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統計からみるイギリスのガーデンシティ:レッチワースの今

レッチワースは、エベネザー・ハワードの理念に基づき開発されたガーデンシティ(田園都市)。1903年から開発が始まっており、既に115年の歴史を持ちます。

エベネザー・ハワードの理念のこと、都市計画や建築のこと、歴史のことについての情報は多数見られますが、開発から1世紀以上が経過した今、どのような街になっているか、そこで人々はどのように暮らしているのかについての情報を見聞きする機会がありません。
もちろん、都市計画や建築のこと、歴史のことも重要であり、実際に訪問すると、1世紀以上前の建築が今も大切に使われているなど、開発当初の姿が継承されていることに感銘を受けます。けれども、1日訪問するだけで見えるのはごく一部に過ぎません。

現在、レッチワースを運営しているレッチワース・ガーデンシティ・ヘリテージ財団(Letchworth Garden City Heritage Foundation)が、『A View of Life in Letchworth Today』というレポートを刊行されています。統計データに基づいて、レッチワースの今を浮かび上がらせようとする内容の目的で、次のような書き出して始められています。

「自分自身について話をすることは、私たちの生活に意味を与えるのに役立ちます。街(Town)とガーデンシティ(Garden City)に違いはありません。今年の初め、私たちは、現状を把握するのに今がよい時期だと感じました。今年後半には、得られた知見に基づいた新たなストラテジーを発表する予定です。ストラテジーを仕上げる前に、自分自身のこととガーデンシティを新鮮な目で見てみたいと考えました。
・・・(略)・・・
レッチワースの創造は、社会正義の信念により支えられています。街として、ガーデンシティとして、思いやりの価値に基づいて設立されました。我々の原理に忠実であるために、思いやりと社会的正義を育み続けたいと考えています。ヘリテージ財団は、街の物理的側面だけでなく、コミュニティ全体の社会的、感情的、文化的な幸福を追求しています。
レポートを読んでいただきありがとうございます。もし共鳴する部分があれば、どうぞお知らせください。あなたの考えや反応をお待ちしています。」

レポートでは、統計を用いて次のような側面からレッチワースの今の姿が描かれています*1)。

なお、統計の比較が出てきますが、レッチワースは次のような行政区分に属しています。
主権国家:United Kingdom(イギリス/グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国)--Country:England(イングランド)--Region:East(イースト)--Shire County:Hertfordshire(ハートフォードシャー)--District:ノース・ハートフォードシャー(North Hertfordshire)

人口

  • 2011年の32,700人から、2016年中旬には34,300人に増加。
  • 2011年から2016年中旬を比較すると、20~24歳の割合は国レベルでは増えているが、レッチワースでは増加は停滞。この年代の若者は故郷を離れて大学に行ったり、仕事をしたりする傾向があることが理由として考えられる。この年代に適した住宅ストックがないことも理由として考えられる。

信仰・人種

  • レッチワースにはあらゆる宗教を持つ住人がおり、シーク教徒は4%で、全国平均の1%よりも割合が大きい。
  • 無宗教の人の割合は31%で、ハートフォードシャー、イングランドよりも割合が大きい。
  • 白人の割合は全国平均とほぼ同じ85%。

住宅

  • ほとんどの住民は持ち家に住んでいる。
  • 公営住宅(社会住宅・Social Housing)に住んでいる住民の割合は31%で、全国レベルの18%に比べて高い。これはレッチワースの歴史を反映したものだが、現在、公営住宅に住んでいる人が他のタイプの住宅に移ろうとする際のギャップがないかは疑問がある。
  • レッチワースは、他の地方、イングランドと比べて、民間の賃貸住宅に住む人が少ない。このことは、公営住宅に入居する資格を持たない若い世代にとって、レッチワースは住宅の選択肢が少ないことを意味する可能性がある。

仕事・家計

  • ノース・ハートフォードシャーで最大の部門は製造業であり、小売業、健康関連業が続く。
  • ノース・ハートフォードシャーの製造業の雇用数は、ハートフォードシャーの他地区の2倍以上であり、全国平均に比べても大きい。
  • 大半の労働者が地元で働いている。42%がノース・ハートフォードシャー内で働いている。スティヴネイジ(Stevenage)に11%、ロンドンとウェストミンスターに10%、ウェリン(Welyn)とハットフィールド(Hatfield)に5%が通勤している*2)。
  • レッチワースの家計の住宅コストを除いた純収入(Net income)は、Region平均、国平均よりも低い。
  • 5世帯に1世帯(約2,776世帯)が貧困に苦しんでいる。
  • 失業手当を得ている人の割合はノース・ハートフォードシャーより高いが、国平均よりわずかに低い。
  • レッチワースには非労働力人口が多い。退職者が多く、学生は少ない。
  • レッチワースの労働力人口(16~64歳)あたりの雇用数の割合は、Coutty平均、全国平均に比べて小さい。ハートフォードシャーで見ると大きいが、ノース・ハートフォードシャーは小さい。
  • レッチワースの労働年齢(Working Age)の住民の多くは、スキルがない/低スキルで、資格を持っていない。
  • レッチワースの労働者の42%がノース・ハートフォードシャー内で働いており、ノース・ハートフォードシャーは製造業、小売業が盛んであるため高い資格は必ずしも必要はない。しかし、テクノロジーを始め、高いスキルは不可欠である。
  • レッチワースの労働年齢の13%が、資格を持っていない。

子ども

  • レッチワースの子どもの貧困率は、County(ハートフォードシャー)で2番目に高い。
  • 4人に1人の子ども(1,800人以上)が貧困に縛られている。ハートフォードシャー全体では、5人に1人の子どもが貧困。
  • レッチワースの52.9%の子供は、5歳まで上手く成長している。
  • レッチワースの3人に1人の中学生しか、英語・数学のGCSEでグレード5以上に到達していない。
  • レッチワースでは57%の小学生しか期待されたレベルに達していない。全国平均は61%。全国平均と同様、小学校は成果をあげていない。
  • レッチワースの中学生の18%が不登校(Persistently absent)である。イングランド平均は14%。

高齢者

  • ノース・ハートフォードシャーの65歳の女性の平均余命は21.1歳。
  • ノース・ハートフォードシャーの65歳の男性の平均余命は19.3歳であり、全国平均の18.1%よりかなり長い。
  • レッチワースの半分の住区(Neighborhood)には孤立のリスクが高い、あるいは、非常に高い高齢者が住んでいる。
  • ノース・ハートフォードシャーの、5歳以上の高齢者の転倒による入院は、ハートフォードシャー、全国に比べて著しく多い。
  • ノース・ハートフォードシャーの燃料貧困(Fuel Poverty)のレベルは全国平均よりは良いが、ハートフォードシャーに比べると著しく悪い*3)。

統計からレッチワースの今を見てきました。
レッチワースは最初のガーデンシティとして(日本では)美化されて捉えられる傾向がありますが、ここから浮かび上がってきた姿はそれとはやや異なっています。
レッチワースは人口が増加しつつあり、信仰・人種についての多様性を持ち、高齢者の平均余命が長い反面、若い世代向けの住宅の選択肢の少なさ、スキルや資格を持たない労働者、貧困、教育の失敗、高齢者の孤立といった多くの課題を抱えている。これが100年が経過したガーデンシティの姿です。

この記事を書いていて重要だと感じたのは、目を背けたくなるような現実をきちんと共有し、それをふまえたストラテジーが立てられようとしていること。その中心には、街に目を配り、より良い街になるよう運営しようとするレッチワース・ガーデンシティ・ヘリテージ財団という存在があること。このことは、千里ニュータウンには街を運営する主体が存在しないことと対照的です。
そして、レポートの初めに「レッチワースの創造は、社会正義の信念により支えられています。街として、ガーデンシティとして、思いやりの価値に基づいて設立されました」と記されていたように、エベネザー・ハワードのガーデンシティに込めた想いがきちんと継承されていることです。


  • *1)この記事は、『A View of Life in Letchworth Today』Letchworth Garden City Heritage Foundation, 2018に掲載されているデータに基づく。レポートは、Letchworth Garden City Heritage Foundationのウェブサイトの「Reports and publications」のページに掲載。ここで紹介している以外にも、多くのグラフ、イラストなども掲載されている。
  • *2)イギリス初期のニュータウンであるスティヴネイジウェリンハットフィールドは、レッチワースと同じハートフォードシャーに所属している。

  • *3)イギリスでは、家庭を十分な基準まで暖かくするために利用する燃料費が、所得の10%以上になると燃料貧困(Fuel Poverty)になるとされている(Wikipedia「Fuel poverty in the United Kingdom」のページより)。