『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

「親と子の談話室・とぽす」という場所(2016年3月)

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先日、東京都江戸川区にある「親と子の談話室・とぽす」という場所を訪問しました。
「親と子の談話室・とぽす」はSさん夫妻が個人で運営されている居場所(コミュニティ・カフェ)。オープンは約30年前の1987年になります。
訪問時は絵手紙教室が開かれていましたが、今日で絵手紙教室は3回目だという女性もおり、「親と子の談話室・とぽす」には今でも新しい人が来ていることがわかりました。

「親と子の談話室・とぽす」を初めて訪れたのは2003年3月31日。最初のきっかけは研究のための調査でしたが、その後、東京に住んでいる時はお茶を飲みに行ったり、逆に、Sさんが大船渡の「居場所ハウス」で絵手紙教室を開いてくださったりと、10年以上にわたって様々なかたちでおつきあいをさせていただいてきました。


先日、久しぶりにSさんから話を伺い、Sさんが話される内容はいつも一貫していると感じました。また、久しぶりに話を伺うことで、改めて色々なことを気づかされました。
「親と子の談話室・とぽす」のような場所を開くためには、はっきりしたビジョンを持つことが大切だとSさん。
「親と子の談話室・とぽす」ではオープン当初から、年齢、性別、国籍、肩書き、障害の有無などの壁を取り払り、誰もが対等で居られる場所にすることが目指されています。互いに自由に話ができること、けれども、「親と子の談話室・とぽす」で話したことは他の場所では噂話にしないこと、を大切にされています。
いずれ自分が「親と子の談話室・とぽす」を運営できなくなる日がくるけれど、後を継ぐ人が、このことさえ受け継いでくれるなら、運営のあり方は今と全く同じでなくてもいいとSさん。
このような明確なビジョンがあるからこそ、様々な来訪者、出来事にもぶれることなく対応できるのだと感じました。
例えば、「親と子の談話室・とぽす」は心の病を抱える人々の居場所という役割も担っていますが、Sさんは心の病を抱える人々からも、他の人と差別せず500円のコーヒー代をいただいていると話されていました。また、心の病を抱える人々が被災地支援の募金をしてくれることもあると話されていました。
福祉というと、一方的な支援をしがち。けれど「親と子の談話室・とぽす」ではそういうことはしないのだと。「親と子の談話室・とぽす」に行ってコーヒーを飲もう、被災地のために募金をしようと思って、お金の使い方を考えたり貯金したりすることも、心の病を抱える人々が社会生活を送っていくためには不可欠なのだとのこと。
ここには誰もが平等であるという「親と子の談話室・とぽす」のビジョンが現れていると感じました。誰もが平等で居られる場所だからこそ一方的に支援する/支援されるという関係を作らない。

先日、話を伺っていて印象に残ったもう1つのことは、個人で運営しているからこその身軽さ、柔軟さということ。
「親と子の談話室・とぽす」は思春期の子どもたちの居場所、心の病を抱える人々の居場所という役割を担ってきました。Sさんの話によると、今、地域には思春期の子どもたちが行ける場所は増えたけれど、「親と子の談話室・とぽす」を始めた頃はそのような場所はなかったとのこと。また、最近では心の病を抱える人々が作業所で働ける環境が整備されてきたとのこと。
思春期の子どもたち、心の病を抱える人々の居場所が必要だということが社会的に認知され、それが制度化されていく前の段階で、「親と子の談話室・とぽす」は人々の声(声にならない声)を拾いあげることで、そのような人々にとっての居場所となってきた。このことは「親と子の談話室・とぽす」が担っている重要な役割だと感じました。
「どんな支援でもしますから」という行政からの申し出に対して、「うちは間にあってます」と返事したというSさん。なぜ行政からの補助を受けないかというと、補助金をもらうと報告が大変だし、思いついた時にぱっと動けなくなる可能性があるからだとのこと。自分の仕事として「親と子の談話室・とぽす」を続けてきたのに、補助を受けることで自分のやりたいことができなくなるのでは意味がないという話でした。
「親と子の談話室・とぽす」に来る人の中には、人が大勢いると嫌で、1対1で話を聞いてもらいたい人もいるとのこと。この話を聞いて、「まちの居場所」は人が大勢来ることだけが価値ではないのだと教えられました。
補助を受けて運営していないからこそ、大勢の人が来たことを成果として主張する必要がないのかもしれません。

自治会やNPO法人など組織で運営されているコミュニティ・カフェ、行政が関わっているコミュニティ・カフェが多い中で、個人で運営され続けている「親と子の談話室・とぽす」。運営資金を獲得したり、人を集めたりするための方法が重視される中で、補助金はいらないから自由に運営したいし、来訪者が来ない日もある日もあると言い切ってしまえる「親と子の談話室・とぽす」。このような場所は特殊だと思われるかもしれません。個人で好きにやってるんだと言うこともできます。
けれども、30年も運営が継続されてきたことは紛れもない事実。「親と子の談話室・とぽす」を訪れる度に、この場所から何を学ぶことができるかということを考えます。

(更新:2022年4月3日)