『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

ウォリントン:イギリス第3期のニュータウン

イギリスでは1946年にニュータウン法が制定され、ニュータウン建設が進められていきます。3つの時期に分類されるイギリスのニュータウンのうち、ウォリントン(Warrington)は第3期のニュータウンで、1968年4月26日にニュータウンに指定されました。

ウォリントンは、マンチェスターの西約26km、リヴァプールの東約29.8kmに位置しています。ニュータウンの指定区域は7,535ha。ニュータウン指定時点の人口は12万4千人で、計画人口は21万人とされました*1)。2025年1月15日時点の人口は、21万1,200人となっています*2)。

千里ニュータウンは開発面積は1,160ha、2020年時点の人口が約10万人であることに比べると、ウォリントンの面積が広いこと、言い換えれば、千里ニュータウンの方が高密度な町として計画されていることがわかります。

2025年3月にウォリントンのタウンセンターを訪れる機会がありましたので、町の様子をご紹介します。

タウンセンター

ウォリントンのタウンセンターは、北をミッドランド・ウェイ(Midland Way)、南をウィルソン・パットン・ストリート(Wilson Patten St)とブリッジフット(Bridgefoot)、東をブリック・ストリート(Brick St)とマージー・ストリート(Mersey St)、西をパーカー・ストリート(Paker St)とバンク・パーク(Bank Park)に囲われています。南北は約600m、東西は約800m~1kmと、東西に細長い形をしています。
タウンセンターの北側と西側、南側を鉄道が走っており、北側にウォリントン中央駅(Warrington Central Station)、南西側にウォリントン・バンク・キー駅(Warrington Bank Quay Station)があります。いずれの駅も、マンチェスター・ピカデリー駅(Manchester Piccadilly Station)から30分ほどで到着します。
タウンセンターの北東、南東、そして、タウンセンターから線路を超えた西に大きなラウンドアバウトがあります。タウンセンターでは、碁盤の目のように、直線の道路が直交している部分を多数見かけました。

ゴールデン・スクエア・ショッピングセンター

タウンセンターの中央、ウォリントン中央駅の南には、ゴールデン・スクエア・ショッピングセンター(Golden Square Shopping Centre)とバスターミナルがあります。
ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターとバスターミナルは2期に分けて建設。第1期は1979年に建設され、第2期は2004年から2007年にかけて建設されました*3)。

ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターは、面積が74万平方フィート(約6.9万平方メートル)、133店舗が営業しています*4)。
訪れたのは平日のお昼頃、ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターでは多くの人を見かけました。

ウォリントンのタウンセンターは、ニュータウン開発前からある既存市街地を取り込んで計画されました*5)。建物の多くは、ゴールデン・スクエア・ショッピングセンター開発時に取り壊されたとのこと*6)。しかし、昔の魚市場(Warrington Old Fish Market)のキャノピーは保存され、キャノピーを取り込むようなかたちで広場が作られました。
広場を囲む建物はカフェ、パブ、レストランが多く、広場に出された屋外席では多くの人が飲食していました。

ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターは規模の大きなショッピングモールですが、タウンセンターの中心部に面した南側(サンキー・ストリート(Sankey St)側)は、周りの建物のスケールにあわせて作られているようで、圧迫感を感じず、最初、外から見た時には、規模の大きなショッピングセンターになっていることに気づきませんでした。

ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターの南東は、マーケット・ゲート(Market Gate)という円形の広場。円形の広場につながるサンキー・ストリート(Sankey St)、ホースマーケット・ストリート(Horsemarket St)、バターマーケット・ストリート(Buttermarket St)、ブリッジ・ストリート(Bridge St)は歩行者専用の道路になっています。
これにより、ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターと連続したかたちで、タウンセンターの中心部分は歩行者専用の空間が実現されています。座れる場所も多く、ゆったりした空間だという印象を受けました。

ブリッジ・ストリート

マーケット・ゲート(Market Gate)から南東に通るブリッジ・ストリート(Bridge St)は、ライランズ・ストリート(Rylands St)を越えると車が走るようになりますが、歩道が広くとられ、車道は蛇行するように通されていました。

ウォーリントン・タウンホール

ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターのやや西、サンキー・ストリート(Sankey St)の北側に、ザ・ゴールデン・ゲート(The Golden Gate)という、その名の通り金色の門があります。
門の内側は芝生の広場になっており、奥にウォーリントン・タウンホール(Warrington Town Hall)があります。芝生の広場では、若いカップルが結婚写真を撮影していました。

ウォーリントン・タウンホールのすぐ西には、バンク・パーク(Bank Park)という大きな公園があります。

パルマイラ・スクエア

ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターのやや南には、パルマイラ・スクエア(Palmyra Square)という広場があります。ベンチに座っている人、犬の散歩をしている人などが過ごす気持ちのいい広場でした。

ラウンドアバウト

ゴールデン・スクエア・ショッピングセンターの東にも、コックヘッジ・ショッピング・パーク(Cockhedge Shopping Park)という大きなショッピングモールがあります。
コックヘッジ・ショッピング・パークの東に、コックヘッジ・グリーン(Cockhedge Grn)という大きなラウンドアバウトがあります。タウンセンターの北東に位置するラウンドアバウトです。
イギリスのニュータウンの中には、歩車分離として、歩行者専用道路がラウンドアバウトの下を潜るように通されているニュータウンもありますが、コックヘッジ・グリーンでは、歩行者専用道路と車道の立体交差はされていませんでした。

コックヘッジ・グリーンだけでなく、今回歩いたマージー川に架かるように作られたタウンセンターの南西のラウンドアバウト、タウンセンターの西のラウンドアバウトでも、歩行者専用道路と車道の立体交差はされていませんでした。

住宅地

今回、タウンセンターの北東の、セント・ピーターズ・パーク(St. Peter’s Park)の周りの住宅地を少し歩いただけですが、低層の連続型の住宅がクルドサック(袋小路)の道路を囲むように配置され、クルドサック(袋小路)の反対側を歩行者専用道路が通され、その歩行者専用道路が公園につながるというように、ラドバーン方式の配置がなされているところを見かけました。

ウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー

ウォリントンのタウンセンターには、町の歴史を展示するウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー(Warrington Museum & Art Gallery)があります。2階建ての建物で、1階が図書館、2階(と吹き抜けの3階)がミュージアム&アートギャラリー。ニューカッスル出身のジョン・ドブソン(John Dobson)の設計で、1855~57年にかけて建てられた建物として、建物自体が歴史的なものとなっています*7)。

ミュージアム&アートギャラリーは、月曜・火曜を除いた週5日開館しており、入館料は無料。動植物、鉱物、絵画、陶器など多様な展示がされていましたが、興味深いのはニュータウンとしての開発の歴史が展示されていたことです。
ウォリントンの歴史がパネルによって紹介されている部屋があります。展示は「先史時代」(Earliest times(Prehistoric))というタイトルのパネルから始まり、最後の4枚が戦後の歴史の紹介にあてられていました。4枚のパネルのタイトルは「戦後のウォーリントン」(Post War Warrington)、「ウォリントン・ニュータウン」(Warrington New Town)、「1993年ウォリントン爆破事件」(The Warrington Bombings of 1993)、「産業と雇用」(Industry and employment)。

ゴールデン・スクエア・ショッピングセンター開発時に昔の魚市場(Warrington Old Fish Market)のキャノピーが保存されたこと、主要な車道のルートがタウンセンターを迂回するように変更され、タウンセンターを歩行者専用の空間としたことなども紹介されていました。
「1993年ウォリントン爆破事件」は、IRAによる爆破事件についてのパネル*8)。ブリッジ・ストリート(Bridge St)には、この事件で亡くなった子どもを追悼するリバー・オブ・ライフ(River of Live)が設置されています。

別の部屋には、「コミュニティの構築:ニュータウン・アーカイブ」(Building Communities: The New Town Archive)という、ニュータウンに焦点をあてた展示コーナーがもうけられていました。

「コミュニティの構築:ニュータウン・アーカイブ
1968年、ウォリントンは、1946年に制定されたニュータウン法に基づき、ニュータウンに指定されました。ニュータウン法は、第二次世界大戦後の住宅不足と都市の過密化という喫緊の課題に対処するために制定されたもので、自律し、バランスのとれたコミュニティ(self-contained, balanced communities)の構築を目的としていました。
ウォリントンは、そのようなコミュニティの1つとして構想されたもので、近代的な住宅と雇用機会を提供するように設計されました。ウォリントン・アンド・ランコーン*9)・ニュータウン開発公社(Warrington & Runcorn New Town Development Corporation)が主導したこの野心的なプロジェクトは、町を劇的に変貌させ、町の境界を拡大し、新たな時代をもたらしました。
この物語の核心にあるのは、チェシャー・アーカイブズ(Cheshire Archives)が所蔵するウォーリントン・アンド・ランコーン・ニュータウン開発公社のアーカイブです。ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)の「ニュー・エルサレムズ」(New Jerusalems)を通じてデジタル化された会議の議事録、図面、写真などが、町の開発の軌跡を垣間見せてくれます。
この展示ではアーカイブのハイライトを紹介し、デジタル化された全コレクションは今年後半にオンラインで公開されます。」
※「コミュニティの構築:ニュータウン・アーカイブ」のコーナーの案内文の翻訳。

このコーナーでは、入居当初の家族の写真、ニュータウン開発公社が計画した低層住宅地の模型の写真など、12枚の写真が展示。これとは別に、プロジェクターでも多数の写真が投影されていました。

ミュージアム&アートギャラリーには、1960年代の家庭のキッチンが再現され、1970年代、1980年代の家電製品やCDなどが展示されている部屋もありました。1990年代、2000年代、2010年代にまつわる物がショーケースに展示され、電話、CD、人形、マグカップなどが展示され、「ケースの中の物を見てください。過去30年間で覚えているものは何ですか? もし博物館を作るなら、何を追加しますか?」という呼びかけがなされていました。


千里ニュータウンは、計画人口の15万人を超えることは一度もありませんでした。それに対して、ウォリントンの計画人口は21万人で、2025年1月15日時点の人口は、21万1,200人であり、ロンドン以外で最も経済成長の著しい都市の1つとして全国的に認知されている(now nationally recognised as one of the most successful economic growth centres outside London)*10)と言われることがあります。また、「ニュータウンからニューシティへ」という議論もされており*11)、今後も変化していくと思われます。
しかし、それと同時に、ニュータウンの開発公社の資料を継承して展示したり、町の歴史を展示するミュージアム&アートギャラリーがあったり、昔の魚市場のキャノピー(Warrington Old Fish Market)を保存して広場に取り組むなど歴史的な建物を保存したりしています。少し歩いただけの表面的な印象かもしれませんが、このようなかたちで町の歴史が大切にされているということが印象に残っています。


■注

  • 1)Town and Country Planning Association(TCPA)「Warrington」のページ。ニュータウンの開発公社(Development Corporation)は、1989年9月30日に解散。
  • 2)Total Population「Warrington Population」のページ。
  • 3)ウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー(Warrington Museum & Art Gallery)の展示より。
  • 4)Completely Retail「Golden Square Shopping Centre」のページ。
  • 5)千里ニュータウンでは、既存集落の建物がニュータウンに取り込んだ計画は行われていない。これは、千里ニュータウンと、ウォリントンをはじめとするイギリスのニュータウンの大きな違いである。ただし、千里ニュータウンの中央には、ニュータウン開発から除外された上新田がある。また、ニュータウンとして開発された住区にも既存集落の農業用の溜池を公園の池にしたり、千里丘陵の植栽や地形を公園に取り込んだりというように、千里ニュータウンも完全にゼロから開発されたわけではない。
  • 6)ウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー(Warrington Museum & Art Gallery)の展示より。
  • 7)Historic England「MUSEUM AND ART GALLERY」のページ。
  • 8)IRAによる爆破事件についての日本語情報として、例えば、BARKS「IRA爆破事件犠牲者の父、クランベリーズのドロレスを称賛」2018年1月17日を参照。
  • 9)ランコーン(Runcorn)は、ウォリントンと同じチェシャー郡(Cheshire)にあるニュータウンで、1964年4月10日にニュータウンに指定された。ウォリントンとランコーンは約15kmほどの位置にある。
  • 10)Town and Country Planning Association(TCPA)「Warrington」のページ。
  • 11)Warrington Borough Council経済再生・成長および環境担当執行役員のAndy Farrall氏による資料「Warrington New City」。