『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

地域内でお金を循環させること、それにより地域を良くしていくこと

近畿大学建築学部の鈴木毅氏は、2016年3月27日に開催された「まちづくりトークカフェ(トヨタ財団検証提言助成報告会)」で、千里ニュータウンについて次のように述べています。千里ニュータウンは「二十世紀の計画論という完成が強すぎる町」ではないかと。

千里は恵まれたニュータウンです。環境も立地も良く、団地建て替え事業も成り立っています。ただ当事者が何かを始める時代の町としては、むしろ遅れているのではないかと思うのです。
慣性の法則というのがありますが、千里ニュータウンを見ていると、二十世紀の計画論という慣性が強すぎる町と言いたくなります。もっとわかりやすくいえば、大きな船である千里は時代が変わっても急には曲がれないのです。千里は先進的な考え方できっちりと作られています。専門家が計画し、公共が管理・運営する。空間は用途でゾーニングされており新しい用途を入れにくい。住民は地域外に通勤するサラリーマンが多く、町のことは公共に任せておきたいという意識。こうした状況は、実は当事者が新しいことを始めようとする場合にはむしろ不利に働くのです。
*『トヨタ財団検証提言助成報告会「まちづくりトークカフェ」議事録』佐竹台スマイルプロジェクト 2016年4月

鈴木氏が指摘するように、千里ニュータウンは公共が管理・運営してきた町。しかし、千里ニュータウンの管理・運営を担ってきたニュータウン第一世代の女性を忘れてはいけません。

第一世代の女性たちは専業主婦が多く、地域を留守にしているサラリーマンである男性に変わって、まち開きから千里の暮らしを形作ってきました。ニュータウン第一世代の方々に話を伺うと、例えばPTAや子ども会を立ち上げたり、ママさんバレーのチームが全国大会に出場するなど活発な活動が行われてきたことが伺えます。

これらの活動は、学校周りに展開されていたため政治的な問題について議論できる体制がないという指摘が当てはまるとしても、人工的に作られた千里を住みやすい町に作りあげることを目指してきたことは事実。新千里東町近隣センターで2001年9月30日から約15年間にわたって運営が継続されている「ひがしまち街角広場」というまちの居場所(コミュニティ・カフェ)は、鈴木氏が指摘するように千里が誇る当事者による活動の1つですが、「ひがしまち街角広場」は第一世代の女性たちによる数十年にわたる活動の蓄積があったからこそ実現したと言えます。

160506-142927

千里ニュータウンは地域活動が盛んな町だと言われ、上にあげたように「ひがしまち街角広場」のような例外的な活動も生まれました。
しかし、町の大切な部分(政治的な問題)は公共にお任せであり、専業主婦たちによる活動はボランティアであった。そして、こうした傾向は今でも続いている。千里ニュータウンにおける地域活動には、次の2つの特徴があるように感じます。
1つは、住民による活動は趣味の活動に偏りがちであること。だから、公共に対する批判的な視点は生まれず、自分たちが楽しむための、閉鎖的な活動になりがちである(以前、これを文化祭的だと表現したことがあります)。もう1つは、地域活動がボランティアで担われていること。だから、専門的な知識や技能をもった人の活動もボランティアとなり、町を良くするための活動が仕事としては成立しにくい。

後者はアメリカの郊外住宅地であるグリーンベルトとは対象的です。以前ご紹介したように、グリーンベルトには、1,600戸の住宅地を管理・運営するために41人もの専属のスタッフが雇用されています。つまり、「グリーンベルトのことだけを考える」様々な専門的な知識や技能をもつ人々が、生計を立てるための仕事として、町を良くするための活動に携わっているということです。

101207-004428 101207-022444

*参考までに、「ひがしまち街角広場」のある新千里東町の2016年4月1日現在の世帯数は4,297戸。グリーンベルトの割合でスタッフを雇用するとすれば、4,297/1,600×41=約110人。地域自治協議会をサポートするため、近隣センターにある地域交流室に110人の専属スタッフが控えているというイメージです。あるいは、大船渡「居場所ハウス」のある大船渡市末崎町の2014年9月30日現在の世帯数は1,511戸。グリーンベルトの割合でスタッフを雇用するとすれば、1,511/1,600×41=約39人。末崎地区公民館の運営をサポートするために、「ふるさとセンター」に39人もの専属スタッフが控えているイメージとなります。

もちろん、アメリカと日本は社会の成り立ちが違うため単純な比較は慎まねばなりませんが、地域内でお金を循環させることの意味を考えることは無駄ではないと思います。
グリーンベルトは決して高級住宅地ではありません。そのグリーンベルトで(我々にとっては非常に多いと感じるくらいの人数の)専属スタッフを雇用できるのは、住宅地自体がまちを管理・運営する主体としてお金の管理・運営費を扱っているため、住宅地内で管理・運営費が循環しているからだと言えます。一方、日本では税金という形であったり、マンション管理会社への管理費という形であったり、様々な形で管理・運営費が地域外に流れ出てしまう。もちろんそれは結果として地域に還元されることになるわけですが、そこで決定的に欠けているのは「この町のことだけを考える」専門家が存在しないということ。これは暮らしの環境を考える上で決定的に重要な点だと思います。

話は新千里東町近隣センターの「ひがしまち街角広場」に戻ります。
15年間の運営を継続してきた「ひがしまち街角広場」ですが、現在、近隣センターの移転・建替の話が持ち上がっています。近隣センターの移転・建替により、手頃な価格で賃貸できる空き店舗が消滅してしまうことはまず問題です。また、仮に集会所での運営を移転するとしても、「ひがしまち街角広場」のような住民による自主的な活動が、毎回鍵を借りて利用するような集会所でこれまでのような運営を継続できるのかと考える必要もあります。さらに、15年間の運営を支えてきた第一世代の女性たちも徐々に歳を重ねていきます。しかし、もはや地域には専業主婦はいません。サラリーマン、サラリーウーマンとして共稼ぎをする世帯がほとんど。
地域内でお金を循環させること、それによって働き盛りの世代の人々が町を良くすることを仕事にできることを真剣に考えていかねばならないと思います。この際、既に定年退職した世代の方々が、この考えにどこまで向き合ってもらえるかもキーポイントになると思います。これが、20世紀を乗り越えることにつながるのかもしれません。
そしてこれは、千里ニュータウンに限らず震災からの復興も同様だと感じます。