『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

イギリスのニュータウンにおける歴史の継承

イギリスでは、1946年に制定されたニュータウン法にもとづき、32のニュータウンが開発されました*1)。
これまで、いくつかのイギリスのニュータウンを訪れて、ニュータウンの歴史を継承する取り組みにはいくつかのかたちがあることに気づかされました。この記事では、これまでに訪れたニュータウンの取り組みを、公的な文書、ミュージアム、観光情報、アートの4つの側面から振り返りたいと思います。

開発公社の資料

イギリスのニュータウンは、ニュータウンの開発公社(Development Corporation)によって開発されました。開発公社の議事録、年次報告書、図面、地図、写真、契約書類、広報誌などは、ニュータウンの歴史を伝える貴重な資料だと言えます。

開発公社の記録は国立公文書館(National Archives)*2)、地方自治体の公文書館(archives)などに保管されています。
地方自治体の公文書館として、例えば、セントラル・ランカシャー(Central Lancashire)にはランカシャー・アーカイブズ(Lancashire Archives)があります*3)。
ランカシャー・アーカイブズでは、セントラル・ランカシャー開発公社(Central Lancashire Development Corporation)の資料が保管されています。ただし、開発公社の資料を保管するだけでなく、開発公社の資料、そして、新たに収集した資料に基づく展示も行われています。ランカシャー・アーカイブズを訪れた時には、地域にとって重要なイベントを取りあげた「プレストン・カリビアン・カーニバルの50年」(50 years of Preston Caribbean Carnival)という企画展が行われていました。

(ランカシャー・アーカイブズ)

公文書館以外でも、開発公社の記録が保管されているニュータウンもあります。ミルトン・キーンズ(Milton Keynes)には、ミルトン・キーンズ・シティ・ディスカバリー・センター(Milton Keynes City Discovery Centre)という場所があります。
ミルトン・キーンズ・シティ・ディスカバリー・センターは、開発公社から受け継いだ資料として、地図、書籍、統計など2,000点、写真約30,000枚を保管・公開。さらに、開発公社の資料に加えて、新聞記事のスクラップや資料の寄贈を受け付けており、訪れた時、新聞記事のスクラップ作業が行われているのを見かけました。

(ミルトン・キーンズ・シティ・ディスカバリー・センター)

ニュータウンの開発公社の資料に関して、近年、「ニュー・エルサレムズ」(New Jerusalems)と呼ばれるプロジェクトが進められています*4)。イギリス(イングランド、ウェールズ)、および、アイルランド共和国の11のニュータウンのアーカイブを初めて公開する取り組みで、2021年、ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust、1936年設立のチャリティ財団)から42万ポンド(約7千8百万円)の助成を受けて開始されました。
プロジェクトでは、地方自治体の公文書館などの機関がアーカイブ・ネットワークを構築。アーキビストが、数千もの資料のカタログ化、デジタル化を行、研究者が資料に容易にアクセスできるようにすることが目指されています。この背景には、新型コロナウイルス感染症の後、ニュータウンの見直しがされているという状況があります。

「ニュータウンは、住宅、都市計画、社会福祉、雇用、田園地帯、国民保健サービス(NHS)、教育などに対する新しく、ラディカルなアプローチをとる「ニュー・エルサレム」(新たな平和の街)の重要な一部でした。以前の状態に戻すのではなく、より良い復興(Build Back Better)という点で、現在と共通点があります。都市部における新型コロナウイルス感染症の長期的な影響に対して、戦後のニュータウンから貴重な教訓を引き出すことができます。2020年以降、戦後ニュータウンの都市設計の次のような特徴が注目されています。。

  • 広大なパブリックな公園やその他の緑地
  • 20分の近隣(20-minute neighbourhood):(徒歩または自転車の)20分圏内で日常生活に必要なものが揃う近隣
  • 積極的な移動を可能にする自転車専用道路
  • 場所への愛着心(sense of place)を育むパブリック・アート、コミュニティ・アート


※「New Jerusalems」のページに記載内容の翻訳。

「ニュー・エルサレムズ」プロジェクトで対象とされている11のニュータウンは以下の通り。

■イングランド(イギリス)
・スティヴネイジ(Stevenage、1946年11月11日)
・クローリー(Crawley、1947年1月9日)
・ピーターリー(Peterlee、1948年3月10日)
・バジルドン(Basildon、1949年1月4日)
・ブラックネル(Bracknell、1949年6月17日)
・レディッチ(Redditch、1964年4月10日)
・ランコーン(Runcorn、1964年4月10日)
・ウォリントン(Warrington、1968年4月26日)
・ニュートン・エイクリフ(Newton Aycliffe、1947年4月19日)
■ウェールズ(イギリス)
・クンブラン(Cwmbran、1949年11月4日)
■アイルランド共和国
・シャノン(Shannon)
※( )の年月日はニュータウンの指定日

「ニュー・エルサレムズ」プロジェクトの成果の一部はオンラインで公開。
また、例えば、ウォリントン(Warrington)のウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー(Warrington Museum & Art Gallery)では、プロジェクトの成果の一部が「コミュニティの構築:ニュータウン・アーカイブ」(Building Communities: The New Town Archive)というコーナーで展示されています。

(ウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー)

ミュージアム

イギリスのニュータウンの中には、街の歴史を展示するミュージアム(コミュニティ・ミュージアム)のあるニュータウンがあります。ミュージアムでは、必ずしもニュータウンの歴史だけが展示されているわけでありません。しかし、このことは、ニュータウンの歴史を、開発前の歴史と連続的なかたちで捉えることができるとも言えます。また、ミュージアムには、様々な「物」の展示もされています。

先に紹介したウォリントンのウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー(Warrington Museum & Art Gallery)では、「ニュー・エルサレムズ」プロジェクトの成果以外にも、ニュータウンの歴史が展示されています。

(ウォリントン・ミュージアム&アートギャラリー)

スティヴネイジ(Stevenage)には、タウンセンターの近くにスティヴネイジ・ミュージアム(Stevenage Museum)があります。教会(St. Andrew & St. George)の下のフロアに開かれており、ニュータウン開発当時の家具や物でキッチン・ダイニングが再現されたコーナー、居住者の語りを視聴できるコーナーなどがもうけられています。また、開発公社が撮影した写真の複製サービスも行われています*5)。

(スティヴネイジ・ミュージアム)

ハーロウ(Harlow)には、貴族の邸宅(マナー・ハウス)を活用したハーロウ・ミュージアム&ウォールド・ガーデンズ(Harlow Museum & Walled Gardens)*6)という場所があります。
ハーロウ・ミュージアム&ウォールド・ガーデンズは、鉄器時代から現代までの町の歴史を展示。ニュータウンについては、開発公社の計画、1940年代〜1980年代の写真、衣類、電化製品、宝飾品、時計、テレビ、ラジオなどの家庭用品などが収蔵されています。収蔵品は4万点以上で、その大部分はハーロウの住民から寄付されたものということです。2エーカーの敷地には、3つの歴史的な庭園もあります*7)。
ハーロウ・ミュージアム&ウォールド・ガーデンズには、多数の自転車が展示されています。これは、ハーロウの車輪職人、自転車製造業者、修理業で、また、初期のラジオやテレビの修理も行ったジョン・コリンズ氏(John Collins、1927〜2001年)のコレクションで、世界で12台しか現存しない1818年製ホビーホース(1818 Hobby hors)をはじめ、貴重な自転車が展示されています。なお、ニュータウンの最初の設計に自転車専用道路が組み込まれていたという意味でも、自転車はハーロウに関わるものだとされています*8)。

(ハーロウ・ミュージアム&ウォールド・ガーデンズ)

クローリー(Crawley)には、2018年7月、「ザ・ツリー」(The Tree)という街の最も古い建物の1つを修復して、クローリー・ミュージアム(Crawley Museum)が開かれています。クローリー・ミュージアムでは、先史時代、鉄器時代から、ニュータウン開発に関する物が展示されています*9)。

ミルトン・キーンズ(Milton Keynes)には、ミルトン・キーンズ・ミュージアム(Milton Keynes Museum)があります。住民が、ニュータウン開発によって閉鎖された農場や工場の物を収集し始めたことがきっかけで開かれたミュージアム。収蔵品は、収集された物に加えて、現在では1960年代後半〜1990年代にかけての工芸品も積極的に収集されています。主なコレクションは、電話、農器具、印刷機、ビクトリア時代から第二次世界大戦までの調理器具、清掃用具、洗濯用具などの生活用品などで、地元の店舗のファサード(shop front)もコレクションとされています*10)。

(ミルトン・キーンズ・ミュージアム)

観光案内

公文書館やミュージアムは、ニュータウンの歴史を継承する重要な拠点ですが、誰もが公文書館やミュージアムに足を運ぶわけではありません。こうした状況において、ニュータウンの歴史が、観光案内の一部として紹介されることがあります。

ミルトン・キーンズ(Milton Keynes)には、ディスカバー・ミルトン・キーンズ(Discover Milton Keynes)という場所があります。
ミュージアムに足を運ばない人にも歴史やアートに触れてもらうための、歴史とアートにまつわる活動を行なうグループのための「ショーケース」として、2008年、タウンセンターの空店舗を活用して開かれた場所。バスのチケット売り場、観光案内所の役割も担っています。運営は、リビング・アーカイブ(Living Archive)、ミルトン・キーンズ・ヘリテージ協会(MK Heritage Association)の協力により行われています。

ディスカバー・ミルトン・キーンズでは、「マイクロ」展示会(’micro’ exhibitions)*11)として、「Designer City」、「Milton Keynes at War」などのテーマでミルトン・キーンズを紹介するパネルが展示されたり、ミルトン・キーンズで活動する団体のパンフレットが配布されたり、ミルトン・キーンズのグッズ、書籍が販売されたりしています。

(ディスカバー・ミルトン・キーンズ)

現在、「マイクロ」展示会はミルトン・キーンズ中央図書館に会場を移して展示されています。加えて、これまでの70を超える「マイクロ」展示会のパネルの全てがオンラインで公開されています*12)。

ニュータウンではありませんが、レッチワース・ガーデンシティ(Letchworth Garden City)には、観光情報センター(TIC=Tourist Information Centre)がありました。
ホテルやイベントの情報の提供、パンフレットの配布、絵はがき、マグカップ、コースターなどグッズの販売が行われていますが、それに加えて、略年表や、エベネザー・ハワードの『明日の田園都市』に掲載の図など、レッチワース・ガーデンシティの成り立ちや歴史を紹介する情報も掲示されています。

(観光情報センター)

観光情報センターを運営していたのは、ファースト・ガーデンシティ・ヘリテージ財団(First Garden City Heritage Foundation)、現在のレッチワース・ガーデンシティ・ヘリテージ財団(Letchworth Garden City Heritage Foundation)です。2019年2月に財団がワン・ガーデン・シティ(One Garden City)という建物に移転したのに伴い、観光情報センターは閉鎖。
ワン・ガーデン・シティには、2019年6月、ミュージアム・アット・ワン・ガーデンシティ(Museum at One Garden City)*13)、そして、2019年7月に観光情報センターの機能をもつディスカバー・レッチワース(Discover Letchworth)がオープンしました*14)。
ディスカバー・レッチワースは、ミュージアム・アット・ワン・ガーデンシティの隣にあり、住民、そして、世界中から訪れる観光客に対して、街の特別なヘリテージ、アートや文化に関するイベント、団体やグループによる活動、地域サービスなど、街のあらゆる情報を提供する「ワンストップのショップ」(one stop shop)として運営。財団が、以前の観光情報センターを閉鎖して、新たにディスカバー・レッチワースを開いた背景には、環境情報センターが住民に十分な情報を提供できていなかったという状況をふまえ、コミュニティの要望に応えた場所を実現するという目的もあるということです*15)。

ドキュメンタリーアート作品の制作プロセスの結果

最後に、ニュータウンの歴史の継承として興味深い取り組みをご紹介したいと思います。それが、ディスカバー・ミルトン・キーンズを運営するリビング・アーカイブ(Living Archive)という団体の取り組みです。
リビング・アーカイブは、地域のドキュメンタリー演劇の制作、そして、居住者のオーラル・ヒストリーの収集を行なっていた2人の活動がきっかけで設立されたユニークな団体。設立の背景には、ニュータウン開発が大きく関わっています。一方で、進歩という名の下に生活と歴史が破壊された旧住民(rural population、old-time resident)がどうすれば誇りを持つことができるのかという課題があり、もう一方で、家族や友人とのつながりを残して、新たな住宅地に移り住んできた新住民(Newcomers、new arrivals)が、過去と未来のある場所にどうすれば帰属意識を持つことができるのかという課題がありました。こうした問題意識から設立されたリビング・アーカイブは、人々の記憶から着想を得たドキュメンタリーアート作品を通して、場所への愛着、歴史、帰属意識(sense of place, history and belonging)を育んできました。具体的な作品としては、11の大型ミュージカル・ドキュメンタリー、100本以上の映画、20冊以上の書籍、写真展、ラジオやビデオのドキュメンタリー、彫刻イベント、コミュニティのテキスタイル・プロジェクト、ダンスショー、ウェブページのデザインと制作、そして、何百ものデジタルストーリーなどがあります*16)。
興味深いのは、このような制作活動を行うプロセスで写真やインタビューが蓄積され、結果として100,000枚以上の写真、約35,000枚の写真ネガ、1,000時間以上の録音テープをアーカイブとして蓄積することになったことで、このようなかたちでニュータウンの歴史を継承することもできるのかと思わされました。

(リビング・アーカイブ)


イギリスのニュータウンにおける歴史を継承する取り組みをみてきました。開発公社の資料という公的な性格をもつものから、ミュージアムに展示された様々な物や道具、観光案内としての情報、そして、ドキュメンタリーアート作品の制作プロセスの結果として蓄積されたものまで、ニュータウンの歴史は多面的であることがわかります。

ここでは触れることができませんでしたが、イギリスのニュータウンは、ニュータウン開発前からある街を取り込むように開発されています。そのため、ニュータウンを歩くと、ニュータウン開発前からある建物を目にします。また、ニュータウン開発当初に建設された建物もまだ多数残されています。このようなイギリスのニュータウンの街並みは、既存の集落を取り込むことなく開発され*17)、また、近年急激に再開発されている千里ニュータウンとの大きな違いだと感じます。


■注

■参考文献