レッチワース(Letchworth)は、エベネザー・ハワードの理念に基づいて建設された最初のガーデンシティ(田園都市)です。ガーデンシティは、都市の過密で劣悪な環境を解決するため、「都市(町)」でも「いなか」でもない第三の選択肢として提案されたもの。ハワードは『明日の田園都市』について次のように述べています。
「実際には、選択肢はみんながいつも考えているように、二つ——つまり町の生活といなか生活——しかないわけではない。第三の選択肢があり、そこではきわめてエネルギッシュで活発な町の生活の長所と、いなかの美しさやよろこびのすべてが完全な組み合わせとなって確保されるのだ。
町といなかは結ばれなくてはならない。そしてこの喜ばしい結合から、新たな希望、新たな暮らし、新たな文明が生まれるだろう。本書の目的は、町・いなか磁石をつくることで、この方向への第一歩をいかにして踏み出せるかを示すことである。」
※エベネザー・ハワード(山形浩生訳)『明日の田園都市』プロジェクト杉田玄白 2000年
レッチワースは1903年から開発が始められました。1920年には2番目のガーデンシティ、ウェリン・ガーデンシティの開発が始まっています。
その後、ウェリン・ガーデンシティはニュータウン法(1946年制定)によりニュータウンとして指定されましたが、レッチワースはニュータウンに指定されることを拒絶し、2つのガーデンシティは別の道を歩むことになります。
レッチワースの100年に及ぶ歴史について、西山は「田園都市の事業に介入してくる国家や民間資本の論理と闘い、いかに田園都市の理念を守るか、その歴史でもあった」と指摘しています。
「レッチワース田園都市(Letchworth Garden City)は1903年、建設の第一歩を踏みだし、すでに百年近い歴史をもつ。この間の歴史は、田園都市の事業に介入してくる国家や民間資本の論理と闘い、いかに田園都市の理念を守るか、その歴史でもあった。 レッチワースでは、現実社会に対応するためこれまで三度、経営組織や経営方法を変えていた。第1期は1903年から1962年までの期間で、民間の「営利限定的な会社」として公益有限会社(Public Limited Co.)の形をとっていた。第2期は1963年から1995年までの時期で、国家の機関である公社組織となり、レッチワース田園都市公社(Letchworth Garden City Corporation)と呼ばれた。1995年以降の第3期はふたたび民間組織となり、友愛協会に登録された慈善的な非営利事業組織、レッチワース田園都市ヘリテッジ財団(Letchworth Garden City Heritage Foundation)となっている。これは、私企業でもなく国や地方公共団体の機関でもない中間組織で、「第三の領域」にふたたび回帰したといえよう。レッチワース田園都市は、市民社会的な共同と協同事業により地域社会を形成するという理念を、国家の公共性の論理と市場の論理のあいだで揺れうごきながら守りとおしてきたのである。」
※西山八重子『イギリス田園都市の社会学』ミネルヴァ書房 2002年
2011年の国勢調査によると、レッチワースの人口は33,249人。面積20.12㎢であるため、人口密度は1,653人/㎢となっています*1)。
レッチワースの開発の経緯、歴史などは書籍やウェブサイトから知ることができますが、今、レッチワースはどのような光景になっているのかを知りたいと考え、2010年5月に訪問しました。以下では訪問時に見た光景をご紹介したいと思います。
レッチワース駅
レッチワースが建設されたのは、ロンドンの北55km。ロンドンのキングス・クロス駅(Kings Cross Station)から40分ほどでレッチワース駅に到着します。レッチワース駅の駅舎は1913年に建設されたもの。想像していたより小さな駅だというのが、最初の印象です。
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ブロードウェイ
レッチワース駅から真っすぐ南にブロードウェイ(Broadway)が通っています。ブロードウェイの中央は歩道になっており、所々にベンチがおかれています。ブロードウェイの両側にはホテル、スーパーマーケット、銀行などが並んでいます。
ブロードウェイをしばらく進むと、ブロードウェイ・ガーデンズ(Broadway Gardens)という大きな楕円形の広場に出ます。タウンホール(Bennett & Bidwellの設計で1935年建築)、図書館、教会などの建物が広場を囲んで建っています。
ブロードウェイは、ロードウェイ・ガーデンズを越えて、さらに真っすぐ南に続いています。途中にあるラウンドアバウト「Sollershott Circus」は、1909年、イギリスで最初に設置されたラウンドアバウトです*2)。
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ブロードウェイ・ガーデンズからMeadow Wayに沿って東に歩くと、かつて食事の協同化が試みられたメドウェイ・グリーン(Meadow Way Green)があります。
タウンセンター
レッチワース駅の南東にはタウンセンターがあり、商店、飲食店が並びます。映画館もあります。The Arcadeというアーケードもあり、アーケードの出口の所にはファースト・ガーデンシティ・ヘリテージ財団が運営する観光情報センター(TIC=Tourist Information Centre)があります。
- 住所:33-35 Station Road, Letchworth Garden City, SG6 3BB
- オープン:月曜~土曜 9:30~16:30
- 定休日:日曜・バンクホリデー(Bank Holiday)
- 運営主体:ファースト・ガーデンシティ・ヘリテージ財団(First Garden City Heritage Foundation)
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スピレラ・ビルディング
レッチワース駅を出て右に曲がり、Bridge Roadに沿って線路の上を越え、しばらく歩くと左手にスピレラ・ビルディング(Spirella Building)が見えてきます。1920年、スピレラ社のコルセット工場として建設されたもの。第二次世界大戦中はパラシュート、デコーディング(Decording・解読)の機械も作られていたとのこと。コルセットが使われなくなったため1969年代に工場は閉鎖。その後、最終的に改修されオフィスに転用されています*3)。
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クロイスターズ
ブロードウェイ・ガーデンズからSouth Viewを南東に歩き、Baldock Roadを越え、さらにCloisters Roadに沿って歩くと、クロイスターズ(The Cloisters)の特徴的な形態の建物が見えてきます。元々は、アート、クラフト、サイエンスの学区としてMiss A J Lawrenceのために建設された建物。1950年代の大規模な修復作業の後、現在はフリーメーソンの会合の場所となっています*4)。
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ハワード・パーク
タウンセンターの東側、Norton Wayに沿ってハワード・パーク(Howard Park)という公園があります。レッチワース開発当時の姿を留めた公園だとのこと。
ハワード・パークの南に、ハワード・メモリアル・ホール(Howard Memorial Hall)があります。エベネザー・ハワードの最初の妻、エリザベス・アン・ビルズ(1904年死去)の記念碑として建設された建物で、レッチワースで最初の公共建築。設計はレッチワースをデザインしたバリー・パーカー(Barry Parker)、レーモンド・ アンウィン(Raymond Unwin )。開発が進むレッチワースにおける文学、音楽、政治的な生活の中心としての役割を果たしていました。2007年に改築され、現在はLetchworth Garden City Community Groupの拠点となっています*5)。
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ノートンコモン
レッチワース駅の北側には、ノートンコモン(Norton Common)という大きな公園があります。レッチワース開発前の集落における入会地がそのまま公園として生かされた場所。森の中にいるような気持ちの良い場所で、訪れた時は散歩をしている人を何人か見かけました。
公園の一画にはバスケットボール、ローンボウルズ(Lawn Bowls)のコート、スケートボードのコーナーなどもありました。
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レッチワースの街並み
レッチワース全体を歩いたわけではありませんが、2階建の連続住宅が多かったと思います。綺麗に住まわれていることが非常に印象に残っています。
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ファースト・ガーデンシティ・ヘリテージ・ミュージアム
- 296 Norton Way South, Letchworth Garden City, SG6 1SU
- 月曜~土曜 10:0~17:00
- 休館日:Christmas Day, Boxing Day (25 & 26 December) and New Years Day (1 January)
- 入館料:Residents and Students 50p, Non-residents £1, under 16s Free
- 運営主体:ファースト・ガーデンシティ・ヘリテージ財団(First Garden City Heritage Foundation)
ブロードウェイ・ガーデンズから東に走るPixmore Wayと、ハワード・パークの脇を走るNorton Wayの交差点はラウンドアバウトになっています。ラウンドアバウトの北東にあるのがファースト・ガーデンシティ・ヘリテージ・ミュージアム(First Garden City Heritage Museum)です。
ガーデンシティの歴史、そのキーとなる理念、そして、世界へ与えた影響を学ぶことができるミュージアムで、建物はレッチワースをデザインしたバリー・パーカー(Barry Parker)の設計事務所で、1907年に建築されたもの。
バリー・パーカーが亡くなった後(1947年死去)、妻がこの建物を、当時レッチワースを管理していたレッチワース田園都市公社(Letchworth Garden City Corporation)に寄付。1975年、公社によってミュージアムとして開かれました*6)。
エントランスを入ると、左手にカウンター。向かいの壁には本や絵葉書(カラー35p、モノクロ20p、箱入りの6枚セット£1)、マグネット(£1.5)、スタンプマグネット(£2.5)などのグッズが販売。『明日の田園都市』にも出てくる「町・いなか磁石」図が大きく展示されていました。
ミュージアムの展示室は3つあります。
エントランスの左側、カウンターを越えて進んだ廊下には、図面が何枚か展示。廊下から右に少し降りたところがガーデンシティにまつわる展示室。ガーデンシティの考えが生まれた背景、ガーデンシティの考え方の説明、その後のニュータウン開発などがパネルで展示されています。エベネザー・ハワードの等身大の人形も置かれています。
廊下を突き当たりに進むと、バリー・パーカーのオフィスが再現された部屋担っており、バリー・パーカーがデザインした4枚のステンドグラスも展示。この展示室には、バリー・パーカーの等身大の人形が置かれています。
エントランスの右側の展示室は企画展示室になっており、この日は、「Letchworth Garden City in World War II」の展示が行われていました。
訪れたのは平日のお昼頃でしたが、何人かミュージアムに訪れており、帰り際には学生と思われるグループがミュージアムに入って行くのを見かけました。
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1日歩いたくらいでは表面的な部分しか見ることができず、レッチワースの今を知るのは不可能だと思います。けれども、実際に訪問して最も印象に残っているのは、約100年の歴史を持つレッチワースは、当時の建物が今でも使われているなど、開発当時の面影が残っていることです。そして、街の歴史を知ることができるミュージアムがあること。
開発から半世紀を迎えた千里ニュータウンでは、あちこちで建て替えが進み、風景が急速に変わり、歴史を忘れつつあることとは対照的です。
※訪問からは見えてこない、統計からみるレッチワースの今の姿をこちらで紹介しています。
注
- *1)Wikipedia「」のページより。
- *2)Letchworth Garden City Heritaga Foundation「UK’s First Roundabout」のページより。
- *3)Wikipedia「」のページより。
- *4)Letchworth Garden City Heritaga Foundation「The Cloisters」のページより。
- *5)「Howard Hall」のウェブサイトより。
- *6)ミュージアムのカウンターにいた女性スタッフの話より。
(更新:2018年11月4日)