イギリスにクローリー(Crawly)という町があります。エベネザー・ハワードが提唱したガーデンシティ(田園都市)の理念に基づくレッチワース(Letchworth)、ウェリン・ガーデンシティー(Welwyn Garden City)という2つのガーデンシティや、スティヴネイジ(Stevenage)、ハーロウ(Harlow)というニュータウンに比べると、日本ではあまり名前が出てくることはありませんが、クローリーはスティヴネイジに次いで2番目にニュータウンに指定されたニュータウンです。
ニュータウン指定はスティヴネイジが1946年11月11日、クローリーが1947年1月9日、ハーロウが1947年3月25日。
クローリーはロンドンのチャーリングクロスから南に45kmの位置にあります。Wkipediaによると、2011年の国勢調査時の人口は106,597人、面積は44.96km2となっています。
2010年5月にクローリーを訪れる機会がありましたので、街の様子をご紹介します。
タウンセンター
クローリーへは、ロンドンのターミナル駅の1つ、ロンドン・ヴィクトリア駅(London Victoria)から列車に乗ります。ロンドン・ヴィクトリア駅からクローリー駅まで約50分。
タウンセンターはクローリー駅のすぐ北側にあります。イギリスのニュータウンで鉄道駅とタウンセンターの位置関係を見る時、クローリーはスティヴネイジのようにタウンセンターが鉄道駅に隣接している場合、ハーロウのようにタウンセンターが鉄道駅と離れている場合があることに気づきます。
タウンセンターには大きなショッピングセンターや各種店舗、タウンホールをはじめ、オフィスと思われる建物が並んでいます。メモリアル・ガーデンズ(Memorial Gardens)という広い芝生の広場もあります。
興味深かったのはタウンセンター内の西にあるハイ・ストリート(Hight Street)という通り。この通りの両側には教会を含め、歴史的な建物が建ち並んでいます。ニュータウン開発前(オールド・ダウン/Old Town)の繁華街だった通りだと思われます。ニュータウン開発前の地区を含んでタウンセンターが形成されているというのは、千里ニュータウンと違って興味深いと思いました。
クローリーの街並み
クローリーはクラレンス・A・ペリーの近隣住区論に基づいて開発されています。写真はクローリー駅から西の方角にあるゴソップ・グリーン(Gossop Green)という地区。2階建ての連続住宅がゆったりと建ち並んでいます。通りには電柱・電線もなく空が広く感じます。こうした風景はスティヴネイジ、ハーロウで見た光景と似ており、イギリスのニュータウンに共通しているように感じます。
地区内には教会もあります。
近隣センターは中庭を囲んで建物がコの字型に配置された空間になっており、中庭はビアガーデンになっていました。
ゴフズ・パーク(Goffs Park)
クローリー駅の西側にある大きな公園。芝生の広場、池、森などのある面積20ha以上の公園。ミニゴルフのコートもあります。
ゴフズ・パークから千里を挟んだ北側は、墓地になっているのが見えました。
公園の南東端にはゴフズ・パーク・ハウスという古い建物があります。1882年にサセックス州の銀行家・地主のエドィン・ヘンティ(Edwin Henty)によって建設されたもの。1900年代の半ばには議会(Crawly Uraban District Council)が入手。現在はクローリー・ミュージアム協会(Crawly Museum Society)とProbation and Community Serviceにリースされており、協会がリースされている部分はミュージアムになっています。運営は議会によって雇用されたキュレーター1人と、協会のボランティアのメンバー20人程で行っているとのこと。
展示室は大きく2つに分かれており、手前の展示室はミュージアムはニュータウン開発前の、オールド・タウン(Old Town)についての展示が中心。オールド・タウンで最後まで靴屋を営んでいた人が使っていた道具、昔の食器、調理器具、鉄道の模型、ニュータウン開発前のハイ・ストリートの写真などが展示されています。
奥の展示室では土器、水車の模型、第一次世界大戦にまつわる物などが展示されていました。ボランティアの男性は、ニュータウンを開発する時に地面を掘ったら、色々なものが地面から出てきたという話をしてくださいました。