『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

みなが「仲良し」にならずとも気持ちよく運営できる場所

3月末から「居場所ハウス」の屋外に建設工事を行ってきたキッチンスペース(料理ハウス。愛称はスマイル食堂)が完成しました。5月3日(日)の鯉のぼり祭りにあわせて料理ハウスはオープンしましたが、今後、日常的に運営していくためには、まだまだ決めねばならないことがたくさんあります。

先日、女性メンバーを中心として料理ハウスの運営について意見交換のミーティングを行いました。参加したのは月・火・水・金曜の運営を担当している3人のパートの方と、土曜の運営を担当する「おたすけ隊」の3人を含めた10人。
最初に、周囲に飲食店がないため、昼食を提供することで近隣の高齢者等の暮らしをサポートし、それを通じて「居場所ハウス」の運営基盤を整えるという料理ハウスの目的を改めて確認しました。その後、メニューや調理方法について意見交換。議論の詳細は省きますが、うどん、そばなど固定したメニューと、その日手に入った食材を使ったメニューを出すこと、ただし、まだ始まったばかりなので徐々に状況を確認しながら運営していくという話となりました。

この日のミーティングでも様々な意見、アイディアが出されました。それぞれで運営に関する考え方が違うため、みなの意見が一致するわけでもありません。それでも、ミーティングで議論した結果はみなで共有できたと思います。

少し話は逸れるかもしれませんが、「居場所ハウス」のようなコミュニティの場所を運営するにあたっては、みなで仲良く運営することが美化される傾向がある気がします。けれども、考えれば当然ですが地域には様々な人がいます。考え方も違いますし、相性というものもあります。何十年にもわたって築かれてきた近所付き合いもあります。加えて、ある特定の役割を通して関わるのではなく、1人の生活者として関わるため、その人の好み、 考え方などが前面に出てくる。場所が地域に広がりを持ってくると、尚更、様々な人々が関わり始めます。
そう考えると、みなで仲良しになりましょう、というのは現実的ではありません。みなが仲良しにならないと運営できない場所ではなく、仲良しでなくとも気持ちよく運営される場所こそが望ましいのかもしれません。

無用な争いを避けて、気持ちよく運営するための工夫、作法があるのだと思います。この日のミーティングに参加して、次の2つのことを感じました。

1つ目は、議論した内容をきちんと記録して、共有しておくこと。それぞれの考え方は様々でも、ミーティングで議論した内容は共有できるものだと思いますし、それが次のステップに向けたベースラインになります。ミーティングでどこまで決まったのかをきちんとメモして、みなでベースラインを共有することで、言った/言わないという無用な争いを避けることができるのだと思います。
2つ目は、(相手のことを考えた)ほんの少しの一言。考え方や性格は様々でも、ミーティングに参加する方は「居場所ハウス」を良くしたいと考える人ばかり。だからこそ、それぞれの発言は、誰かを批判していると受け止められては大きな損失であり、「居場所ハウス」を良くするための建設的な意見として受け止められて欲しいと思います。この両者は紙一重なのかもしれません。だからこそ、同じ内容のことを言うのであっても、ほんの少しの一言があったり、少し口調が違うだけで、その発言は誰かの批判でなく建設的な意見として生きてくるのだと思います。

ミーティングに参加してこのようなことを感じましたが、もしかしたらこれは当たり前のことなのかもしれません。

繰り返しになりますが、この日のミーティングには10人が参加しました。思いや考え方は様々でも、みな「居場所ハウス」を良い場所にしたいという点は一緒。一声かければ、これだけの人がミーティングに参加してくださるというのが、「居場所ハウス」の大きな財産です。

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