2019年7月末、東京都江戸川区の「親と子の談話室・とぽす」を訪問しました。
「親と子の談話室・とぽす」を訪問するのは久しぶりで、周囲の風景も少し変化が見られました。更地にされた隣接する土地は、これから戸建住宅地として開発される計画だとのことです。
「親と子の談話室・とぽす」は、教員の経験を持つSさん夫妻が「子供だけでも入れる図書コーナー付きの喫茶店」として開き、運営し続けてきた「まちの居場所」です。
「親と子の談話室・とぽす」は今から30年以上の1987年4月にオープン。当時は校則が厳しく、子どもたちは学校帰りに友だちと道端で立ち話をすることすら禁止されていたということです。子どもたちは両親と学校の先生という、自分と「利害関係のある大人」だけとしか接していない状況。子育てをしながら、このような子どもたちの姿をみていたSさんは、思春期の子どもたちにはゆっくりできる場所、様々な大人と接することのできる場所が必要だと感じるようになり、そのような場所が地域にないなら自分で作ってしまおうと思い立ちました。ただし、「大人の私が1人で子どもに関わるっていうことよりも、ここに来る大人たちが子どもにそれぞれの立場で関わって欲しい、その方が豊かになるんじゃないか」という考えから、大人も出入りするため喫茶店にすることが決められました。
「とぽす」では「年齢、性別、国籍、所属、障害の有無、宗教、文化等、人とのつきあいの中で感じる「壁」を意識的に取り払い、より良いお付き合いの場所」(『とぽす通信』の「「とぽすとその仲間展」第18回記念号」2011年より)にすることが当初からの目的とされており、これが「新しいコミュニケーション」と表現されています。
当初、「親と子の談話室・とぽす」へは思春期の子どもが来ていましたが、その後、不登校の子ども、心の病を抱える人と来訪者は変化しており、最近は主に中高年の女性がやって来るということです。中には、子どもの頃に来ていた人が、大人になって再訪することもあると伺いました。
「親と子の談話室・とぽす」は喫茶店として運営されていますが、特徴的なのは次のように様々な活動が立ち上げられてきたこと。いずれも、「親と子の談話室・とぽす」で出会った人々との関わりの中から立ち上げられた活動です。
- 生と死を考える会【第4月曜日】 1990年〜
- 「とぽす」とその仲間展【毎年1回】 1994年〜
- 絵手紙教室【毎週水・木曜日】 1995年〜
- 響きの会(障害を持っている人たちとの語り合いの集い)【第3木曜日】 1997年〜
- 「サパトス」ライブコンサート【毎年2回 春・秋】 2003年〜
- 谷川賢作ライブ【年1回 秋】 2018年〜
- 歌と語りの夕べ(モッキンバード)【第4金曜日】 2011年〜
- 心の相談(江戸川区指定)【随時】
*【 】内は2019年7月末時点の開催日時を表す。
こうした様々な活動が生まれたことについて、Sさんは「ここは喫茶店なので人との出会いが流れをつくっていっているんですよ。人との出会いがつくっていってるので、「ちょっと待って」とは絶対私は言えない。「そういう要求ならそれもやりましょうね」っていうかたちで、だんだん渦巻きが広くなっちゃうって言うかな。もちろん、中心は子どもっていうことは常に頭にあるんですけど。・・・・・・。だから人がここを動かしていって、変容させていって。しかも悪く変容させていくんじゃなくて、いいように変えていってくれてると思ってます」と話されています。
「親と子の談話室・とぽす」は30年以上にわたりSさん夫妻により運営されてきた「まちの居場所」ですが、今、Sさんが考えているのは、この場所をどう継承するかということ。Sさんは、「親と子の談話室・とぽす」の理念である「新しいコミュニケーション」が大切にされるのであれば、運営方法は今と同じでなくてもいいと話されていました。
「親と子の談話室・とぽす」をはじめとして、近年各地に開かれてきた「まちの居場所」では場所の主(あるじ)という特定の存在が大きな役割を担っています。それゆえ、人が変わったら運営が継続できなくなるのではないか指摘がなされることがあります。しかし、Sさんの話を聞いて、「まちの居場所」の継承とは、理念の継承ということになるのかもしれないと思いました。そしてこのことは、役割としての代表者を決めたり、予算を確保したりするという手続きの問題とは別の次元のこと。
さらに、理念を継承することが「まちの居場所」の継承だとすれば、それは1つの「まちの居場所」の中だけで継承されるのではなく、地域にその理念に共感する人々が少しずつ広がっていくこと、それによって、地域が少しずつ変わっていくことと捉えることもできるように思います。
- 「親と子の談話室・とぽす」の詳細は、『まちの居場所:まちの居場所をみつける/つくる』、『「まちの居場所」の継承にむけて』もご覧ください。