『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

エベネザー・ハワードによるガーデンシティ(田園都市)の構想

エベネザー・ハワード(Ebenezer Howard:1850-1928)は、1898年に刊行した『明日:真の改革にいたる平和な道(To-morrow: A Peaceful Path to Real Reform)』(1902年に『明日の田園都市(Garden City of To-morrow)』として改訂され刊行)において、ガーデンシティ(田園都市)を提唱しました。
エベネザー・ハワードのガーデンシティの構想とは、都市の過密で劣悪な環境を解決するため、「都市(町)」でも「いなか」でもない第三の選択肢を提案するというもの。この考え方は、イギリスにおけるレッチワースウェリン・ガーデンシティという2つのガーデンシティ、そして、世界各国の都市計画に大きな影響を与えることになります。

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(エベネザー・ハワードの構想によって作られたレッチワースの街並み)

「実際には、選択肢はみんながいつも考えているように、二つ——つまり町の生活といなか生活——しかないわけではない。第三の選択肢があり、そこではきわめてエネルギッシュで活発な町の生活の長所と、いなかの美しさやよろこびのすべてが完全な組み合わせとなって確保されるのだ。
町といなかは結ばれなくてはならない。そしてこの喜ばしい結合から、新たな希望、新たな暮らし、新たな文明が生まれるだろう。本書の目的は、町・いなか磁石をつくることで、この方向への第一歩をいかにして踏み出せるかを示すことである。」
※エベネザー・ハワード(山形浩生訳)(2000)『明日の田園都市』プロジェクト杉田玄白

ファースト・ガーデンシティ・ヘリテージ・ミュージアムに展示されていた「町・いなか磁石」(Three Magnets)の図)

エベネザー・ハワードによれば、ガーデンシティの広さは24k㎡。この中心部4k㎡に市街地が建設されますが、市街地についてエベネザー・ハワードは次のように記しています。

「繰り返すが、各区、または市の1/6ごと*3が、ある意味で完結した町になっていることが、プロジェクトの重要な一部である。したがって、学校の建物は、初期の段階には単に学校としてだけではなく、宗教的な礼拝場として使われたり、コンサートや図書館や、さまざまな集会場としても使われることもできるだろう。そうすれば、高価な自治体やその他の建物をすべて敷設するのは、後々まで先送りにできるだろう。また事業も、次の区に移る前に、前の区では実質的に完了しているべきだ。そしてそれぞれの区の運営は、順序正しく順番に実施されるべきだろう。そうすれば、市街地になる予定の部分でも、まだ工事が進行していなければ、小農地にしたり、放牧地にしたり、れんが置き場にしたりすることで収入源にできる。」
※エベネザー・ハワード(山形浩生訳)(2000)『明日の田園都市』プロジェクト杉田玄白

ガーデンシティは決して一夜で誕生するわけではなく、時間をかけて徐々に作り上げられていく。「学校の建物は、初期の段階には単に学校としてだけではなく、宗教的な礼拝場として使われたり、コンサートや図書館や、さまざまな集会場としても使われることもできるだろう」というように、ガーデンシティが作り上げられていくプロセスにおいて、建物の用途は柔軟であってよいという指摘は興味深いです。

ガーデンシティの構想は、都市計画の分野では「町・いなか磁石」の部分が注目される傾向にあるように感じますが、『明日の田園都市』の翻訳者である山形浩生氏が「訳者あとがき」でも指摘しているように、エベネザー・ハワードのガーデンシティの議論は、どのような組織によって管理するのか、その収支はどのようになるのかという部分が大半を占めています。

■『明日の田園都市』の目次
著者の序文
第1章 「町・いなか」磁石
第2章 田園都市の歳入と、その獲得方法——農業用地
第3章 田園都市の歳入——市街地
第4章 田園都市の歳入——歳出概観
第5章 田園都市の歳出詳細
第6章 行政管理
第7章 準公共組織——地方ごとの選択肢としての禁酒法改革
第8章 自治体支援作業
第9章 問題点をいくつか検討
第10章 各種提案のユニークな組み合わせ
第11章 後に続く道
第12章 社会都市
第13章 ロンドンの将来
訳者あとがき
※エベネザー・ハワード(山形浩生訳)(2000)『明日の田園都市』プロジェクト杉田玄白

街をどのような組織によって管理するのか。その収支はどのようになるのか。ガーデンシティの影響を受けて作られた日本のニュータウンを考える上でも、現在、このような視点が重要になってきます。

(更新:2022年12月3日)