米国ハーバード大学住宅研究共同センター(JCHS=Joint Center for Housing Studies)とAARPが*1)、『アメリカで最も住みやすい地区にアクセスできる高齢者は?:AARP居住性指標の分析』(2020年10月)という研究レポートを刊行しています*2)。
研究レポートでは、「AARP居住性指標」(AARP Livability Index)と、米国国勢調査局による調査(American Community Survey)の結果の分析を通して、高齢者のほとんどが住みやすいコミュニティ(livable communities)に住んでおらず、最も住みやすいコミュニティにアクセスできる人の属性には大きな違いがあることを明らかにしています。
具体的には、賃貸住宅の人、アジア系の人は居住性の高い(住みやすい)地区に住んでいる傾向がある一方、住宅所有者、中所得者世帯、障害をもつ人、白人は居住性の低い(住みにくい)地区に住む傾向があること、アフリカ系とヒスパニック系の人の割合は、あらゆる居住性のレベルの地区で一定していることが明らかにされています。また、最近引っ越しをした高齢者については、以前より居住性が高い地区に引っ越したのはわずか11%であり、以前と同じ居住性の地区に引っ越したのが4分の3、以前より居住性の低い地区に引っ越したのが14%というように、高齢者は居住性の高い地区に引っ越しているわけではないことが明らかにされています*3)。
この研究レポートはアメリカの状況を知る上で興味深い内容ですが、ここでは、研究レポートで用いられている「AARP居住性指標」に注目したいと思います。「AARP居住性指標」では、住みやすさがどのような側面から捉えようとされているのか。これは、日本の状況を考える上でも参考になると考えています。
AARP居住性指標(AARP Livability Index)
AARPでは住みやすいコミュニティが次のように定義されています。
「住みやすいコミュニティは、安全で、安心することができ、手頃な価格の(アフォーダブルな)適切な住宅と交通手段があり、支援的なコミュニティの特徴とサービスを提供する。これらのリソースが整備されると:
・個人の自立性が高められる。
・住民が高齢になっても自宅やコミュニティに住み続けることができるようになる。
・住民のコミュニティにおける市民的、経済的、社会的生活への参画が促進される。
コミュニティは、住民が高齢化しても身体的自立、尊厳、コミュニティへの参画と選択の機会を促進するようにデザインすることができる。けれども、適切な計画が必要である。革新的なデザインと変更によって、様々な身体的能力を持つ人々が、より自立した豊かな意味のある生活を送ることができるようになる。技術の進歩もまた大きな影響を与える。アクセシビリティの特徴、活動の種類、施設、住宅、道路のデザイン、歩けること(walkability)、交通機関、支援サービスの全てが、高齢になってもコミュニティに留まれるかどうか、どれぐらいの期間留まれるかどうかに影響を与える。」*4)
AARP居住性指標は*5)、全米の地区の居住性を測定するためのオンラインのリソースで、2015年に公開。「住みやすさは個人の優先順、認識、ライフスタイル、背景に応じて、人によって異なる意味を持つと理解したこと」が指標を作成することになった主要な要因であり、居住性は主観的なものですが、研究を通して「コミュニティと個人の幸福(well-being)に寄与する構築・経済・社会的環境におけるコミュニティ生活の主要な側面」を特定することができたとされています。
AARP居住性指標は5つの要素から構成されています。
- 1)居住性スコア(Livability Score):コミュニティが様々な年齢、所得、身体能力のレベルの人々のニーズに応えているかを0~100のスケールで示す総合的なスコア。
- 2)カテゴリー(Categories):コミュニティにおいて見られる特徴のタイプを定義する一般的なトピックの領域。
- 3)属性(Attributes):住みやすいコミュニティの特徴とみなされる質や特徴。
- 4)測定法(Metrics):コミュニティの現在の住みやすさに寄与する指標。
- 5)政策(Policy):時間の経過とともに住みやすさを向上させるためにコミュニティがとることができる行動。
住みやすさのカテゴリーとして以下の7つが設定されており、各カテゴリーは測定法(Metrics)と政策(Policy)から構成されています(7つのカテゴリーの他に一般(General)の1政策が含まれる)。
- 住宅(Housing) 測定法:5、政策:4
- 地区(Neighborhood) 測定法:9、政策:1
- 交通機関(Transportation) 測定法:7、政策:3
環境(Environment) 測定法:4、政策:3
- 健康(Health) 測定法:6、政策:1
- 参画(Engagement) 測定法:5、政策:4
- 機会(Opportunity) 測定法:4、政策:3
それぞれのカテゴリーは以下の通り。
研究レポートでは居住性は主観的なものだと指摘されていますが、それでもAARP居住性指標からは、コミュニティの住みやすさを考えるヒントを与えてくれるように思います。そして、AARP居住性指標から日本のことを振り返ることで、次のようなことに気づかされます。
例えば、千里ニュータウンでは近年の再開発によって多くの分譲マンションが建設されています。分譲マンションの広告などに書かれているのは住戸の間取りや値段、通勤の利便性、周囲の店舗など。これらはAARP居住性指標の7つのカテゴリーの「住宅」、「地区」、「交通機関」に当てはまります。このことは、千里ニュータウンでは(他の地域でも)人が生活するコミュニティを決める上では、これら3つの観点が重視されていることの現れだと考えることができます。
一方、AARP居住性指標の「環境」、「健康」の観点から生活する地域を決める人は少ないと思われます。これら2つのカテゴリーは、アメリカに比べて日本の方がコミュニティによる格差が幸いにも小さいということかもしれません。
AARP居住性指標の「参画」、「機会」についても、これらの観点から生活するコミュニティを決める人は少ないと思われます。ただし、特に「参画」にあげられていることは、例えば千里ニュータウンでも十分とは言えないと思われる項目があります。
「参画」のカテゴリーが意味するのは、住みやすさとは、あらかじめ提供されるサービスを受けるだけでなく、自らの参画によって住みやすい地域を実現していくという観点だと言えますが、こうした観点からコミュニティを考えていくことは重要です。
■注・参考文献
- 1)世界最大規模の非営利団体。旧称は全米退職者協会(AARP=American Association of Retired Person)。
- 2)”Which Older Adults Have Access to America’s Most Livable Neighborhoods? An Analysis of AARP’s Livability Index,” AARP Public Policy Institute, October 2020
- 3)研究レポートの概要はJCHSのページに掲載のJennifer Molinsky「NEW REPORT FINDS MOST OLDER ADULTS DO NOT RESIDE IN LIVABLE COMMUNITIES」(2020年10月30日)より。
- 4)『AARP Policy Book 2019-2020』(AARP, May 2020)の「Chapter 9: Livable Communities」より。
- 5)以下、AARP居住性指標の概要は”Which Older Adults Have Access to America’s Most Livable Neighborhoods? An Analysis of AARP’s Livability Index,” AARP Public Policy Institute, October 2020より。