『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

まちの居場所の運営を考える:「親と子の談話室・とぽす」にて

先週、東京都江戸川区にある「親と子の談話室・とぽす」を訪問しました。Sさん夫妻によって1987年に開かれた「まちの居場所」。以来、30年近くにわたって運営が継続されてきた場所です。

30年前、思春期の子どもたちの場所として開かれ、その後は不登校の子ども、心の病を抱える人々、地域に中高年の女性などの場所となってきました。「親と子の談話室・とぽす」はある人々にとっての居場所の必要性が社会的に認知され、それが制度化されていく前の段階で、人々の声(声にならない声)を拾いあげることで、そのような人々にとっての居場所となってきた。制度化される以前の部分に対応するというのは、「親と子の談話室・とぽす」が担っている最も重要な役割の1つです。

「親と子の談話室・とぽす」を初めて訪問したのは2003年の春。それ以来、調査のために訪れたり、お茶を飲んだり食事をしたりするために訪れたり、逆に、Sさん夫妻が大船渡の「居場所ハウス」に来てくださり歌声喫茶や絵手紙教室を開いてくださったり。15年近くおつきあいをさせていただいてますが、今でも色々なことを教えられます。

先週、訪問した時、「まちの居場所」の運営や、NPO法人など地域で活動する団体の運営を、どうやって継続するかという話になりました。どうやって運営する人を集めるのか、どうやって運営資金を確保するのかという点について、「多角経営」と「ボランティアという概念」という2つのことを話されてのが記憶に残っています。

多角経営
資金を獲得する方法を1つに限定せず、様々な方法を組み合わせるということ。多角経営とは、必ずしも事業を手広くやるという意味じゃなくて、同じ傾向の人ではなく、色んな才能をもつ人を集めないといけない。相手は自分にできないことをができる人なのだから、相手の存在を認め合うことが大切。そのためにはまず、自分自身を正しく評価しておく必要がある。

ボランティアという概念
日本ではボランティアという概念が十分に定着していないのではないか。ボランティアとは「自発的に」という意味。それが日本では、特に「まちの居場所」、地域で活動する団体では「無償で」という意味で捉えられる傾向がある。また、「お金を稼いではいけない」と捉えられる傾向があるから、往々にして行政からの補助金に頼ってしまうことになる。


30年近く「親と子の談話室・とぽす」を運営しつつ、地域の色々な活動を見てこられた方の言葉です。
お金を稼ぐこととは無縁ではいられない民間の活動が、結果として公共的な意味をもつ活動になり得ること(お金を稼ぐことを目指す活動が必ずしも利己的なものと限らないということ、さらに言えば、お金を稼ぐことを目的としない活動が利己的なものになり得ること)。このことについては、きちんと考えなければならないことです。

この日、訪問して興味深かったのは、最近、「親と子の談話室・とぽす」に来ていた人が両親から受け継いだ土地をつかって(親と子の談話室・とぽすを参考にして)高齢者が立ち寄れる場所を開いた、Sさん夫妻の親類が自宅をサロンとして開放したという出来事があったとのこと。
「親と子の談話室・とぽす」がこれらの場所のオープンに直接影響を与えたかどうかはわかりませんが、Sさん夫妻の周りで「まちの居場所」が生まれているというのは興味深い話です。
そう言えば、大阪府千里ニュータウンの「ひがしまち街角広場」でも、「ひがしまち街角広場」を参考にして府営住宅に「3・3ひろば」、千里文化センター・コラボに「コラボひろば(コラボ交流カフェ)」が開かれたという出来事がありました。

「まちの居場所」のような場所は、他の地域にもできたらいい。この場合、先進事例の調査をして、重要な点を抽出して規準を作って、最終的には制度化するという考え方が一方にあります。しかし、「親と子の談話室・とぽす」や「ひがしまち街角広場」の周りでは、「このような場所が欲しい」と感銘を受けた人が、自ら(同じような)「まちの居場所」を開き始めているという状況が生まれている。
「まちの居場所」が制度化ではなく、現場から現場へと理念や情報が伝わることによって広がっていくとすれば。研究者、専門家は「まちの居場所」に対する関わり方を再考する必要があるのかもしれません。

*「親と子の談話室・とぽす」の詳細は『「まちの居場所」の継承にむけて』の第3章をご覧ください。