『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

ケントランズとレイクランズ:ニューアーバニズムの思想により計画された街②

メリーランド州モンゴメリー郡のゲイザースバーグ(Gaithersburg)にあるケントランズ(Kentlands、ケントランドと表記されることもある)は、ニューアーバニズムの思想によって計画された計画住宅地。1989年から建設が始まり、1991年から入居が始まりました。
ケントランズの開発後、隣接した土地に姉妹コミュニティのレイクランズ(Lakelands)が開発されています。

現在、ケントランズとレイクランズにはあわせて8,000人以上の住民が住んでおり、「ニューアーバニストによるプロジェクトの中で最も大きく、最も成功していると言っても過言ではない」と評価されています*1)。

2020年6月16日(火)、ケントランズとレイクランズを訪問する機会がありました。まち開きから約30年が経過した計画住宅地の姿をご紹介したいと思います(ケントランズ、レイクランズの歩みはこちらの記事をご覧ください)。

ケントランズの街並み

ケントランズの住宅地エリアは南北にやや長い形状で、住宅地エリアの北東に隣接して商業エリアが、住宅地エリアの東部には人造湖があります。さらに、ケントランズの開発後、ケントランズの東隣にレイクランズ(Lakelands)という計画住宅地が開発されました。

ケントランズの住宅地エリア

ケントランズの住宅地エリアの中央よりやや北側に馬蹄形の空間があります。
馬蹄形の空間は、ケントランズの中心とも言える空間で、ケントランズ・クラブハウス(Kentlands Clubhouse)の建物があります。周りには住民専用のテニスコート、バスケットボールコート、プール、芝生の広場があります。

「ケントランズ・クラブハウス(Kentlands Clubhouse)は近隣住区の社交、管理(administrative)、レクリエーションの中心地です。クラブハウス、プール、テニスコート、芝生は近隣住区のホームオーナーズ・アソシエーション(HOA)と政府機関であるケントランズ・シチズンズ・アセンブリー(Kentlands Citizens Assembly)によって所有されており、毎日、集会、社交イベント、スポーツ、クラブなどのために住民に利用されています。」
※Kentlands Community Foundation「OUR HISTORY」のページの翻訳。

馬蹄形の空間の正面からは、中央分離帯のある大通り、ツィフェリー・スクエア・ロード(Tschiffely Square Rd)が真っ直ぐ南に走っています。大通りは路線バスの路線にもなっています。

(ツィフェリー・スクエア・ロード)

ツィフェリー・スクエア・ロードはケントランズの外周を走る幹線道路、ダーンズタウン・ロード(Darnestown Rd)につながり、ケントランズの南の正面入口となっています。
南の正面入口の近くには、ケント・ガーデンズ・サークル(Kent Gardens Cir)という円形の道路。円形の道路を囲むように小学校(Rachel Carson Elementary School)、幼稚園(Chesterbrook Academy Preschool)、ダンス教室(Legacy Performing Arts)、教会(The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)という公共施設が集まって配置されています。

住宅地エリアの東部には、かつてこの土地の所有者であったツィフェリー(Tschiffely)家、及び、ツィフェリー家から土地を購入したケント(Kent)家によって建設されたレンガ造の建物が残されています。
邸宅は、ケントランズ邸宅(Kentlands Mansion)と呼ばれる場所にリノベーションされ、レンタル施設やアートギャラリーとして、結婚式、パーティー、ビジネスなどが開催されています。納屋はゲイザースバーグ・アート・バーン(Gaithersburg Arts Barn)としてリノベーションされ、99席の劇場、アーティストのためのスタジオなどがもうけられています*2)。

(正面に見えるのがGaithersburg Arts Barn)

ケントランズには多様な様式、多様な形態の住宅が建設されています。作家・都市計画家・不動産業者のダン・リード(Dan Reed)は住宅について次のように指摘しています。

「近所の人々がお互いに知り合うことができるように、住宅同士が近くに配置することが〔5日間のブレーンストーミング・ワークショップで〕決められました。また、コロニアル洋式、ビクトリアン洋式、クラフツマン様式などの伝統的な様式がミックスされているため、一度に全て建設されたのではなく、時間をかけて建設されたかのように見えます。」
※Dan Reed「This Innovative Suburb Once Seemed Like a Failure: Why Kentlands has now become surprisingly influential」・『Washingtonian』(April, 2018)の翻訳。

大きく分類すると商業エリアの近く、住宅地エリアを南北に走るツィフェリー・スクエア・ロード(Tschiffely Square Rd)の近くというように、街の中心に近いエリアには中層の集合住宅、連続住宅(Row House)が、街の周辺には戸建住宅が並んでいます。

ケントランズ・マーケット・スクエアに隣接する敷地には、高齢者向けの集合住宅(Kentlands Manor Senior Apartments)。

このようにケントランズには多様な住宅が見られますが、全ての住宅は中層・低層であり、高層の住棟は見られません。

住宅地エリアの道路は、典型的な郊外型のループ(suburban loops)やクルドサック(袋小路、cul-de-sacs)ではなく、緊密に接続された都市型のグリッド(tightly connected urban-style grid)となっています*3)。そのため、行き止まりはほとんどなく、多くの道路は道路は直交しています。

ケントランズを歩いて気づいたのは、住宅の間を通る歩行者専用道路やトレイルがもうけられていること。そのため、歩行者や自転車はショートカットして街の中を移動することが可能になります。歩行者専用道路やトレイルの入口には、車が侵入しないように鉄製のポールが設置されている場所もありました。

人造湖とトレイル

住宅地エリアの東部には、ケントランズ開発前にこの土地を所有していたオーティス・ボール・ケントが作ったヘレン湖(Lake Helene)、リネット湖(Lake Lynette)、インスピレーション湖(Inspiration Lake)、ニルヴァーナ湖(Lake Nirvana)の4つの人造湖。人造湖の周りはトレイルとして整備されています。

人造湖の湖面とトレイルは高低差があるため、トレイルからは遠くを眺めることができます。

訪れたのは平日の昼間でしたが、天気の良い日で、散歩している高齢者、ベビーカーを押して散歩している家族、ジョギングしている人、自転車に乗っている親子、自転車に乗って遊びまわる子どものグループ、ベンチに座っている人、釣りをしている人など、トレイルでは多くの人を見かけました。

商業エリア

住宅地エリアの北東に隣接するケントランズ・マーケット・スクエア(Kentlands Market Square)は、ケントランズの北東角に立地しています。ケントランズ・マーケット・スクエアには、大型スーパーマーケットのホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)、レストランやカフェ、衣料品や美容院など様々な店舗、映画館などがあります。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染防止の対策として、基幹的なビジネスではないレストランやカフェは閉鎖措置がとられていましたが、訪問時点では屋外席での食事、最大収容人数の50%に制限した室内での食事の再開が許可されています。

ケントランズ・マーケット・スクエアのレストランやカフェでも、前の広場や歩道、車道に屋外席をもうけている店が見られました。

ケントランズ・マーケット・スクエアのすぐ北には、大通りのケントランズ・ブールヴァード(Kentlands Blvd)が走り、ケントランズの周囲を走る幹線道路につながっています。

(幹線道路につながるケントランズ・ブールヴァード)

ケントランズ・ブールヴァードの北側にもケントランズ・スクエア(Kentlands Square)という商業エリアがあり、大型のスーパーマーケットのジャイアント・フード(Giant Food)、家具などを販売するアット・ホーム(At Home)などの店舗があります。

商業エリアには大きな駐車場が設けられています。

ケントランズ・マーケット・スクエアのすぐ南を東西に走るメイン通り(Main St)は1階部分が店舗やオフィス、上階が住宅になっている住居・仕事場兼用の住戸(live-work units)が並びます。「ヨーロッパの街」のような印象を受ける通りです。

メイン通り(Main St)沿い、上で紹介した高齢者向けの集合住宅(Kentlands Manor Senior Apartments)のすぐ南に屋根付きのパビリオンと芝生の広場があります。毎週水曜日にファーマーズ・マーケットが開かれているようですが、恐らく新型コロナウイルス感染症の感染防止のために、現在は中止しているという掲示がされていました。

レイクランズの街並み

ケントランズに隣接する東側の土地には、レイクランズ(Lakelands)という計画住宅地が開発されています。

レイクランズの道路も、ケントランズと同じように、クルドサック(袋小路)ではなく都市型のグリッドとなっており、行き止まりはほとんどなく、多くの道路は道路は直交しています。住宅の間には、歩行者専用道路が走っているのも共通しています。

建ち並ぶ住宅も、ケントランズと同様、中層の集合住宅、連続住宅(Row House)、戸建住宅です。ただし、レイクランズの方が似たような外観の住宅が多いような印象を受けました。
レイクランズでは芝生の広場を囲むように住宅が配置されている場所を見かけました。このような住宅配置は、ケントランズでは見かけなかったものです。


ニューアーバニズムの思想によって生まれたケントランズの街並みをご紹介しました。

ケントランズ・クラブハウスのある馬蹄形の空間や、そこから南に真っ直ぐに走るツィフェリー・スクエア・ロード、そして、小学校や幼稚園、教会などの公共施設が配置されたケント・ガーデンズ・サークルという円形の道路など、人工的に計画された街であることを感じる場所もあります。その一方で、様々な様式や形態の住宅が建ち並んでいること、直線の道路ばかりではないこと、街路樹が育っていること、歩行者専用道路やトレイルが住宅地エリアに組み込まれ接続されていることなどが視覚的な変化をもたらすためか、歩いていても単調な印象を受けませんでした。

ケントランズを歩いて感じたことを、特に千里ニュータウンとの共通点や相違点を中心にあげていきたいと思います。

■歩ける街だが車は必要
上でも触れたように、ケントランズは歩行者専用道路やトレイルが住宅地エリアに組み込まれ接続されているため、歩いたり、自転車に乗ったりして移動しやすい街になっています。実際、歩いたり、自転車に乗ったりしている人を見かけました。
けれども、暮らしの全てがケントランズ内で完結するわけでなく、近くには鉄道・地下鉄の駅がないため、車がないと暮らすのは難しいのだろうと思われます。

ケントランズの住宅地エリアの道路は、クルドサック(袋小路)ではなく都市型のグリッドとして計画されており、多くの道路が直交し、そこに歩行者専用道路やトレイルが組み合わされている。
これは千里ニュータウンの後半に開発された豊中市域の新千里北町、新千里西町、新千里南町、吹田市域の竹見台、桃山台の戸建住宅地エリアの道路に似ていると感じました。歩行者専用道路やトレイルの入口に、車の侵入を防ぐために車止めが設置されていることも、車止めの形態は異なりますが、共通しています。

■宗教施設が中心的な位置に配置されている
大阪府によって開発された千里ニュータウンでは、政教分離のため宗教施設は計画されませんでした。一方、ケントランズでは教会が街の中心的な位置に配置されており、これは千里ニュータウンとの大きく異なる点です。

■商業エリアの立地
千里ニュータウンでは商業エリアとして、各住区の近隣センターと、千里中央・南千里・北千里の3つの地区センターが計画されましたが、いずれも住区や地区の中心に配置され、住区や地区の中心になることが考えられました。
千里ニュータウンは、アメリカの社会・教育運動家、地域計画研究者であるクラレンス・A・ペリーの近隣住区論に基づいて計画されています。クラレンス・A・ペリーは6つの近隣住区の原則として「地域の店舗」は「住区の周辺、できれば交通の接点か隣りの近隣住区の同じような場所の近くに配置すべき」と指摘しています。

「地域の店舗--サービスする人口に応じた商店街地区を、1か所またはそれ以上つくり、住区の周辺、できれば交通の接点か隣りの近隣住区の同じような場所の近くに配置すべきである。」
※クラレンス・A・ペリー(倉田和四生訳)(1975)『近隣住区論:新しいコミュニティ計画のために』鹿島出版会

近隣センターや地区センターが住区や地区の中心に配置されたことは、千里ニュータウンが近隣住区論をそのまま適用したわけでないことを表す1つの現れです。

ケントランズでは商業エリアが街の端に配置。商業エリアを街の中心に配置する千里ニュータウンと、街の端の幹線道路沿いに配置するケントランズという違いが見られます。

■開発前の歴史の継承
ケントランズの商業エリアにはレストランやカフェ、衣料品や美容院など様々な店舗、映画館などがあり、食事をしたり、買い物をしたり、遊んだりすることは可能です。
ただし、これは千里ニュータウンにも感じることですが、商業エリアに並ぶ店舗の種類がやや画一的で、街に奥行きがない印象を受けました。哲学者の鷲田清一の表現を借りれば、「この世界の〈外〉に通じる入口や裂け目」を感じないと言えるかもしれません。

「古い都会にあってニュータウンにないものが三つある。大木と、宗教施設と、いかがわしい場所である。
これら三つのものに共通しているものはなんだろう。
大木は、せいぜい親子三代の同時代をはるかに超えてそれとは別に流れる時間、自然の悠久の時間に属している。お寺や社や教会といった宗教施設は、わたしたちが日常生活のなかで共有しているごくふつうの世界観や感受性とは別次元の、脱俗的な価値や超越的な価値を宿している。近づくのがちょっと怖いような薄暗くていかがわしい場所は、鬱屈した不良たちがたまり場にする都市の闇を象徴している。
大木と宗教施設といかがわしい場所に共通しているのは、どうもこの世界の〈外〉に通じる入口や裂け目であるということらしい。」
※鷲田清一(1998)『普通をだれも教えてくれない』潮出版社

ただし、鷲田清一は「古木と寺社と場末に代わる」ものとしてのアートの可能性に言及しています。

「そんな「別の世界」への想像を駆る都市のすきまが、古木であり寺社であり場末だった。そして現代、消費の記号で埋めつくされてどこにもすきまのない都市、すきまさえも記号としてただちに消費されてしまうそんな都市において、古木と寺社と場末に代わるのが、ひょっとすればアートなのではないか。」
※鷲田清一(2005)『〈想像〉のレッスン』NTT出版

ケントランズには、開発前からある建物をリノベーションしたケントランズ邸宅(Kentlands Mansion)、ゲイザースバーグ・アート・バーン(Gaithersburg Arts Barn)などアートに関わる場所があります。一方、千里ニュータウンにはニュータウン計画から除外された上新田があります。開発前の歴史をどのように継承しているかという点は、計画住宅地を見る重要な視点だと感じます。


最後に、新型コロナウイルス感染症に関して感じたことです。
この日ケントランズを歩いて、散歩をしている人、ジョギングをしている人、自転車に乗っている人などを多数見かけましたが、マスクを着けて歩いている人、すれ違う時にマスクを付けたり口を覆ったりする人はほとんど見かけませんでした。ケントランズでは以前からこうだったのか、徐々に変化していたのかはわかりませんが、少なくとも今日歩いて、新型コロナウイルス感染症にビクビクしているという雰囲気は感じませんでした。

また、屋外での食事のため、前の広場や歩道、車道に屋外席をもうけているレストランやカフェがあり、食事をしている人も見かけました。この中で車道の一部を囲って設けられた屋外席は、サンフランシスコ発祥のパブリック・パークレットのような場所になっているのが興味深いと感じました。

(車道の一部を囲って設けられた屋外席)


■注

(更新:2022年10月12日)