 433は高齢者がサービスの受け手でなく場所をメンテナンスする側にもなれる、言い換えれば、コミュニティにおいて何らかの役割を持てることも重要かもしれないと感じています。

TOUCH Community Servicesは、TOUCHpoint@AMK 433のような場所を他のコミュニティにも広げることを考えているということでした。なお、TOUCHpoint@AMK 433を開く際には、ワシントンDCのIbashoの活動を参考にしたとのこと。岩手県大船渡市の「居場所ハウス」もその一部に含まれるため、具体的にどのような部分が参考になったのか、参考にならなかったのかについても機会があれば伺ってみたいと思います。


■注