『わたしの居場所、このまちの。:制度の外側と内側から見る第三の場所』(水曜社, 2021年)のご案内

「居場所ハウス」の薪ストーブ

先日(2017年11月20日(月))、朝起きるとうっすらと雪化粧をしていました。今年、初めての積雪です。

「居場所ハウス」では薪ストーブを使っていますが、薪ストーブはエアコンやストーブとはまた違った暖かさがあり、冬の間は薪ストーブの周りに自然と人の輪ができます。
薪ストーブは暖をとったり、お湯を沸かしたりすることができますが、薪ストーブが果たしている役割それだけではありません。

煙突からの煙を見て、「今日も開いてるんだな、誰か人がいるんだな」とわかると話す方がいましたが、この話を聞いて、薪ストーブには「居場所ハウス」の存在を知らせる役割があるのだと気づかされました。
「居場所ハウス」に来た時、どのようにして過ごせばいいかわからないけど、薪ストーブにあたっていると居ることができると話していた方もいました。薪ストーブにあたる行為は、周りから不自然な行為だとは思わない。だから、その場に居ることの名分を与える。
また、薪ストーブの周りに自然に人が集まることで、居合わせた人同士が話をするきっかけにもなっているように思います。
薪ストーブで使っている薪は、地域の方からいただいたものを割って利用しています。この木は「居場所ハウス」の薪にするのにちょうどよいと思ってくださっている方が地域にいる。この意味では、薪ストーブは薪にするための木と、それに付随する人の流れを末崎町内で生み出していると言えるかもしれません。

薪ストーブは薪割りをしたり、火の番をして薪をくべたり、定期的に煙突掃除をしたりと手間がかかります。煙突掃除は、「居場所ハウス」の隣に住んでいるKさんが、月に1度くらいずつ、定休日の木曜に行ってくださっています。

だからと言って、例えばエアコンに置き換えると、消えてしまうものもある。
手間をかけることを、煩わしさと捉えるのでなく、暮らしそのものだと捉えること。暮らしを豊かにするとは、手間をかけることを楽しむということかもしれない。「居場所ハウス」の薪ストーブを見ていて、このようなことを思います。

(更新:2026年1月30日)